わずかな自由(1)
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ある日の夜、“もう自分はこのままなのだろう”と覚悟を決めて眠りについた。
故郷に帰れるわけもなく、己の罪が消えるわけでもなく、そもそもここがどこなのかもわからない。
そしてあの変態から逃げられる気もしないとくれば、もう諦めて己の身を守るしかないのではないかと思えてきてしまった。もうなんというか、少しでも希望を持つのは難しい。
そう思いながら、そして今日もディードリヒがベッドに潜り込んでくるのだろうと内心げっそりしながら布団をかぶって、翌日。
「…」
何気なく見た手首に手錠がないと気がついた。夢かと思って頬を思い切りつねってみたが痛みを感じてむしろ頭が混乱する。
「…?」
何がどうなったら今に至るのか理解できず固まっていると、ノックの音が聞こえて意識を引き戻された。
返事をすると中に数人のメイドが入ってくる。押しているワゴンには朝の身支度を整えるための道具が乗っていたので、ひとまず身支度をしようと気持ちを切り替えた。
「あの」
その中で、一つ声を出す。
今はネグリジェからドレスへの召替えを行なっている。何度着ても、何を着てもサイズがぴったりで毎日のように気持ち悪いとは思う。
「如何しましたか?」
メイドの一人が反応した。
「手錠が、外れていて」
「あぁ、殿下のご判断の様です」
「殿下が?」
「えぇ、殿下が仰るには『もう逃げないだろう』と。お屋敷の敷地内でしたら自由に回って欲しいとのことでした」
「…?」
状況を把握しかねた。
そういえば朝ディードリヒはいなかったことを思い出す。ようやく何か心境の変化でもあったということだろうか。
(それとも人としての心を取り戻したのでしょうか…)
「はい、終わりました」
ドレスの着付けが終わったようだ。軽く動いて不備がないかを確認していると、声をかけられる。
「リリーナ様」
「なんですの?」
「殿下からこちらを預かっております」
そう言って差し出された小箱を受け取ると、何か馴染みのある香りがした。そっと封を開くと中に入っていたのはスプレー式のガラスの小瓶と、その中で揺れるハーブの漬けられた液体。
「これは…」
香りと見た目ですぐに自分が愛用していた香水だとわかった。これは投獄前までずっと気に入って使っていたもの。しかし工房が故郷にしかなく、決して安くもないはず。
「是非ご使用をお願いしたいとのことでした。宜しければお使いください」
そう言うと、メイドたちは頭を下げて去っていった。ぽつんと残された部屋で一人、そっと小瓶を手に取る。
「…どうして」
香水と言えど、入手するのは手間だったろうに、そう考えないではいられなかった。
確かにこれはずっとお気に入りで、工房に直接買い付けに行ったこともある。長いこと取り扱ってもらえるよう、宣伝に協力したこともあった。
なぜ知っているのだろう、そう思わないわけがない。その手段はわからないが、それでも香水はいま自分の手にある。
「…」
導かれるように、小箱をくずかごに捨ててスプレーの蓋を開けた。
手首に一拭きして、呟く。
「…こんなの、気の迷いですわ」
反対側の手首にも一拭きしてから、首に擦り付けてスプレーに蓋をした。
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