第9話 仕事中しか
そう言えば、バーベキューをしている時だけだったかな。
(饒舌って言うか。すごく、バーベキューのお肉とか、旬の野菜とか果物とか、可愛いお菓子とかを、勧めて来るんだよね。見下すような態度で、言い方で、悪態をつきながら)
「おまえ。そんなガリガリでよく生きていけるな。ほら。食えよ。最高級の肉だぞ。おまえの給料じゃ到底届く事のない肉だ。ほら、早く食え。口に合わなかったらすぐに別の肉を用意させるからな。ほら、ほらほら」
今みたいに。
仕事中なんてお構いなしに。
勧めて来るなら、せめて、昼休憩とか夜休憩にしてほしいのだが。
持ち場に到着した瑠衣がマスクを外して薫香を嗅ごうとした途端、禾音はどこから取り出したのか、バーベキューセットを俊敏に整えたかと思ったら、食材を焼き始めたのだ。
(あれ?そう言えば。仕事中にしか、傍でバーベキューしていない。ような。気がする)
約二年前に約六年ぶりの再会を果たしてから、ずっと。
まだ候補生の時も、正式に大気分析家として働くようになってからも、ずっと。
仕事中にしか、傍に居座って、バーベキューをしていないような気がする。
(禾音も騎士としての仕事があるから、ずっと私の傍に居るわけじゃなかったけど。一日に一回は、仕事中に来たかと思ったら、必ずバーベキューをして、私に悪態をつきながら、食べ物を勧めてきていた………多分。いや、一日に一回は、ない、か、な。二日、三日に一回。か、な。うん。まあ。とりあえずは。言っても、無駄だろうけど)
「あのさ」
「何だ?タレが気に食わないのか?」
「仕事中に、しかも、私の傍でバーベキューしないでくれないかな?」
「え?何で?」
「………」
「ほら、食えよ」
「………いい。まだ、お腹空いてないから」
「ほら。一枚だけでいいから」
「………」
無視をすればいい。そうすれば、悪態はつくだろうが、諦めるだろう。
いや、諦めない、ならば、さっさと一枚だけもらって、満足させればいい。
いつも、いつもいつも、後者に傾く。
けれど、それだけが、食べる理由ではなくて。
(美味しそうに、見える、から。いけない)
「………いただきます」
「おう。タレはいるか?」
小瓶に入った数種類ものタレを見せられるも、瑠衣はいらないと首を振って、お皿に乗った掌の三分の一ほどの大きさで、とても薄い肉を受け取り、お箸で掴んで、一口、二口、三口と、ゆっくりと嚙み切って、咀嚼しながら、飲み込んだ。
ほんのりと塩胡椒がかかった赤身の肉は、健康に大切に育てられていると感じる、生命力が溢れる美味しさだった。
「ご馳走様。もう、食べないからね」
「おう。俺が勝手に食べてるから、食いたかったら遠慮なく言えよ」
「………食べないし」
瑠衣は禾音に背を向けて、仕事に集中したのであった。
(2024.7.5)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます