3話 駆動する赤眼

人気ひとけの無い暗い廊下を、人に見つからないように歩く。

周りに人の気配はなく、警備も手薄そうだ。

私はさらに奥へと進んでいく。


一週間の休暇が過ぎ、私は戦場に復帰することになった。

今回の任務は新型兵器の調査およびその研究資料の奪取。その為に私はレクセキュア国南西の研究施設に潜入することになった。

新型兵器の研究をしている施設で、どんな危険があるか分からないため、今回は単独での潜入任務となっている。


「そちらの具体的な状況はどうなっている」


「周囲に騒音及び人の気配なし。異常ありません」


「そうか、引き続き潜入を続けろ」


「了解」


視覚から得た情報は随時作戦本部に送り、解析してもらっている。

この方法ならば、万が一私に何があっても調査結果だけは得られる、ということだろう。


陽が落ちる前に、私は研究施設に辿り着いた。

レクセキュア国の都市部から離れた郊外にぽつんと建っている、アンドロイド開発局と比べると少し小規模な施設。

充分に警戒しながら、正面の扉に近づく。

目立ったセキュリティもなく、まわりに人もいない。

そのまま難なく施設に潜入し、施設の通路を隠れながら移動する。


「……静かすぎる」


不自然なほど静かだ。元より国でも極秘の研究。関わる研究者の数は少ないことは予想できる。

しかし、あまりにも静かすぎるのだ。

施設に潜入する際にも一切のセキュリティが機能しておらず、レクセキュア国軍の抵抗も無い。

まるで、施設の中ですら人が誰一人として居ないようだった。

本当にここで、新型兵器とやらが開発されているのだろうか。


そんな時だった。


「……?」


何か音がした。

人の歩く音ではない。

どちらかというと機械の駆動音に近い。

いや、これは人の歩く音か……?

一定の周期でとん、とん、と足音のようなものも聞こえてくる。

しかしそれにしては重々しく、やけに整った、一定の周期で響く足音だった。


「………………」


壁から少し顔を出し、奥の様子をうかがう。

そこには不気味な雰囲気の「何か」がいた。

暗がりの中に赤い光。

それ以外の視覚情報は何も得られない。

音の発生元は、明らかに「それ」から聞こえている。

その時だった。


「;/.(&)(@¥<$*?*]=++<€~|ーーー!!!」


「…っ!?」


言葉として認識することはできない、叫びのようなものが廊下に響くと共に、「それ」から無数の銃弾が私のいる方向に向かって飛んでくる。

眼前に迫る銃弾を間一髪で躱し、壁に隠れて銃弾を掻い潜る。


「見つかった……!?」


「それ」は遠くの暗がりにいたため、その姿を認識することは出来なかった。

しかし、何十発もの銃弾をあの速度、そしてあの精度で撃つことなど、人間には不可能だ。


「(,)&,:’?;¥)>,!|$),?&、(/)!>.¥?)@(“!//」


急速にこちらへと近づいてくる足音が聞こえる。

がしゃり、がしゃり、と甲冑をきて走っているようなその足音は、先程よりも周期が速い。

急いでその場から離れ、研究施設内を真っ直ぐに走り、突き当たりの扉を開ける。

周りを見回すと何もない、ただただ広い場所だった。扉の方向を振り返ると、そこには「第四兵器実験室」と書かれていた。


「¥,?!&’),;)&$^<<,\,&(:;~$£?,,!!!」


後ろを振り向くと、先程の何かがこちらに飛びかかってきた。何とか躱し、後ろへと退く。

天井のライトに照らし出され、ようやく「何か」がその姿を現した。

両腕に両足、シルエットだけはかろうじて人間のようだった。

しかし身体は鋼鉄で覆われ、腕は膝まであり、足は前に三本、後ろに一本の指。

人と言うよりは獣のそれだ。

頭には暗がりの中に見えた、一つの赤い光がある。

機械で作られた、人を模した何か。

だが、その雰囲気は人というよりも化物のようであった。


「),!&&,:>>{^!>£!?|,+’;@“」


奇怪な叫びと共に、赤い光をこちらに向けられ、その身体から無数の銃弾が放たれる。

身体のあちこちから銃身が出現し、何発も撃ち続けている。

先程よりは視界がよく、躱すこと自体は造作もなかった。

そのまま前傾姿勢でへと走り込み、横から剣撃を打ち込む。


「……っ!?」


その機械は怯むこともなく、腕を振り上げていた。

剣の一撃は、鋼鉄の体に一切傷がつけられていない。

これはまずい。

咄嗟に後ろへと下がり、距離を取る。

だがその時、機械の片腕が伸び、私の眼前へと迫る。

人、いや、他の動物ですら有り得ない動き。

その腕はまるで鞭のようにしなり、爪は刃のように鋭かった。


「ぐっ……!」


剣で軌道を変えることで頭への直撃は避けたが、右腕を深く抉られた。

腕に力が入らず、剣を握ることすら出来なくなり、地面に落ちる。

間髪入れず、機械が両腕を私へと伸ばす。

左手で剣を取り、思い切り地面を蹴り飛ばしてその場から回避する。

受け身を取る余裕もなく、身体を地面に打ち付けながら距離を離した。


起き上がりながらも、敵を見つめる。

冷たい鋼鉄の身体。

蛇が獲物を狙うかのようにうごめく両腕。

表情のない不気味な顔。

言葉にならない叫び声。

私の右腕は壊され、周りに遮蔽物はない。

圧倒的なまでの劣勢だ。


……この状況を打開できる方法を模索する。

その時、ふと出撃前のことを思い出した。




「クリス博士、これは?」


「最近開発した新装備だ。まだ実験段階でテストも不十分だけど、もしかしたら使えるかもしれない。ただ、扱いは難しいだろうけどね」


出撃前に与えられた新装備。

使いこなせるか分からないが、試す価値はある。


「……サブウェポン、起動」


その言葉と共に戦闘用ドレスの裾を引き上げ、中から展開する。

蛸の足のように動く、先に刃がついた兵装、十五対三十本。

奇しくも相手の機械と似たような装備だった。

数はこちらの方が圧倒的に上だが、威力は相手の方が格上のように思える。

さらには私が一本一本を的確に操作出来るかは分からない。

分の悪い賭けだ。


「一斉攻撃!!!」


「):?&&€<~$~*€€,{\>€?ーーーッ!!!」


私の腰から伸びた無数のは、敵の身体目掛けて伸びでいく。

相手も両腕を伸ばす。

互いの攻撃が空中で交わる。

ぶつかり合い、互いに軌道が逸れていく。

上手く狙いは定まらない。

それに対して、相手の爪は眼前へと迫っていた。


「ぐッ……!」


兵装三本を重ねて盾とすることで、それらを犠牲にしながらもなんとか凌ぎ切る。

こちらも相手に攻撃を加え続けるが、相手の装甲に防がれてしまっている。

どんなに頑丈であったとしても、必ず何処かに弱点があるはずだ。

もし、あの機械に弱点があるとするならば……


「……そこだッ!」


敵の猛攻を潜り抜け、一本の刃を頭部の赤い光に向かって伸ばす。

幸い、一本一本の細さは相手の攻撃の間を狙って攻撃することに長けているようだ。


「はああぁぁぁぁっ!!!」


小さな刃が、赤い光を貫く。


「~>*?<#ーーーーーー…………」


奇怪な残響が響く。

先程までの猛攻は止み、相対していた敵は物言わぬ鉄塊となった。

静寂が施設内に訪れる。


「はぁ……はぁ……っ!やっと……終わった……」


深く抉られ動かない右腕を抑えながら、施設の奥へと進んでいく。

傷は想像以上に深く、この後も戦闘が続くようなら十全に戦える可能性は低い。

幸い、周りには敵の気配は感じないが、歩くのが精一杯で、走り回ったりするのは出来なさそうだ。

重い身体を起こし、よろめきながらも研究室を探す。

ここから抜け出し、目的となる場所まで足を引きずりながら進む。

暗い廊下をただ一人、周りには以前気配はない。何とか歩き回り、目的地へと辿り着く。

だが……


「何も……無い……?」


研究室はもぬけの殻だった。

研究をしていた痕跡もほぼ存在せず、肝心の研究資料もどこにも無い。

だが、確かにここで兵器の研究をしていたという情報は軍から入っている。

恐らく、あらかじめ研究施設から全ての研究が持ち出されていたのだろう。

兵器———恐らく先程の化け物じみたもその一つ———は確かにここで開発され、その後一切の研究資料をここから持ちだした。

だが、そうなった場合、疑問が二つほどある。

何故、私がここに来る前に研究資料が持ち出されていたのか。

そして、もぬけの殻となったこの研究施設に、先程の兵器がいたのか。

……とにかく、謎は多い。


どのみち、今回の作戦は完全に無駄足だったようだ。

研究内容は分からずじまいで、私はかなりの負傷を負っただけ。

そう落胆していると、本部から通信が入る。


「こちら作戦本部。大方の状況は理解できている。軍本部へ帰投せよ」


戦闘前とは変わらない、落ち着いた司令官の声が、耳元の通信機から聞こえる。

その時、立て続けに聞き慣れた声が聞こえてきた。


「こちら兵器アンドロイド開発局。……リリィ、聞こえているかい?」


「ええ、聞こえています。クリス博士」


どうやらクリス博士も、作戦本部にいて、今回の作戦の様子を見ていたらしい。


「君が倒した兵器だけど、その兵器の回収を頼みたい。……できれば全身欲しいけど、回収が難しいなら頭部だけでも構わない。


「……了解、しました」


私は重い足を引きずり、再び第四兵器開発室へと戻った。

先程の兵器の残骸が転がっている。

持ち上げようと腕を引っ張るも、意外と重い。


「………むぅ」


仕方なく、私はその残骸の首元に剣を入れた。

首の関節部分を何とか切り離し、その首を取る。


「………」


その首を見つめる。

骨格は人間に近しいものだったが、こうして見ると何とも無機質だ。

私が貫いた頭部からは、生き物らしさを感じない。

私はそれを脇に抱え、閑散とした研究施設から脱出した。

外へ出て、飛行機能で空へと飛ぶ。

外も静かだ。

風を切る音だけが聞こえ、生き物の鳴き声も一切しない静寂。


素早く空を飛びながら、ふと空を見上げる。

今日は、少し欠けた月が、静かに輝いていた。

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