第10話 おちゃのこさいさい
「おい、おい。おい」
定時退勤である午後五時を過ぎても、持ち場を離れようとしない
何か気にかかる事でもあるのだろう。
こうなっては、それが何かを究明するまで梃子でも動かない。
(ような、気が、する)
ぼんやりと覚えている、瑠衣の事。
仕事中は集中しているので、休憩や食事の存在すら忘れる。
ゆえに、強引にでも、例えば、邪魔をすんなと氷柱の如く冷たく鋭い不機嫌な声と目を向けられて、心に多大なる傷を負ったとしても、だ。強引にでも、終わらせる。
(事が、できないんだよな)
ぼんやりと覚えている記憶の中では、だ。
一時だけ、こちらに意識を向けさせる事はできても、所詮は一時のみ。
また、大気に漂う薫香へと意識は戻ってしまう。
ただ、記憶喪失の所為で覚えていないだけで、もしかしたら、終わらせる事もできたのかもしれないが。
(担いで強引に連れ出せばいいんだろうけどよ)
別段難しい事ではない。
ガリガリの身体なのだ。
おちゃのこさいさいである。
(けど、どこをどう掴んで、どう担げばいいのか)
ガリガリの身体ゆえに、指一本でほんの少し触れただけでも、皮膚と肉を引き裂き、骨を粉砕し、血を噴出させてしまいそうで怖いのだ。
「やっぱり、おまえは大気分析家に向いてねえんだよ」
届かないとわかっていても、言わずにはいられない。
大気分析家に居るからずっと、ガリガリの身体なのだ。
大気分析家に居るからずっと、頭に占めるのは大気の薫香だけになるのだ。
大気分析家に居るからずっと、最悪の状況を常に考えさせられて、最悪の状況にならないように常に考えさせられて、仕事外だろうが、気の休まる暇がないのだ。
大気分析家に居るからずっと、
(あいつの傍に居続けなければ、ならないんだ)
(2024.7.6)
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