わずかな自由(2)

 

 ***

 

「おはようございます、リリーナ様!」


 メイドがまた一人、こちらに声をかけてくる。


「えぇ、おはよう」


 部屋を出ていいと言われたので試しに出てみると、屋敷の使用人たちが自分を見かけるたびに声をかけてきていた。故郷の屋敷ではただ頭を下げ沈黙するのがマナーであるとされていたため正直新鮮だが、これはこの土地の風習なのか自分に身分がなくなったからなのか、つい気になってしまう。

 公務でこの国に来たことはないし、他国のローカルな習慣までは知らないので、誰かに今度訊いてみようか。


 ラフに歩きながら屋内を探索していると、思ったよりこの建物は小さいことがわかった。

 二階建ての小さな屋敷程度しかない。今時別荘でももっと大きなものを建てそうだが、何か理由があるのだろう。


 使用人も見合った数程度しかおらず、全員何かしら忙しそうだ。そんな中でも自分が顔を出せば対応してくれるので、ディードリヒが使用人たちになにか話をしているのかもしれない。


 例えばキッチンに顔を出したらデザートが出てきた。試作品だそうだが、濃厚なパンナコッタといくつか季節のフルーツソースが出され、好きなものはどれかと問われてしまい予想外のことに少し驚く。


「…綺麗」


 予定外のデザートを頂いて、今度は庭に出た。屋敷の規模に対してやや大きな庭は煉瓦で簡単に道筋が描かれており、その周囲が花壇や生垣になっている。

 庭で生きている植物は皆美しく整えられ、見るものを楽しませてくれた。しかし日差しが少し強いので日傘が無いか訊いてみればよかったとは考えてしまう。


 肌が焼けて痛みを伴うようになっても困るので、さすがに一度戻ろうかと考えた時隣に人影が現れた。


「あら、如何しまして?」


 とは問いつつも相手と視線を合わせる気はない。花を眺めたまま声だけかけると、返ってきた声は少しばかり震えていた。


「…窓を見たら、君が外にいたから」

「この敷地内なら自由にしていいと聞きましたので、早速楽しませて頂いていますわ」

「うん…」


 歯切れの悪い返事に、リリーナはふと相手を見る。自分のすぐ横に立っているディードリヒは少し不安げに見えた。


「何か不服かしら?」

「いや、そうじゃないんだ。自由にしていいって言ったのは僕だから…」


 そう話す相手は顔色が段々と悪くなっていく。明らかに体調を崩していくような姿をみるとさすがに少し心配した。


「お加減を崩されましたの? いけませんわ、誰か呼んで…」

「いや、体調じゃないから大丈夫」

「でも、お顔が真っ青ですわ…」

「本当に体じゃないんだ、ただ…少し怖くて」

「怖い?」


 急に出てきた言葉の意図が読めずそのまま疑問にして返してしまう。しかし相手とはずっと視線が合わず、ディードリヒは不安げに足元を見るばかりだ。


「君が、あの部屋から出てしまって、怖くて」


 そう言いながら自分を抱きしめた腕は声と同じだけ震えている。そっと触れ合うような抱擁は縋るようで、珍しく弱気なディードリヒの姿にリリーナは少し胸が鳴った。


「じ、自由にしていいと言ったのは貴方ではありませんか」

「そうだよ。リリーナはここからいなくなったりしない…でも放鳥が自分にとって都合が良いとは限らないだろう?」

「…」


 感情が複雑に矛盾していく。相手が自由にして良いと言ったのに、という感情と、何かいけないことをしてしまったような罪悪感が渦を巻き始める。


「僕はリリーナがいないとダメだから、もう離れられないから…もう少し大丈夫って思えるまで部屋に居て貰えばよかった」


 こんなに弱られてしまうと少しばかり罪悪感が優位に立つが、かといってあの部屋に繋がれたままというのも受け入れ難い。ただ相手が来るのを一人で待つだけの生活は余計なことを考えやすく、いろんなことが不安になる。


「…何か勘違いをしている様ですけれど」

「…?」


 リリーナの言葉に疑問を抱いたディードリヒが彼女と今日初めて視線を合わせた。

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