5話 もう一人のアダバナ


「……待ってたよ♪」


奥にいる少女はニヤリと笑う。

背は私よりもひとまわり小さい、髪を耳より上で二つ結びにした少女。

ひらひらとしたフリルが特徴的な、可愛らしい服を着ている。

その特徴だけなら普通の少女だ。

だが、鋼鉄で出来た腕、首元の赤い魔晶が彼女は普通の存在ではないことを物語っていた。

そして何よりも彼女の両隣、二メートル程の巨大な鉄の塊が二つ、異様な存在感を放っていた。


「……あなたが、博士の言っていた『新しい策』?」


「そ!期待のニューフェイス、ってワケ!」


少女は真っ直ぐ私に向かって指をさす。

かなり自信ありげな様子だ。


「あなたも、アダバナなの?」


「そう、わたしはソレイユ・サニーラ。よろしくね!」


「私はリリィ・ルナテア。……それで、私たちはここで何をするか、一応聞いてもいい?」


「そんなの決まってるでしょ。もちろん、『腕試し』ってヤツだよ」


そのとき、室内のスピーカーからクリス博士の声が聞こえる。


「2人とも、自己紹介は終わった?そろそろ準備の方をお願いするよ」


「……私は、準備は出来ています」


「あっ、ちょっと待っててねー!」


ソレイユはそう言うと、指をパチンと鳴らした。

その瞬間、彼女の両隣にあった鉄の塊が動き出す。

その鉄塊は変形し、彼女の両肩と腰の部分に繋がった。

鉄塊はその姿を変え、巨大な腕と化した。

彼女の背中から生える、二メートル近い剛腕。

私を握り潰せてしまいそうな程のその姿に、思わず戦慄する。


「よし、準備オッケー!……それじゃ、『腕試し』、させてもらうよ!」


彼女は片足を一歩後ろに引き、四つの拳を構えた。

私もそれに答えるように、剣を構える。

場を、一瞬の静寂が包む。


「二人とも準備は出来たみたいだね。こっちも記録の準備は出来たから、合図があったら始めて」


「…………」


「わたし、これが初戦闘だからできなかったらごめんね」


彼女はまたニヤリと笑う。

その瞬間に、戦闘開始を告げるブザーが鳴り響いた。


「それじゃ、わたしからいくよ!」


彼女は飛び上がり、思いっきり拳を振り上げている。

分かりやすく、単調な挙動だ。


「とりゃーーー!!!」


巨大な拳が私に向かって振り下ろされる。

難なく躱し、後ろへと後退する。

彼女が拳をそのまま地面に叩きつけると、轟音と共に地面に巨大なひびが入った。


この兵器実験室は兵器を試験するための施設だ。床や壁、天井はかなりの強度で作られていて、その素材は最前線の戦車や防衛拠点にも用いられるほどのものだ。

それをこうも易々と砕かれるとは、相当な威力であることが伺える。

当たらないようにしなければ。


「そりゃぁっ!!!」


少女はすかさず二撃目、三撃目と攻撃を入れてくる。

速度自体は十分に見切れる程度、躱すこと自体は容易だが、当たればひとたまりもない。


彼女は腕を振り上げ、そのまま振り下ろす。

身体を翻し、拳を振り下ろした隙に、剣で一撃を入れようとする。


「はぁっ!」


私の一撃は、彼女本体の腕に弾かれた。

四本の腕は破壊力だけでなく、防御力も非常に高いらしい。


「あったれーー!!!」


少女は、また力任せにこちらへと殴りかかる。

距離が近い。

剣で一撃入れた直後、間一髪で後ろへと下がり、攻撃を避ける。


「うぅー!今度こそ当たると思ったのにー!!」


少女は悔しそうにこちらを見つめる。

……彼女の実力は大体理解することができた。

荒削りな攻撃だが、かなりの威力を持っている。

今後の人型機械兵器との戦闘にも有効だと考えられるだろう。


「飛行ユニット、起動!」


私は空へと飛び上がり、彼女を見下ろす。

剣を地面と水平に構え、目標を見定める。


「はあっ!!」


そのまま一直線、彼女に突撃する。


「速っ!?」


驚きながらも彼女は防御した。

そのまま通り過ぎた私は、再び彼女へ突撃する。


ソレイユは確かに強大な破壊力を持っているが、機動力なら私の方が上だ。

それに空中までは彼女の攻撃は届かない。

このまま翻弄して、確実な一撃を叩き込む…!


「すばしっこいなぁ!もう!……ならっ!」


彼女は巨大な腕で地面を叩き、その反動で急速に飛び上がった。

彼女の姿が私の眼前へと迫る。


「なっ……!?」


彼女本体の拳が、私へと突きつけられる。

このままではまずい。


「くらえっ!!!」


がんっ、とぶつかった衝撃で私は地面に叩き落とされた。

何とか直撃する前に軌道をそらしたが、それでもこの威力……!

どうやら彼女は、私の想定を超えていたらしい。

この短時間の中で確実に成長している。

わずかな戦闘経験の中で、相手の能力を分析し、それに対応してきた。


「…………っ!」


立ち上がり、彼女を見据える。

彼女に勝つためには、兎に角あの腕を何とかするしかない。

ならば……!


「へぇ、私の一撃を耐えるんだ。結構やるじゃん」


「……貴女もねっ!」


一息の間に急速に距離を縮める。

巨大で攻撃範囲も広い副腕だが、ここまで近づいてしまえば無力化できる。


「そんな攻撃、わたしには……ッ!?」


今度は彼女本体ではなく、腰と右の副腕を繋いでいるアームの部分を狙う。

腕は確かに頑強だが、関節部分ならば構造上確実に脆弱性が出る。

その読み通り、難なく切り落とすことができた。


「おお、っとっ……!」


副腕を支えていたアームを失い、少女がふらつく。


「なん、の……ッ!!」


彼女は左足で踏み止まり、拳を真っ直ぐと私の方へ突き出す。

先程から段々と攻撃の精度が良くなっている。

私の胸元めがけて一直線の攻撃。

身を翻し躱しながら、空中へと飛ぶ。

そのまま縦横無尽に、彼女の周りを飛び回る。


「くっ……!?」


「……そこだっ!!」


少女が隙を見せた瞬間、後ろから今度は左の副腕を繋いでいたアームを切り落とす。


「うわぁっ!?!?」


バランスを崩し、彼女は後ろへ倒れ込む。


「いてて……」


彼女が起き上がろうとするところに、正面から剣を真っ直ぐ突きつける。


場がまた静寂に包まれた。


少女は起き上がるのをやめ、またその場に寝転んだ。


「……あーあ、負けちゃった」


また、スピーカーからクリス博士の声が聞こえてくる。


「2人ともお疲れ様。装備の修理とかがあるから、あとでメンテナンス室に来てね」


私は向けた剣を腰の鞘に収めた。


「少し乱暴な戦い方だったけど、強力な戦力であることは分かったわ」


そう言いながら、私は倒れている彼女へと手を伸ばす。


「改めて、私の名前はリリィ・ルナテア、よろしくね、ソレイユ」


そう質問すると、彼女はしばらくぽかんとこちらを見つめた後、起き上がって笑顔で答えた。


「うん!よろしくね!リリィお姉ちゃんっ!」


「お、お姉ちゃん……!?」


突然「お姉ちゃん」と呼ばれたのでびっくりしてしまった。

少し落ち着かない感じがした。

ソレイユは立ちあがろうと私の手を握る。

次の瞬間、私の手に激痛が走った。


「痛あっ!?」


差し出した私の右手はぺしゃんこに潰れていた。


「ごごごごごめん!?、わたし、まだ力の加減が効かなくて……!」


慌てながらひとりで立ち上がって、私に頭を下げてきた。

彼女は作られて間もないのだろう。

身体の力の使い方がまだ慣れていないらしい。

そのため、手を握る時に必要以上の力を出してしまった、ということだろう。

……しかし、まさか私の右手がこんな理由でまた使い物にならなくなるとは思ってもみなかった。

後で直してもらわなくては……。


「だ、大丈夫。また直してもらうから……」


「ほ、本当にごめんなさい!」


ソレイユはあわあわとした様子で謝っている。

スピーカーからクリス博士の声が聞こえてきた。


「二人とも、修理や調整する必要がありそうだから、早めに戻ってきてね」


「はーい!」


ソレイユは子供のようにそう返事をし、部屋を出ていった。


「それじゃ、またねお姉ちゃん!」


彼女は勢いよく廊下を走っていった。


「…………」


騒がしかった場の雰囲気が、一気に静かになった。

……ふと天井を見つめる。


「お姉ちゃん、かぁ……」


新鮮な感覚だった。

機械に血のつながりは無いが、確かに同じように作られた存在という意味では「姉妹」なのだろう。

お姉ちゃん。

お姉ちゃん、かぁ……。


「……ふふっ」


その言葉の響きを反芻しながら、私も兵器実験室を後にした。



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