4話 人と徒花
「……うん、何とか修理は出来たかな。どう?身体に違和感はない?」
手足をぷらぷらと動かす。
「ええ、問題はないようです。……戦闘できるかは後日確認してみなければ分かりませんが」
私は新型兵器の調査から帰還し、クリス博士からメンテナンスを受けていた。
先日の戦闘による負傷は大きかったが、部品さえ取り替えてしまえば元通りなのは
「右腕は新しいものに取り替えておいたよ。かなりひどい傷で、細かな修復は不可能だったからね」
右手を開いたり、閉じたりする。
違和感は無くはないが、じきに慣れるだろう。
「ありがとうございます。……そういえば、あの残骸から何か分かりましたか?」
「ああ、君の視覚から得た情報と、持ち帰ってくれた機械の頭部のおかげでほぼ完全に解析はできたよ。アレが今回君の追っていた新型兵器で間違いないね」
クリス博士はそのまま話し続ける。
「まさかあそこまでの性能のものをレクセキュアが作り上げてるとは思わなかったよ。そうだな……まぁ、『機械兵器』とでも呼ぼうか。アレは君たちアダバナと似たような技術だと、僕は考えている」
「似たような技術……?」
「魔晶をコアとして動く兵器……と言っても、リリィみたいに高度な思考能力は持ってないみたいだけど。何かしらの生物を模して作られているみたいだ。アレは様々な生物のいいとこどりって感じかな。特にあの腕の部分、モチーフとしては蛇辺りだろうか……それともあの伸縮性はまた別の…………」
クリス博士は一人でぶつぶつと呟き始めた。
研究者として、気になるところがあるらしい。
私は話半分にその言葉を聞いていた。
「……って、問題はそこじゃなかった」
はっ、と気づいたように顔を上げると、彼は一変して真剣な面持ちへと変わった。
「……あれは恐らく量産可能ということだ」
「量産……」
あの戦闘力のものが量産されている場合、今後の戦闘はより厳しいものとなるだろう。
私の頭の中に、少し不安がよぎる。
「頭部に用いられている回路や外部装甲について調べてみたんだけど、こちらと比べてかなり安価なものだった。レクセキュアは元々魔晶を沢山保有しているだろうから……。恐らく、むこうの開発者たちは量産を視野に入れていると考えられる。」
「………」
沈黙がメンテナンス室を包む。
先日の戦闘では、私は深手を負わされた。
あの機械兵器が何十体、何百体と相手した時に、私が倒し切れるかは分からない。
私がそう考えていると、真剣な表情をしていたクリス博士は、急にころっと表情を変え、いつもの元気で私の方を向いて喋り始めた。
「まぁ、こっちも何も策が無いって訳じゃないけどね!」
「何か策があるのですか……?」
「それは後のお楽しみ。……とりあえず、また少し次の作戦までは時間があるから、それまで自由にしてていいよ」
「……分かりました」
その後クリス博士は手を振りながら部屋を出て、兵器実験室の方へと歩いて行った。
「………………」
部屋にひとり残された私も、自室に戻ることにした。
部屋を出て、数十歩歩いた先の扉を開く。
私の部屋に入ると、陽の光が窓際に飾られている百合の花を照らしていた。
あれは、確かセレーナから貰ったものだ。
あの日出会った彼女の顔が思い浮かぶ。
「また、行ってみようかな……」
私は前と同じように、街へと出かけることにした。
窓辺の花に水をやった後、ふと、姿見の前に立つ。
自分の姿が映る。
人のような姿はしているが、腕の関節部分、膝から下の部分が鋼鉄で出来ている。
そして首元に埋め込まれた宝石が、人ではないこと、つまりアンドロイドであることを示していた。
「変じゃ、ないのかな……」
一週間と少し前、私は街に出かけた。
街の人たちは、私の姿かたちに対して一切言及することは無かった。
しかし私はアダバナなのだ。
戦うために作られた兵器、街に住んでいる人間ではなく、戦場で戦う兵器なのだ。
違和感というのは確実にあるはずだ。
ふと、また彼女のことを思い出す。
彼女は私の姿を見て、長い間話していても、私のこの姿について何も聞かなかった。
だが、本当は私の姿を見て何を思っていたのだろうか。
……人とアダバナ、そこには明確に線引きがあり、違うもののはずだ。
私はアンドロイド開発局から出て、フローヴァ中央都市部へと向かった。
街の様子は以前と変わらず、賑やかで、人々が平和に暮らしていた。
両親と手を繋いで歩いている子供、沢山の買い物袋を持った女性、ベンチに座りのんびりと空を眺めている老人。
それぞれが自分の時間を過ごしていた。
街頭には桜の木が綺麗に咲いており、春の温かな日差しが降り注いでいた。
……すこし、心地よい。
ふらふらと歩いているうちに、あの花屋へと辿り着いた。
遠目からでも、彩豊かな花々が元気に咲いていることが分かる。
私は駆け寄り、花屋の屋内を覗き込んだ。
「あ!リリィ!」
店の奥から、セレーナが大きく手を振りながら駆け寄ってきた。
「また来るのを待ってたんだ〜!ほら、こっちに座って」
彼女は朗らかな笑顔で私の手を握り、店の表にあるベンチへと誘導し座った。
近くには木が立っており、丁度日陰になっている。
街の様子もよく見えて、日差しも強過ぎず、ゆっくりするには丁度良い……かもしれない。
「ちょうどお昼時でお客さんも少なかったから、ちょっと暇だったんだ〜。……そうだ!よかったら一緒にお昼食べない?」
「……うん」
「必要ない」と、断ろうかと考えたが、彼女はわくわくした様子でこちらを見ている。
断るのも申し訳ないので、口をつぐんだ。
「じゃ〜ん!」
セレーナは手に持っていたバスケットを膝の上に置く。中にはサンドイッチが入っていた。
「今朝、私が作ったんだ。いっしょに食べよ?」
彼女は自信満々にそう言った。
「……ありがとう」
バスケットの中に入ったサンドイッチに手を伸ばそうとすると、ベンチの下から何かが現れた。
みゃ〜、と鳴いている。
「あ!ねこ!」
この毛並み、尻尾や耳の形からして私が以前出会った猫だろうか。
どうやらこの辺に住んでいるらしい。
猫はセレーナの足元に近づき、身体を擦り合わせていた。
「この子、すっごい人懐っこくてかわいいんだ〜。あぁ〜もふもふぅ〜」
セレーナは緩んだ表情のまま、優しく猫の背中を撫でている。
猫は気持ち良さそうにセレーナに身体を預けていた。
「……リリィも撫でてみる?」
「……!」
以前と比べて、今度はかなりリラックスしている様子。
これなら、私でも触れられるかもしれない。
私はそ〜っと手を伸ばした。
「「……あっ」」
猫がこちらを見た瞬間、ひょいとベンチから降り、狭い路地の中へと行ってしまった。
……やはり、怖がらせてしまっているのだろうか?
「もしかしたら、もう撫でられ飽きちゃったのかもね。……でも、できればもうちょっと撫でたかったかも。やっぱり、気まぐれな猫ちゃんより利口なワンちゃんの方が私は好きだなぁ」
そう言って、今度は何故か私の頭を撫でていた。
「……セレーナ、なんで私の頭を?」
「アッ、ごめん、つい……サンドイッチ、食べる?」
「……うん」
バスケットの中に入ったサンドイッチに手を伸ばす。柔らかいパンをそっと指で掴み、中から取り出そうとした。
「あれ……?」
指からサンドイッチが滑り落ち、またバスケットの中へぽすん、と戻っていった。
指が上手く動かない。
力が入らず、小刻みに震えていた。
そういえば、前回の戦闘で右腕に深い傷を負ったため、腕のパーツの殆どを組み替えていたんだった。
恐らくそれによる初期不良だろう。
新しい指を動かす感覚に、まだ慣れていない。
「……見せて」
セレーナが私の手を取り、真剣に見つめている。
白い指が、私の手の甲をなぞる。
……少々身体がそわそわする。
まるで、何かを探しているようだった。
「セレーナ……?」
「ここだ。……『
セレーナがそう呟くと、彼女の指先からほうっ、と暖かい光が溢れ出した。
一体何が起こっているのだろうか。
目の前の不可思議な光景に、私は呆気に取られてしまった。
「……どう?」
右手の指を動かす。
すると不思議なことに、以前と同じように自分の意思に従って指が動く。
何の違和感もなく、指が直っていた。
「手の甲のワイヤー部品が劣化していたみたい。今治したからもう大丈夫だと思うけど」
「う、うん」
何が起こったのか分からなかった。
ただ触れていただけで彼女は私の手の不調を言い当て、さらに不思議な力で直してしまった。
一体、今のは何なのだろう。
そう呆気に取られていると、店の奥からもう一人、大人の女性が姿を表した。
「……その子が、セレーナの言ってたアンドロイドの子?」
「あ!お母さん!」
セレーナにどこか顔つきの似た、落ち着きのある女性。
「ふーん……ずいぶんとかわいらしい子ねぇ」
「でしょ!」
セレーナはそう言うと私に肩を寄せ、満面の笑みを彼女の母親に向けた。
「はじめまして。私はセレーナの母です。うちの娘が何か失礼を働いていないといいんですが……」
「も〜!お母さんってば!私はそんなに失礼な子じゃないですぅー!」
セレーナは不満げに頬を膨らませていた。
「昼過ぎからお客さんの数も増えてくるだろうから、そろそろ接客お願いね」
「はぁ〜い」
セレーナはベンチから立ち上がり、不満気な様子で店の中へと戻っていく。
「ま、待って!」
私は咄嗟に彼女を呼び止める。
「さっき、何をしたの?それに私のことアンドロイドだって……」
「あれはね、『
魔法。
確か、魔法は遺伝やある程度の才能が無いと使えないと聞いたことがある。
百年前までは魔法を使う人はそれなりにいたようだが、徐々に減少し、現在では魔法を使用できる人物は全人口の一割にも満たないらしい。
近年では、魔力を豊富に含んだ鉱石である「魔晶」を元に作成した
だが、稀に魔術代替技術を使わずに特定の魔法を使える人間もいるらしい。
セレーナもその一人なのだろうか。
「……昔ね、お父さんの手伝いしてるときに使えるって気づいたんだ。あと、リリィがアンドロイドだってことは最初から気づいてたよ。だって、見れば分かるもん」
彼女は笑ってそう言った。
「……私のこと、怖いとか、変だとかは思わないの?」
恐る恐る聞く。
彼女は私のことを、どう思っているのだろうか
「え?どうして?」
「だって、私はアンドロイド。人間とは違う、機械じかけの存在だから……」
そう、私は兵器だ。
アンドロイドだ。
人ではない。
戦場に行くこと以外に存在意義なんてない。
人を殺すために作られた兵器。
そんな兵器が、ここにいることは異質だ。
恐怖であったり、違和感を覚えていてもおかしくはない。
「うーん……アンドロイド、って言われても、そんなに私たちと違いは感じないなぁ。だいたい同じじゃない?」
「この足とか、首元にある魔晶とか、変だって思わない?」
「私はそんなに気にならないかな。……あ、でも首元の魔晶はすごい綺麗だね。宝石みたいでかわいいと思う!」
「そ、そぉ……?あ、あと……」
少し、言葉に詰まった後、私は思考したことを口に出す。
「私に、人間のような感情とかも無いと思う。私はアンドロイドだから、与えられた情報に対して、数値的に計算された答えを出力してるだけ。特定のアルゴリズムに沿って、答えを出してるに過ぎない。人間が持っている感情とは違う、ただの電気的な働きでしかない」
そうだ。
これは入力された膨大な情報量に裏付けされた、私の人工知能が出力している音声情報だ。
ただのゼロイチの数値の羅列、その変換。
私は機械であり、人間ではないということの証明。
私の身体も、思考も、全て人間とは違う機械、作り物なのだ。
これが、
私がそう答えたあと、セレーナは瞳を閉じて後ろを向き考え込んだ。
……困らせてしまっただろうか。
そう考え込んでいると、彼女は再びこちらに向き直った。
「やっぱり、私たちとはそんなに変わらないんじゃないかな?」
「……え?」
「……人間だって、目や耳、手から感じる感覚を微弱な電気信号として脳に伝えて、それを情報として脳内で処理してるに過ぎないでしょ?これだって、特定の反射行動で動いてるに過ぎないよ。アンドロイドと同じ、ただの電気的な働きじゃない?」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「だったら私も、リリィも同じだよ。同じ、感情を持つ存在だよ」
彼女は、覗き込むようにこちらを見つめている。
その表情は、自信に満ち溢れた笑顔だった。
「……それじゃ、そろそろ行かなきゃ。そのサンドイッチ、全部食べていいよ」
セレーナはこちらの返答を聞くまでもなく、くるりと振り返って店に戻っていった。
残されたサンドイッチを直った右手で持ち、口へと運ぶ。
「……おいしい」
春の青空に、桜の花びらが星のように舞っている。
私はサンドイッチを味わいながら、その景色を眺めていた。
サンドイッチも食べ終わり、ある程度時間を潰すことができたので、アンドロイド開発局に戻ることにした。
並木道を通り、開発局の方向へと向かう。木々の間から、日の光が差す。
「私も同じ、か……」
私は兵器で、人を殺すための存在。
その事実は変わらない。
でも、もし、私が自分自身の感情を持ち、自分で行動する、まるで「人」のような生き方ができたとしたら、私は何をしたいだろうか。
……まあ、そんなことは考えても意味はないと思うが。
そんなことを考えながら、アンドロイド開発局へと戻った。
「おぉ、おかえり」
戻ってすぐに、クリス博士と出会った。
彼はこちらに手を振っている。
「丁度よかった。今朝話した『新しい策』の準備が終わったところなんだ。戦闘用の装備を整えたらすぐに兵器実験室に来てくれ。……結構、待ちわびてるらしいから」
「待ちわびてる……?」
「まぁ、来れば分かるよ」
彼の言葉は引っかかるが、私は急いで準備することにした。
自室で戦闘用のドレスに着替え、武装を装備し、兵器実験室の方へと向かった。
兵器実験室の扉を開け、中を見渡す。
白い壁に高い天井。
動き回るのに十分な広さ。
防護壁に覆われた、無機質な広場。
私は普段ここで、一人で戦闘訓練を積んでいる。
しかし、今日はもう一人、奥の方に立っていた。
「……待ってたよ♪」
そこには、ひとりの少女が立っていた。
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