第一章 月下開花
1話 戦場に咲く
日が沈みだした午後五時頃。
山林の中にある荒れた道を、私を乗せた軍の装甲車が走っている。
がたがたと揺れる振動が、鉄の身体に響く。その振動のひとつひとつが、道の様子を伝えてくる。
やや狭い車内には私の左隣に2人、向かいの座席に3人、合計5人の男が座っていた。
私から見て1番奥にいる男は、資料が入っていると思わしきタブレット端末を取り出した。
「今回の作戦内容を改めて確認する。今回は敵国であるレクセキュア国に奪われた軍事基地の奪還だ。まずは基地に配備されている軍備について説明する。南門に機関砲が六門、レーザー砲が三門、さらには……」
「そんな説明は今更いいって。どうせ今回もそこの『アダバナ』って兵器アンドロイドが大体やってくれるンだろ。んで、俺たちは後からついていって楽々と制圧、ってか」
向かいの正面にいた男が口を挟む。
男の態度は軽々しく、そして今度は私をまじまじと見ながら喋り出した。
「しっかし見た目はただの少女なのに、これがうわさの最新兵器だってのは、未だに信じられねぇなぁ」
奥にいた男は目線をこちらに向けることなく、少しの沈黙の後、咳払いをして話を続けた。
「……まずは兵器アンドロイド『アダバナ』を用い、南門にいる兵士を殲滅、無力化し、その後私達は南門を制圧、そこから中心部へ向かい、内部の施設を奪還する」
「ほら、やっぱり俺の言った通りじゃないか。まぁ、のんびりやりますよっと」
また、正面の男が軽口を叩く。
それに対し、奥にいる男は溜め息をつき、
「……難しい作戦ではないが、油断するなよ」
と言うと、再び座って武器の手入れ等の準備を始めた。車内は再び静寂に包まれ、各々が準備を進めている。
私はじっと、意識を保ったまま椅子に座っていた。とくに思考すべきこともないため、視線を落とし、沈黙する。
……しばらくして、目的地に到着した。
私は横に置いてあった剣を取り、車を降りる。
移動には三時間ほどかかった。
時刻は午後八時、空には月が出ている。
車から降りる際に、ざり、と土を踏みしめる音が良く聞こえた。
暗い木々の中に降り立った数名の兵士と私は、各々周りの様子を確かめる。
鳥のさえずりも、風の音すらも聞こえない。
夜の静けさが、ここにはあった。
……軍事基地の南門を、木々の隙間から見つめる。
ここから南門までの距離及び敵勢力を、目視で確認する。
「…………」
距離は1653メートル。
敵軍の兵士が確認できる限りで30名。
所持している武器を推測。
12人が自動小銃、10人が散弾銃を携帯。
残りの8名は杖のようなものを持っている。
近年開発された『
設備は事前情報と同じく機関砲6門、レーザー砲3門であるが、改造が施されていることが確認でき、威力、射程共に事前情報よりも向上していると予測できる。
基地の周りは湖に囲まれているため、道は門へと続く橋ひとつしかない。
……私の武器はこの手に持った剣のみ。
剣を空にかざすと、透明な刀身が月の光をうけてきらりと光る。
あとは飛行ユニットの確認のみだ。
「…………」
一通り情報と装備の確認をし、私は空を見上げた。
「飛行ユニット、起動」
そう宣言し、私はふわりと宙に浮く。
重力制御システムは問題なし。
脚部ブースターも出力誤差無しだ。
そのまま木々を中から姿を出し、空中へ留まる。
空から南門を眺めた。
どうやら向こうも、こちらの存在に気づいたらしい。
皆一斉に武器を構え、軍事基地に備え付けられた兵器の銃口を私に対して向けてくる。
しばらくの間、睨み合いが続く。
場を静寂が包んでいた。
互いに目線を逸らすことなく、武器を構えたままでいる。
そんな状況を変えたのは、敵の指揮官の猛々しい号令だった。
「撃てェェェー!」
その号令と共に、機関砲から無数の弾丸が私に放たれた。
放たれた瞬間に、それを視界で捉える。
数えて数十発、私に向かって一直線に迫る。
空中で体勢を変え、私も南門に向け一直線に突撃する。
空中で身体を捻らせ、雨のように放たれる銃弾を躱しつつ、眼前に迫った弾丸を剣で斬りながら直進を続ける。
南門までは10秒とかからなかった。
敵陣に着地すると同時に、レーザー砲の銃身、その接合部を勢いに乗せて斬り落とす。
続けて2門、3門……脆弱な部分を叩き切って一瞬のうちに無力化する。
敵兵が慌てながらもこちらに銃口を向ける。
引き金を引くより速く、懐へと飛び込み、そのまま剣を振り上げ、腕と首筋の頚動脈を断つ。
飛び込み、切り、再び飛び込み、切る。
手早く、そして確実に敵兵を次々と殲滅する。
敵兵がこちらに
その杖のような物の先に着いた青色の結晶が光る。
———
冷気を寄せ集め、氷の柱が空中に生成されていく。
70〜80cmの長さを持つ無数の氷柱が、生成されたと同時に私へと向かってくる。
……弾丸よりも大きいため、斬ることは容易い。
剣で一閃、そのまま直進し首を断つ。反撃の余地を与えることなく敵を全て斬り倒す。
斬る。斬る。斬る———
特にこれといった苦労も無く、30名全員を殲滅した。
「…………ふぅ」
息を吐く。
辺りは静かになった。
砲門は全て壊した。
周りには敵兵の死骸が血に染まり積み重なっている。
剣から垂れ落ちる血の雫の音だけが、ぽたぽたと静かに響いていた。
血の匂いが周りを満たす。
発砲音も、号令も、もう何処にも無く、また夜の静けさが戻ってくる。
どたどたと、後ろの方から足音が聞こえてくる。
遅れて味方の制圧部隊が到着したようだ。
「これが……兵器アンドロイドの力か……」
隊員の1人が、唖然とした表情で私を見つめながらそう呟いた。
「対兵殲滅用アダバナ、リリィ・ルナテア、戦闘が終了しました」
「あ……ああ……よくやった。今後ともよろしく頼む」
部隊長がそう答えると、こちらとは目を合わせようともせず足早に去っていった。残りの兵士も私の横を通り過ぎていく。
……戦闘から一時間程経った。
結果から言うと、今回の作戦は成功した。
どうやら軍事基地の制圧にはそう時間は掛からなかったらしい。
南門の守りを固めていた分、中央の方は守りが手薄だったようだ。
手早く制圧が終わったことにより、現地に残る兵士たちを残し、私と一部兵士たちは帰還するために装甲車に乗り込む。
全員が乗り込むとエンジンがかかり、車が発進する。
「………………」
再び車内でがたがたと揺られながら軍事基地を後にする。
作戦前の会議中とは違い、車の中は静かだった。
周りの様子を見ると、周りの人間は全員俯いていた。
誰も、私を見ようとしない。
どうやら意図的に目線を逸らしているようだ。
正面にいた軽口を叩いていた男も、うつむいたまま黙っている。
装甲車が山道を走る音のみ聞こえる。
依然黙りこくったままだ。
隊員たちの服は戦闘前と変わらず、土の汚れひとつ付いていなかった。
……まるで、何事も無かったかのように。
隣の隊員が、私の服の裾をじっと見つめる。
そちらに目をやると、隊員はすぐに目を逸らし、持っていた帽子で自分の目元を隠した。
私は、彼の見ていた自分の服の裾を見つめる。
黒ずんで乾いた赤色が、私の服を染めていた。
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