2話 出会い
「身体の調子はどうだい?」
聞き覚えのある、優しい声で男は尋ねた。
「ええ、どこも異常はありません」
以前の戦闘では、一切損傷を負うことは無かったため、私は迷わず答える。
すると男は安心したかのように穏やかな笑みを浮かべた。
彼の名はクリス・バーソイル。
アンドロイド開発局の副局長であり、私のメンテナンス担当でもある。
茶髪に眼鏡、整った清潔な前髪、背丈も成人男性の平均くらいであり、見た目では目立つ要素は少なく凡庸だが、穏やかな性格で同じ開発局の研究者達からの評判は悪くない………らしい。
この情報は人づてに聞いたものだから、正しいかは分からない。
「もう戦闘にはだいぶ慣れてきたみたいだね。特に大した不調も無いようで安心したよ」
クリス博士は朗らかな笑みを浮かべた。
「そういえば、次の戦闘は一週間後だから、しばらくは休みだね」
「一週間後……?」
やけに期間が開く。
今まで、出撃の期間はあまり開くことが無かった。戦場に赴き、戦闘を終えて、また二、三日メンテナンスしてから、再び戦場に赴く。
今までの戦闘結果に関しては何も問題は無かったはずだ。
どこも破損していない。
今すぐにでも次の戦闘へは出向くことができるくらいだ。
なぜ一週間も時間が空くのだろうか?
「ホシミヤ博士からの通達でね。あらかじめ一ヶ月間の戦闘の後、しばらく休むことが決まっていたみたいだ」
「博士が……?」
ホシミヤ・カズマサ博士。
アンドロイド開発局の局長。
最高責任者にしてアンドロイド開発の第一人者。
そして私の
あの重く低い声と冷たい表情の裏側にはどのような考えがあるのかは、私にも、他の開発局の職員も理解出来ない。
「せっかく時間ができたんだから、街にでも出かけてみたらどうだい?」
クリス博士が優しい表情のまま、そんな提案をしてきた。
その提案に、私は疑問を覚える。
「……その行動に、意味があるとは思えません」
そう返すと、彼はふふっと笑いながら、
「出かけるのはいいぞー。新しい店に行って買い物してみたり、馴染みの喫茶店でくつろぎながらコーヒーを飲んだり。色んな楽しみがある。僕も、休暇が出たらゆっくりしたいんだけどナー。ハハハ」
とわざとらしく言って、伸びをしながら自分のデスクへ向かった。
彼は気怠げそうに座った後、傍らに置いてある缶コーヒーを一気に飲み干し、パソコンで作業をし始めた。
先程の問答で、どうやらメンテナンスも終わりらしい。
私は自分の部屋へ向かうことにした。
自室はここからはそう遠くない。メンテナンス室を出て、廊下を十数メートル歩いた先が私の部屋だ。
扉の前で手をかざすと、自動で扉が横にスライドする。
自室には専用のベットが置かれている、近くにあるケーブルで私自身の充電をすることができる。
私の首元にあるコネクタにケーブルを繋ぎ、横になって目を閉じた。
目を閉じて一定時間経つと私はスリープモードになり、その間は起動している間に得た映像記録や情報記録などを圧縮、保存することで記憶の整理を行う。
……要するに、人間で言うところの「睡眠」である。
そうは言っても、ここ数日で記憶しておくことなど、大して無いのだが。
「明日から1週間戦闘配備は無し、っと……」
頭の中でそう呟き、私は
記憶整理。
圧縮。
簡略化完了。
記憶整理。
圧縮。
簡略化管理。
………………。
前日活動分の記憶フォルダ整理が完了しました。
記憶フォルダを保存し、設定時刻までスリープモードを維持します………………。
………しばらくして、記憶の整理が終わったので目を覚ます。
陽の光が窓から差し込み、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
どうやら夜が明けたらしい。
むくり、とベッドから起き上がり、ゆっくりと立ち上がる。
ぼんやりとした意識のなか、ベッドの隣にある鏡の前に立つ。
「………………」
鏡には、私の姿が写っている。
エメラルドグリーンの髪。
少し跳ねた不揃いな毛先が、肩にかかるかかからないかぐらいの長さ。
白い肌に、戦闘用のドレス。
今来ているこのドレスは、私のお気に入りだ。
紺色の布地が、世闇に溶け込むのにちょうど良く、ドレスと言ってもかなり動きやすい格好なのでとても良い。
………あと、首元についたリボンと、スカート部分についたフリルも、少し気に入っている。
そのような少し目立つ服装に身を包んでいるものの、姿かたちはほぼ人間の少女と同じだ。
…………この鈍色の脚部と、首元に埋め込まれた髪と同じ色の結晶を除いて。
私はそのまま鏡から目線を逸らし、ふらふらと廊下に出て歩く。
「しばらく、戦闘はないんだよね……」
私は『アダバナ』と呼ばれる兵器アンドロイド。戦うこと以外に存在意義はない。
何をしていいか分からず、しばらく廊下をただ歩いていた。
……その時、ふとクリス博士の言葉を思い出す。
「せっかくだから、街にでも出かけてみたらどうだい?」
その言葉に従い、私は自分のいた兵器アンドロイド開発局から、フローヴァ中央都市部に出かけることにした。
開発局の正門から出ると、すぐに街の様子が見えてくる。
空は一面の青空、街からは賑わいの声が聴こえてくる。草花も満開であり、春の訪れを知らせてくれているようだった。
フローヴァ国は私達の住む国であり、魔法代替技術と科学技術で発展し、ここ数十年で飛躍的に成長を遂げた大国。
現在は東に位置するレクセキュア国とは対立関係にあり、東西における二国間の戦争は泥沼化し、冷戦状態にある。
しかし、街中ではそんな戦いの雰囲気など感じさせないほど穏やかであり、街も活気に満ち溢れている。
国民も戦争に関しては対岸の火事のようなものと感じているのだろう。
人々の穏やかな表情がそれを示している。
「……あれは」
店と店の間の狭い路地に、小さな影が横切る。
少し気になり影の後を追うと、その正体がすぐに姿を表した。
小さな姿に三角形の耳、柔らかそうな四肢に、鋭い目をしていて全身が毛で覆われている。
猫だ。
そっと手を伸ばす。
「………あっ」
すると猫はすぐさま奥の方へと駆けていってしまった。
どうやら私は、警戒されてしまったらしい。
大路の方へ戻り、再び街を歩く。
特に目的もなく歩き続ける。
この行動に何の意味があるのだろうか。
私は戦うことを目的として作られ、それ以外の命令は受けていない、ただの兵器。
本当ならば昨日のように言葉を交わす必要すらなく、ただ命令だけを下せばいい。
それなのに何故、私は………
「ちょっとそこのアンタ!」
考えごとをして立ち尽くしていると、目の前の店から女性の声が聞こえた。
「うちのシュークリームがそんなに気になるのかい?」
どうやら何を買うか迷っていると勘違いされたようだ。
「もし良ければ、この新作のいちごシュークリーム、試食してみない?」
アンドロイドに食事は必要ない。
一応、食事でエネルギーを補給することもできるが、基本的に日々の充電のみで充分に活動することができる。
「いえ、私は……」
「若い子が遠慮なんかするんじゃあないよ。お嬢ちゃん可愛いからもう1個サービスでつけておくね」
そう言って無理矢理2個のシュークリームを渡されてしまった。
「……あ、ありがとうございます」
断ることもできず、礼を言うと店の女性は笑顔で手を振って見送ってくれた。
貰ったシュークリームをどうするかと考えながら歩いていると、一つの店が、私の目にとまった。
色とりどりの花が並んでいる。
どれも鮮やかで、ここに来るときに見た花畑を連想させるようだった。
一輪一輪に手入れが行き届いており、とても美しいと感じさせるものだった。
しゃがみこんで、じっと見つめる。
花の名称に関しては詳しくはないが、見ているだけで自然と目を離せなくなる。
この花は、なんという名前なのだろうか。
「……花、好きなんですか?」
後ろから声をかけられ、振り向く。
「——————」
言葉を失う。
一人の綺麗な少女がこちらを覗き込むように見ていた。
ストレートの黒髪が腰まで伸びていて、太陽の光を受けて煌めいている。
瞳はルビーのように綺麗で、まつ毛は長い。
薄い桃色の唇は艶やかで、大人の女性らしい美しさと少女のような可愛らしさが同居している顔付きだ。
服はライトグリーンのロングスカートに白のシャツ。
落ち着いた雰囲気の中にもどこか奔放さを感じる、優しい笑顔が印象的な少女。
周りの花に囲まれ、太陽を背にして立つ彼女は、まるで花の如く咲いているようだった。
「…………あの、聞いてる?」
「!!……ごめんなさい」
質問に返答する。
「花は……あまり見ないんです。普段は、戦ってばかりだから……」
少女はきょとんとした表情を見せる。
それもそのはずだ。
私はアダバナとして、ちょうど少女くらいの年齢の女性と似たような見た目で作られている。
見た目は少女なのに、いきなり「戦ってばかり」などと言われても理解できないだろう。
彼女は再び質問を返してきた。
「……それで、花は好きなの?」
好きなの?と聞かれても、考えたことがない。
そんなことは重要じゃないから。
ただ、あまりにも少女がそのルビーのような瞳を輝かせているので、私はつい答えてしまった。
「好き……かな?」
「ふふっ、私も好き」
少女がまた笑顔でこちらを見つめる。
「私はね、この花屋でお母さんの手伝いをしてるの。今日はあまりお客さんが来ないから暇だったんだ〜」
少女が溜息をつき、隣りにしゃがみ込む。
そして、視線を私の持っていたレジ袋に落とした。
「あ!それあそこの店のシュークリームだよね!私も大好きなんだ〜!店の手伝いが終わったら久しぶりに食べに行こっかなぁ〜」
「……食べる?」
「いいの!?」
少女は食い気味に、目を輝かせながら言葉を発した。
元々私には不要なものだ。
レジ袋の中にあるシュークリームをひとつ、少女に渡す。
「ありがとう!…………ん〜!おいし〜!これ、新しいやつ?」
少女は頬を緩ませ、美味しそうにシュークリームを食べている。
その表情は、あまりにも幸せそうだった。
そんなにコレは『美味しい』のだろうか
「……あなたは食べないの?」
こちらを覗き込みながら、彼女はそう言った。
「いっしょに食べようよ!二人で食べたほうが絶対おいしいもん!」
そう有無を言わさない様子で言うので、仕方なくもう一個のシュークリームを口につけ、顎を動かし咀嚼する。
……食事という行為は、確かこのように行うのだったはず。
「……!!!」
初めて味わう感覚だった。
口の中でいちごの香りが広がり、ほんのりとした甘味を感じる。
再びシュークリームを一口。
またいちごの甘さと香りが口の中に広がった。
これが「甘い」という味覚……
「……ふふっ」
彼女の方を見る。
少女は笑いながら、無言で右の頬を指さしていた。
彼女のその仕草の意味が分からず、首を傾けると彼女はまた笑った。
「右の頬、ついてる」
右の頬を指でなぞると、確かにいちごのクリームがついていた。少女は私の様子を見て、また笑う。
……少し、顔が熱くなるのを感じる。
「ねぇ、あなた、名前は?」
「…リリィ、リリィ・ルナテア」
「へぇ、リリィって言うんだ。じゃあこれ」
彼女はそう言うと、白い花を一輪を持ってきた。
純白の花弁がとても綺礼で可愛らしい。
「シュークリームのお礼、百合の花。あなたにピッタリ」
彼女ははにかみながら、その丁寧に包まれた百合の花を渡してきた。
「私の名前はセレーナ・フィオレ。もし機会があったらまた来てほしいな!」
「……ありがとう」
私は百合の花を受け取った。
その後、彼女———セレーナは大きく手を振りながら、見えなくなるまで私を見送ってくれた。
帰路につく。陽は沈みかけ、空はオレンジ色に染め上げられていた。川がその光景を逆さに写している。街は昼の賑わいとは対照的に、静かさが街に広がっていた。
ゆっくりと歩き、兵器アンドロイド開発局に戻る。そのまま自分の部屋に戻ろうとすると、向こうからクリス博士が欠伸をしながら反対側を歩いてきた。恐らく仕事終わりなのだろう。
「ふわ〜ぁ…………あ、リリィか。……今日はなんか楽しいことでもあったのかい?」
「……?どういうことですか?」
「だって、笑顔だったから」
どうやら私は『笑っていた』らしい。自覚は無いが。
「……まぁ、色々ありましたね」
「へぇ、それはよかった。楽しい休日を送れたようだね。………良かったら、今日あったこと、後で聞いてみてもいいかい?」
「ええ、大丈夫です。……私の話を聞いて『楽しい』かは分かりませんが」
「いいや、きっと楽しいよ。だって、そんな表情初めて見たから」
クリス博士はそう言うと、奥のメンテナンス室へと戻っていった。
「それじゃあ、僕はまだ仕事があるから。……リリィはゆっくり休むといい」
「了解しました」
……私も自室に戻ることにした。
手元の花に目を落とす。
空の花瓶に水を入れ、そこに百合の花を添える。花瓶を窓辺に飾ると、窓から夕日が差し込んできた。
白い花弁が、その光に綺麗に照らされている。
私はベットに横になり、目を閉じて記憶の整理を行うことにした。
瞳を閉じ、スリープモードへと移行する。
……映像記録を整理していると、セレーナの笑顔のデータが出てきた。
今日何度も見た、明るい太陽のような表情。
「全て、ちゃんと保存、しておこっかな……」
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