第7話 嫌じゃないの
日常生活に支障なし。
自分の事はうっすら覚えている。騎士だった事も。
召喚魔法が使えない。魔法の使い方を忘れた。
どれくらい覚えているのか。
瑠衣が大気分析家の局長室から出て外廊下を歩く
淡々と言っているようにも聞こえるが、心なしか、不安や腹立たしさが滲み出しているような気がした。
「本当に私一人だけでいいの?日常生活に支障がないなら、家政婦は傍に居てもらわなくてもいいだろうけど、医者は居てもらった方が安心しないかな?」
「今さっきも言ったが、おまえ一人だけの方が安心できる」
「………禾音がいいなら、いいけど。私、仕事は休まないよ」
「いい。俺が勝手について回る」
「私は寮生活で、寮は男子禁制だから、禾音とずっと一緒には居られないけど、どうしようか?禾音も寮でしょ」
「凪局長が平屋を貸してくれる。そこで俺が記憶を取り戻すまで、一緒に暮らしていいって言ってた」
「そう」
「俺と一緒に暮らすのは嫌か?」
「嫌じゃないけど。禾音は嫌じゃないの?」
「嫌じゃない。瑠衣の傍に居たい」
「………わかった。とりあえず、これからまた仕事に戻る」
「ああ………瑠衣。迷惑をかける」
「うん」
ずっと歩いたまま。
ずっと背中を向けたまま。
ずっと、淡々とした物言い。
本当に嫌なんじゃないのか。
本当は嫌なのに、記憶を取り戻すにはどうしても必要で、自分の傍に居ようとしているのではないか。
(考えても。仕方ない。か。とりあえず、禾音の言葉を、本当の言葉だと思おう)
こっちだよ。
小走りで禾音の前に回った瑠衣は、そのまま禾音を仕事の持ち場まで先導したのであった。
(2024.7.4)
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