白豚な美声歌い手は、大人気ゲーム実況者に恋をする~友達以上恋人未満な関係が一番勘違いしちゃうんですけど!~
遠堂 沙弥
第1話
出生児の体重、約4,850グラムという超巨大児として誕生した僕は、周囲から「将来は有望なお相撲さんかな」と囃し立てられ育てられた。
だけど実際は横に大きいだけの、ただの弱虫。運動音痴で外で遊ぶことが苦手だったから、肌が健康的な色になることなく、付いたあだ名が「白豚」だった。
見た目とは正反対で、内気な性格が災いして同じ趣味の友達しか……ようするにスクールカースト的には下位の同類だけが寄り集まるだけ。
僕はそれだけで十分幸せだったけど、高校にもなるといじめが苛烈になってきて不登校になってしまう。
そんな僕にはただ一つ、趣味があった。歌だ。
今の僕の気持ちを代弁してくれるような歌詞、元気をもらえる曲、カラオケで歌っているととても気持ちがいい。僕は歌うことが心の底から大好きだった。
ある時、僕はチックトックとかニカニカ動画で自分の歌を公開してみる。
一人カラオケで歌うのも気持ちいいけど、だんだん承認欲求っていうのかな。誰かの反応が欲しくなって、自分の歌が上手いかどうか誰かに聞いてもらいたくなった。
もちろん自分のことは映さない。フリー素材で作った背景で、歌だけをアップした。
通知とかそういうのはオフにしてたから気付かなかったんだけど、すぐに反応を見るのが怖くて数時間放置してて。翌朝に見てみたら、ものすごいバズっててびっくりした。
再生回数は万を越えてて、いいねもたくさん付いてて、拡散もすごいされてて。
『めっちゃ上手い』
『超イケボ』
『声に癒やされる』
『両声類ってやつか?』
『声域どうなってんの』
そんな褒め言葉がたくさんあった。
もちろんその中にも『どうせ加工しまくり』『一発撮りじゃない絶対』というコメントもあったけど、そんなことより僕は自分が世間に認知されたような気がして舞い上がっていた。
これまで生きてきて、こんな風に自分のことを評価されたことがなかったから新鮮だった。
僕はすぐに「アサ」という名前で歌い手デビューした。
最初の1、2曲は既存の有名曲を歌ってアップしたけど、版権とかが怖くなってすぐに自分で作詞作曲するようになった。
昔から一人でいる時間が多かったし、歌も小さい頃から好きだったから。
幼稚園の頃に親から買ってもらった電子ピアノを使って、適当な作詞作曲みたいなことはしてきたんだけど。いざ、本格的に作るとなったらものすごい時間がかかった。
なんとなく口ずさんだリズムとか、言葉とか。思い浮かんだらすぐにメモして、録音して、初の一作目が仕上がるまで半年はかかってしまった。
だけど作る作業はとても楽しくて、それをどんな風に感情を込めて歌うのか試行錯誤したりするのが全然苦じゃない。これが「仕事」になるときっとつらいんだろうけど、これは趣味だ。
僕がやりたくて、やりたい時にやればいいものだから。とても気が楽だった。
レコーディングは家の近くにあるレンタルスタジオで、ほとんど一発撮り。
電子ピアノしか使えないから、スタジオのオーナーさんにやり方とかを色々教えてもらって、加工技術とかバックコーラスとかの編集も、何もかもやってくれた。
「君、プロでやってくつもりかい?」
そう聞かれて僕はすかさず「趣味です」と答えたら、ものすごくもったいなさそうな顔になって「他にも収録したくなったらウチを使ってほしい。君だけ特別価格で、知り合いのバンドとかにも頼んで曲作りを手伝うよ」とありがたい言葉をもらえた。
僕は褒められ慣れてないから、オーナーの応援がものすごく嬉しかったのを覚えている。
家に帰って早速、今日作った曲をアップした。相変わらず画像自体はフリー素材の寄せ集めでしか作れなかったけど。
これも見栄えのある映像と一緒に曲を流せたら、最高なんだけどな。
信じられない。一時間で前回の記録を大きく塗り替えた。
3,000万回再生という数字を見て、僕は喜びを通り越してほんの少しだけ怖くなった。でもすぐに「僕には歌しかないんだ」と思えた。
これが僕の歌い手になるきっかけだ。
何もなかった僕が、歌を通して有名になれた。ネット上だけだけど。
幸いにも自分のチャンネルに登録してくれるファンがたくさん出来て、同じ歌い手仲間とも仲良くなって、縁があって僕が昔から大好きだったゲーム実況者とのつながりも持てた。
今が楽しくて仕方ない。
あ、ちなみに全員誰とも一度も顔を合わせたことはない。
顔出ししてる人達は別になるけど、僕自身はずっと覆面歌い手として通してる。
だって、当然だよ。高校は運良くギリギリ卒業することが出来ても、外見は何も変わらない冴えない白豚のままなんだから。
顔を見たら、僕の本当の姿を見たら……いくら歌が良くてもみんながっかりする。
だから僕は絵師さんにキャラメイクしてもらって、それを「アサ」として活動した。
僕だけじゃない、他の人だってそうしてる。
アイドルをやってるわけじゃないんだ。僕は大好きな歌を歌って、作って、それをみんなに届けられたらそれで満足なんだから。
歌い手アサとして少し名前が知れ渡って来た頃、有名ゲーム実況者さんと一緒にゲームをすることになった。
もちろんネット上でゲームして、そのやり取りを動画として投稿される。
ユーツベで大人気の四人組ゲーム実況者、個人それぞれのチャンネルも有名で、その四人が集まって出来た新ユニット「デルタ4」だ。
彼等のチャンネルにお邪魔して、楽しくゲームした。アクションとかあまり得意じゃなくて、もっと言うなら人付き合いとか場を盛り上げるとか、そういうのは本当にしたことなくて。
おろおろしてる僕をからかうことで楽しい笑いに変えたり、場を和ませたり。まるで友達同士で集まって、ただゲームして遊んでるだけみたいで、とても楽しかった。
その内の一人、デルタ4でもイケメン枠で顔出ししてるエバ君からDMが届く。
「今日ほんと楽しかった。また遊ぼうぜ」
エバ君は身長180センチはあってスタイル抜群、イケメンだけどハイテンションな絶叫系実況者。同じ男の僕から見ても、本当にカッコよくて憧れの存在。
このゲーム実況と、エバ君のDMをきっかけに、僕達は加速度的に親交が深くなっていった。
いつしかエバ君と僕とで雑談生配信をしたり、一緒にゲームしてるのを生放送したり、ラジオなんかもするようになって……。どんどんエバ君の恩恵はもちろん、二人セットのコンビとしてネット上で活躍するようになった。
そんな夢のような時間を過ごして、ついに僕は逃げるに逃げられない状況へと立たされることになる……。
***
「え……、顔出し……?」
僕はお仕事の依頼とか受ける時には、大体DMかフリーメールで受け付けている。
シンガーソングライターで歌い手、エバ君の友達枠として。結構な数の打診メールが来るようになって、それをひとつひとつ精査しながら全部に返信をしていた。
中には当然怪しいものだったり、いたずらだったり、たくさんあるけど。実際に案件としての仕事が複数あるから、どのメールも全部自分で目を通して丁寧に返事をするよう心がけていた。
「アサは優しい」
「すごく良い人」
そんなレッテルを貼られているから、ほんのちょっとの誤解が破滅につながりかねない。
どうせ僕は他に仕事をしてるわけじゃないから、時間ならたくさんある。
ユーツベでの広告収入と、楽曲の売上とかで多少はお金を稼げるようになったから、なんとか二十代の間に一人暮らしを実現出来たおかげ。
もちろん両親の応援に一番感謝している。僕がここまで、自立出来る程度にまでなれたのも両親が僕に良くしてくれたから。
だから迷惑はかけられない。僕がネット上の見知らぬ誰かに不遜な態度を取って、それが炎上して自滅するなんてことになったら……両親にも迷惑がかかるから。
だから世間のイメージを大切に、僕は「アサ」としての顔を徹底させた……んだけど。
テレビ局からのオファー、これは願ってもないチャンスなのはわかる。
ネットでニカニカ動画とかユーツベとか見ない人に、アサという存在を知ってもらうチャンスになる……んだけど。
『テレビの生放送で顔出しでの新曲発表、大変喜ばしいことではございますが。当方としましては、ファンの方が抱いているイメージを損なわない為に顔出し等は一切お断りさせていただいております』
もったいない、けど。顔出しは断固としてNGだ。
こんな白豚が出てきていいわけない。
ファンアートでも、みんなアサのイメージは「長身スマート」「塩顔イケメン」「笑顔が素敵」「中性的な雰囲気」「天使のような容姿」として描かれる。
決してこんな「白豚」で「チビ」ではない。
僕は多くを望んではいけないんだ。
歌を褒められて、ちやほやされて、勘違いするところだった。
僕は現実では負け組なんだ。外見に恵まれなかった、ただの高卒陰キャ。
身の程をわきまえて、ネット上だけで活動しなければ……生きていけない。
大きなため息をもらしていた時に、メールが来た。さっきのテレビ局の人からだ。
『顔出しNGなら、シルエットのみでの出演はいかがでしょうか。他の顔出しNGの歌い手さんなども、シルエットのみの出演ならば許諾していただいております』
違うんだ……っ!
シルエットそのものですでにアウトなんだよおおお!
せめて、中肉中背ならOKしたかもだけど!
頭を抱えている間に、ライムの通知音。相手はエバ君だ。
時間を見ると、そろそろラジオの生放送の時間。
僕は画面を切り替えて、エバ君とビデオ通話を開始した。
もちろん、僕は絵師さんに描いてもらったアサ専用イラストを画面一杯に映して。
『おっす、ちゃんとメシ食った?』
「あ~、今ちょっと立て込んでて。忘れてた」
『ま~た食べながら生放送すんのかよ。お前、それで前回ASMR放送とか言われたじゃん』
エバ君は僕より一つ歳上だ。
この業界(と言うのか?)も僕より長い。
僕は高2の夏休み位から初投稿したけど、エバ君は中3に活動開始。
それだけじゃなく、エバ君は現在大学生。両立しながら実況者として成功してるから、本当にすごすぎる。加えて僕よりずっと交友関係も広い。
画面越しでしか見たことないエバ君は、髪色をしょっちゅう変える。その日の気分で金髪にしたり、真っ赤にしたり。今は茶髪にインナーカラーするのがハマってるみたいだ。
顔立ちも中性的で凛々しい、目鼻立ちが整っていて、誰がどう見てもイケメン。
他の動画でグッズ紹介する時に全身を出したことがあるけど、長身でスタイルが良くてびっくりした。ラフでオーバーサイズのものを着ることが多い。さぞやモテるんだろう。
そんなエバ君が、いまいち乗り切らない僕の雰囲気を察して話題を変えた。
『なに、上の空じゃん。なんかあった?』
「あ、うん……。実は……」
僕はエバ君にだけは何でも相談出来た。
さすがに本当の姿のことは秘密にしてるけど、困ったこととか悩みとか。この界隈で起きた悩み事なんかは全部エバ君に相談に乗ってもらってる。
だから今回のシルエット放送の件も、そのまま話した。
『アサ君が嫌なら断ればいいじゃん。確かにもったいねーけど、オレ達って自分の好きなことしたくて、実況とか歌い手とかやってんでしょ? 断ったってファンが減るわけじゃないんだし』
「そう、だよね。うん、確かに」
自分のやりたいことをする為に、この道を選んだ。
よかった、エバ君ならわかってくれると思ったよ。
だったらこの依頼はやっぱりはっきりと断ろう。
『でも地上波デビューするアサ君、オレは見てみたかったなぁ』
「え……?」
『だってテレビでかっこよく歌うアサ君が見れるんだよ? 誰だって見たいじゃん』
エバ君の言葉に、僕は息が止まった。
この声が、歌声が、みんなに幻想を抱かせてしまっている事実。
僕の声は変声期を経ても、高いままだった。
確かに声変わりする前に比べたら、全く別人の声に変わってはいるけど。
超低音域から超高音域にまで、幅広く出せる声域。
これがあるから僕は歌い手になろうって思ったんだ。
歌うのが好きで、それを誰かに聞いてもらいたくて。
今まで僕のどこを取っても褒められるところなんてなかったのに、この声だけは僕でも自信を持つことが出来た。そして褒めてもらえた。
男声で歌ったり、女声で歌ったり。スピード感のある曲調で、低音高音を即座に使い分けながら歌い切ることに快感を覚える。
そしてその難易度の高い独特な歌い方が、より一層注目を浴びて、みんなに好かれた。
全部、全部、この声のおかげ。それだけなんだ。
だから顔出しなんてもっての他だった。
冴えない顔、色白の肥えた体型を見たら、誰もがドン引きするのは目に見えている。
いくら声が良くたって、実際の外見が目に焼き付いてしまったら、もう今までのようにはいられない。
テレビでよく見るメジャーな男性ボーカルグループだって、全員イケメンだ。
スタイルもいいし、ダンスさせればもう完璧。
僕はスキップすら出来ない運動音痴。
どうあがいたって、顔出しするメリットなんてない。
エバ君が褒めてくれるのは嬉しいけど、でも……顔出しだけはダメだよ。
「ごめん……、僕……外見に自信なくてさ」
『なんで? だってシルエットでもOKって言われてるんだろ?』
そんなエバ君の何気ない一言が、僕の心を抉る。
エバ君、誰もがみんなエバ君みたいにスタイルがいいわけじゃないんだよ。
世の中には、デブっていう人種がいるんだ。
「体型も、ちょっと……。とにかく現実の僕だってわかるようなものは、一切出したくないんだよ。みんなのイメージを、壊したくない」
それは本音だ。
みんな僕の歌を、歌声を好きになってくれてるから。
せっかく絵師さんに声のイメージ通りのイラストを描いてもらってるし、みんなそっちのイメージに引っ張られて好きでいてくれてるから。
だから、アサじゃない僕が前に出るわけにはいかないんだよ。
しばらく沈黙が流れた後、エバ君が「よし!」と威勢よく言った。
『生放送の時間だ。始めっぞ!』
重苦しい悩み相談をしても、明るく吹き飛ばすのがエバ君だ。
それもエバ君の性格だから仕方ないんだけど、このタイミングでぶった切るかな普通。
エバ君と僕とで始めた生放送ラジオ「アサ&エバの雑談ラジオ」、通称サバラジ。
視聴者からの質問に答えたり、二人で適当に雑談したり。
そんなまったりとした適当なラジオだけど、ファンからは有り難いことに根強い支持を受けている。
視聴者側の画面では、エバ画伯が描いたイラストが全画面表示されている状態で、僕達はお互いにビデオ通話状態で会話している。まぁ僕だけ自画像イラストのままだけど。
いつも通り、メールやハガキで送られた質問に答えるコーナーを始めようとした時だ。
エバ君が紙に何かを書いてて、また即興で自分が描いた前衛的なイラストでも発表するのかなと思いながら、それを無視して質問を選んでいた僕。
エバ君がインカメに、というか僕に向かって書いていたものを見せた。
『テレビオファー、受けなよ。全面的にオレが協力すっから』
「ぶはっ!」
突然吹き出した僕の声は、もちろんラジオを聞いている全員の耳に届いている。
何を言い出すのかと思えば!
しかもラジオ中に言うことじゃないだろ!
エバ君は人の気も知らないで、いつものいたずら小僧みたいなニヤニヤ顔で続きを書く。
『シルエットでいいんだろ? だったらそれオレがやるよ』
え? 僕はその言葉を読んで、瞬く間に頭の中でイメージが湧き上がる。
長身でスタイルの良いエバ君のシルエットが、僕の歌声に合わせて歌っている姿を。
多分きっと背格好に関しては、ファンのみんなそれぞれにイメージがあるのかも知れない。
アサは小柄、というイメージ。
女声も出せるアサは女性に近い背格好、というイメージ。
十人十色のイメージはあるだろうけど、僕はエバ君のような恵まれたスタイルに大きな憧れを抱いている。だから僕の中のアサのイメージは、エバ君そのものだった。
髪色は動画ごとに変化する、カラフルなキャラクター。
背が高くて、スレンダーで、何を着ても似合うカジュアルなスタイル。
男とも女ともつかない、中性的な雰囲気を持つエバ君そのものが……僕がアサに抱いているイメージ。
『アサ君? おーい、質問はー? あっはは、こいつまた読めない漢字があって固まってんのかぁ?』
そうおどけて、沈黙を誤魔化してくれるエバ君。
僕は動揺しながら、頭の中で思い描いたイメージをどうしても実現したくなって、二つ返事で「それならOK」とメモした画面を見せた。
***
そのままの勢いでテレビ局の人に了承のメールをして、その夜眠りにつく頃に後悔が押し寄せてきた。
OKじゃないだろ、どうすんだよ。
エバ君が出ることに何の問題もないだろうけど、打ち合わせとかにはさすがに僕も行かなくちゃ話にならないのでは?
つまりアサとしてデビューして、初めて人前にこの姿を晒すってことじゃないか。
ダメだ、僕を一目見て「=アサ」だって思う人間、誰もいないだろ。
もしかしたら僕を見た途端に、この話はなかったことになるのかもしれない。
そうしたら僕の姿をテレビ局の人に晒しただけじゃなく、関係者の誰かがこれをネット上で喋る可能性だって否定出来ない。
SNSが大流行しているこんなご時世だ。
大人気歌い手アサの本当の姿は、白豚のチビブサでしたって。
そうなったら歌い手アサはおしまいだ。
ネットに拡散されて、イメージを壊されて、ファンがいなくなる。
エバ君も……、僕を見て幻滅するかもしれない。
なんたってエバ君とこんなに仲良くなれたきっかけのDMは、アサに対する褒め言葉だったから。
『アサさんの歌声って、まるで天使の歌声みたいですね。なんか臭いセリフ吐いてすいません。でも本当です』
僕の声が、歌声があったからエバ君との縁が出来た。
だから……、僕の本当の姿を見たらきっと……。
でももう「やっぱりやめます」なんて、そんなこと言えない。
信用を失えば、この世界でやっていくことは出来ないから。
そうでなくても僕のアサとしての人生は、もう終わりに向かっているのかもしれないけど。
***
僕は意を決してエバ君に連絡した。
テレビ局で初対面を果たすより、事前に……エバ君に僕の本当の姿を見て理解してほしいから。
僕がどうして顔出しを嫌がるのか。
シルエットだけでも拒絶するのか。
一目見れば、絶対にわかる。
待ち合わせは平日の昼間にした。
エバ君のファンは学生が多いからっていうのもある。
社会人も大体は平日の昼間は仕事中だ。
ばったりファンに会って、大騒ぎさせる必要がないように。
カラオケボックスで待ち合わせた。個室があるし、僕が本物のアサだと信じてもらう方法は一つ。目の前で歌を披露すればいいだけだから。
待ち合わせ時間の約十分前に、カラオケボックス前でエバ君を待つ。
サングラスとマスクをしてもエバ君の姿はすぐわかるし、いつファンに捕まるかわからない以上、長く外で待たせるわけにはいかなかった。
――二十分経過。
あぁ、そうだ。そういえばエバ君の欠点の一つ、遅刻魔だってこと忘れてた。
一時間経過してようやくそれらしき人物が、ゆっくりとした歩調で歩いてくる。
いや、大遅刻なのになんだその余裕!
相変わらずの態度に僕は思わず笑い出しそうになった。
カラオケボックス前に到着するなり、エバ君がスマホを取り出したので僕は着信が鳴るのをあえて待つ。
僕が作詞作曲して提供したエバ君の歌が、僕のスマホの着信音だ。
すぐ横で鳴り響いて、その電話に僕が出る。
顔面が全部隠れているけどわかる。僕を見下ろすエバ君の顔は、きっと呆気に取られているはずだ。
「初めまして、でいいのかな。……アサです」
***
エバ君はカラオケに入るなり、大熱唱し始めた。
まずは調子を取り戻すためと言っていたけど、目の前にいた白豚が「アサです」とか言って声をかけてきたら誰だって混乱すると思う。
僕が提供した「ハピネスソング」を歌い切った後、エバ君がマイクを僕に差し出す。
証拠ね、了解です。
僕は最新曲でまだ誰にも、エバ君にだけサビしか聞かせていなかった歌をアカペラで歌った。
音響やマイクエコーで誤魔化さない。
そのままの僕の声で真実を伝えたかった。
目を閉じて、自分の世界に浸る。没入感こそ僕の歌い方だ。酔ったように、狂ったように、低音域から高音域を自在に繰り出す。今回の曲はシャウト系も交えた。
しっとりした曲調から、激しく乱暴な絶叫へ。あえて歌う人間を選ぶように、喉を、息遣いを、最大限に酷使させる。
歌だけ聴けば、その激しさに圧倒されるだろう。そんな風に作った。
だけど実際には脂肪だらけの真っ白い童貞キモオタが、全身に汗を吹き出して気持ち悪く歌っているだけだ。決して人になんて見せられない。
それを僕は……、この世で最も尊敬している友人に、唯一親友と呼べる大切な人の前でその醜い姿を晒しているんだ。いたたまれない、恥ずかしさを通り越して、もういっそのこと泣いて逃げ出してしまいたかった。
最後まで歌い切って、呼吸も荒いまま僕は恐る恐るエバ君の方を見る。
パチパチパチと、たった一人からの大喝采。
誇らしそうに、感動しているのか目には涙を浮かべていた。
そうだ、エバ君はゲーム実況の時もすごく涙もろかったことを思い出す。
「すごいよ、アサ君。目の前でアサ君の新曲を聴けるなんて、オレめっちゃ果報者じゃん!」
「……えっと、エバ君……。他に言うこととか、ないのかな」
「え? あ、ごめん! 今までと全く違うジャンルの曲で圧倒された! 絶対にバズる!」
「いや、そうじゃなくて」
「ん?」
あれ、これもしかして察しが悪い時のエバ君か?
僕は必死になって自分の見た目をアピールした。
「これが僕だよ、エバ君。わかるだろ? この姿でテレビなんて、シルエットでもNGだって理由がはっきりわかっただろ?」
「あぁ、そのことか。う~ん、まぁ確かにそうだなぁ。オレは別に外見とかでとやかく言いたくない人なんだけど。ファンとかが見たらイメージと違うとか言ってディスってきそうなのは確かかも」
「はっきり言ってくれる……」
でもこれがエバ君だ。
歯に絹着せない物言いが、みんなが知ってるエバ君だって。
「そんじゃオレがシルエット役で、さっきの新曲を歌えばいいわけね? オッケーオッケー」
「かっる……! こっちは人生最大の分岐点な気分で来たってのに」
こんなにあっけない対応をされても、喜んで良いのかどうかわからない。
いや、喜んで良いのか。だってエバ君は本当の僕の姿を見ても、嫌悪感たっぷりの表情で見てくるわけじゃなかったから。安心した。
僕はこれまでの緊張の糸が切れて、すっかり脱力してしまったから喉が渇いてジュースを一気飲みする。
それから二人で少しばかり話をして、「この程度ならみんなとのオフ会に来ても問題ないじゃん」とか、「せめてデルタ4とのオフ会とか、集まって実況撮る位は参加してみたら?」とか。
今まで僕がずっと頑なに避けてきた直接対面をものすごく勧めてくるエバ君に、いきなりは無理とか言ってやんわり断っていた時だ。
「ん~、それじゃあオレもカミングアウトすっかな」
「え?」
「だってアサ君にばかり本当のことぶっちゃけさせて、オレは何もなしだなんてフェアじゃねぇじゃん」
ドキッとした。エバ君が隠していること? 秘密ってこと?
それを今から僕にだけ告白するって?
いつものヘラついた顔から、真剣な顔になったエバ君に僕の方が怖気づく。
もしかして彼女持ちだってことをここでバラすとか?
まさか、すでに既婚者?
子持ち?
色んな憶測が僕の中に次から次へと溢れ出て来る中、エバ君が口を開いた。
「実はオレ、女なんだ」
「…………」
「ほら、この身長にこの声じゃん? 別に最初は隠す気で実況始めたわけじゃないんだけどさ。だから最初はサングラスにマスクで顔出しみたいなことしてたけど、身内の失敗でオレの素顔が流出したじゃんか?」
その事件は僕も知ってる。
ニカニカ動画の人気ゲーム実況者が、一同に介して飲み会をした時の集合写真。
それをみんなのライムで共有してたのが、うっかりSNSにアップされて。その時の写真に写っていた大多数のゲーム実況者の素顔が晒された。
中にはそれでもマスクはしたまま顔出し実況を続ける人もいたけど、エバ君とその他の何人かはその事件以降はサングラスもマスクもやめて、素顔で顔出しするようになった。
「だけどゲーム実況者って大半が男だからさ、なんか視聴者の中でも女のゲーム実況はつまんねぇって声が多くて。それで視聴者減るの嫌だったからさ、オレはずっと男ってことで通してきたんだよ」
というか、多分そのオフ会以前にエバ君が女だと知ってるのは何人だ?
そんな話一切聞いたことがないぞ。
「性別とかマジでどうでもいいって思ってたけど、一応念の為。最初から男ってことでやってきたっつーか。これが不思議とバレないっつーか?」
「え、でも、じゃあデルタ4は?」
「ぬこ田と遠夜(とおや)は、酒が入ると口が軽くなりそうだから言ってない。だから実質オレの性別知ってんのは華魅(はなみ)だけ、あと今言ったアサ君だけだよ」
「ま、まじで……?」
「くそマジ」
ちょ……っと、待って?
そうなると色々なんかこう、なんていうか……たくさん複雑になってくるのですが?
憧れのエバ君が、女性の方?
え、ちょ……? それじゃあ僕はずっと女性と……?
急に意識してきてしまう。女性と面と向かって会話するなんて、母親以外に店員さん位だ。
リアルで今、僕……個室で、二人きりで……?
「なんか変な感じだよな! 逆にアサ君の方が女の子なんじゃないかって噂があった位なのに。まさかのオレが女でした~なんて! あっははは!」
僕、たまに……デルタ4のみんなと悪ふざけで、下ネタとか言ってたぞ……?
女性の前で、卑猥なことを口にしてた……っ!
流さないってことで、ファンの前では絶対に言わなかったけど。
「アサ君、顔が真っ赤だけど大丈夫?」
「ごめ……っ」
どうしよう、今までカッコよかったエバ君が……っ!
なんかすごく可愛く見えて……っ?
ダメだ、胸のドキドキが止まらない!
どれだけ童貞キモオタ丸出しなんだよ、僕は!
「やっぱ、言うんじゃなかったかな」
えっ?
ひどく落ち込んだエバ君の声に、僕は動揺した。
悲しそうな顔。何かを諦めたような表情。
「本当の自分を曝け出してくれたアサ君ならって思ったんだけどさ、やっぱ女のオレじゃアサ君の代役は……ううん。女だって言わない方が、いつも通りにOKしてくれたのかなって」
「エバ君……」
「ずりぃぞ! 自分だけすっきりしやがってこの!」
そう言ってエバ君が僕のふとましい二の腕にパンチしてきた。
無理やり笑顔を作っているエバ君の顔……。
僕の方がエバ君を傷つけた。
「オレだって一世一代の覚悟を持って本当のこと言ったってのによ! アサ君の方がドン引きしてどうすんだよ!」
「いや、あの、だって……」
「普通に喋っててもいい声しやがって! その声に惚れたオレはどうしろっつーんだよ!」
そう言ってエバ君が虚勢を張った笑顔のままで、頬を濡らした。
泣いてる。泣かせてしまった。
「オレはずっと、アサ君の大ファンで……友達になれて嬉しかったってのに。こうやってオレにだけリアルの姿見せてくれたの、特別だって言われてるみたいですっげぇ嬉しかったんだからな! どうしてくれんだよ、この気持ちをよ!」
「だって……、エバ君……。こんな白豚で、本当はがっかり……」
「するわけねぇだろ!」
絶叫系実況者の名は伊達じゃない、とでも言った風だ。
大声で否定されて、泣き叫ぶようにはっきりと違うって言ってくれるエバ君は本心で僕にぶつかってきてくれてる。
「太めで美白で小さいからなんだよ! オレなんか女のくせに身長180あって、声も低くて、みんなから新喜劇の巨人みたいに言われてきたんだぞ!」
これラジオだったら「それ逆においしいじゃん」って言うところだ。
バカ、僕はどこまで無神経なんだ!
今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ!
「ドン引きしてんじゃねぇよ! オレが女だってこと、ここ出たら忘れろ! いいな?」
「い、いや! 忘れないよ! だって僕の本当の姿をエバ君にだけ見せたことに変わりはないんだから! 一緒にお互いの秘密を抱えて生きていくんだ!」
「綺麗な良い声でいいこと言ってんじゃねぇよ!」
お互いに言い合って、多分これは初めてのケンカ……かもしれない。
それからずっとお互いに罵り合って、まるでゲーム実況中にふざけ合うみたいに言い合って、最後には二人揃って大笑いしてた。
見た目なんて、性別なんて全然関係ないみたいに。
いつも通りのラジオを録ってるみたいな感じで、僕達はバカ笑いしながら打ち合わせを開始した。
***
「チックトックを始め、ニカニカ動画やユーツベで大人気のシンガーソングライター、アサ! 今回は特別に顔出しNGの中、スクリーン一枚向こう側で歌っていただきます! アサの最新曲! ホロスコープです! ではどうぞ!」
テレビスタッフの人達の配慮、全面的に信頼の置ける体制で臨めた。
僕を見て面食らうどころか、生放送を成功させる為に全員がプロとしての仕事を全うしてくれた。さすがプロ。
何度も打ち合わせとリハーサルを繰り返して、リズムと歌にエバ君の動きがぴったり合うように完成させることが出来た。
この地上波生放送をきっかけに、僕の回りでは更に大きなことが動いていく。
全国ツアーという夢の舞台。
もちろんスタッフは信頼の置ける人間だけという厳戒態勢で。
そして当然、僕を演じるエバ君も完全同伴だ。
***
「持つべき者は、やっぱ信じられる友達ですな!」
「エバ君と知り合えて本当に良かったよ」
テレビ局での大仕事を終えた僕達は、その帰りに僕達だけで居酒屋に来た。
そこで個人だけの打ち上げパーティー。
だけどエバ君も僕も、お酒はあまり飲めない。
ソフトドリンクでの乾杯だ。
お互い二十歳過ぎてるのに、なんとも言えない。
「今後は大人気歌手アサとしての活動も、スケジュールに入れないといけなくなるな!」
「本当に。どれだけ忙しくなるのか想像もつかないけど、よろしくねエバ君」
「友達だから全然気にすんなって!」
「そうだね、友達だもんね」
「……」
「……」
時々よくわからない沈黙が訪れつつ、それでもこれまで培ってきた関係性は決して壊れたりしない。
いや、壊すわけがない。……壊したくない。
だけどこれだけは言える。
最初に「友達だから」って強めに言い過ぎたのも、原因の一つなのかも……っ!
本当は時々だけど、エバ君のことを女性として意識することが増えてきてしまった。
普段は画面越しでしか顔を合わせたりしないから、これまでと何も変わらないんだけど。
エバ君が言ったように、デルタ4としてのオフ会とか。
メンバーの家で実況を撮る時なんかは、みんなで集まったりするようになって。
その時にエバ君の隣に行くことを、ついためらってしまう。
エバ君はがさつに対応するけど、つっかかる頻度は不思議と上がってる気がした。
そしてそれをニヤニヤとした顔で眺めてくる華魅さん。
何も知らないぬこ田さんと遠夜さんは「お前らもしかしてデキてるのか?」と、二人の言ってる意味合いとしては「ホモォなんじゃないの?」っていうノリなのに、僕達だけはそう捉えることが出来ないという複雑な状況。
正直、僕はエバ君のことがずっと前から好きだ。
異性じゃないから、この気持ちはガチファンとしての感情だと思っていたけど。
今ではこの気持ちが実はガチ恋なんじゃないかって、そう思い始めている。
だけど告白なんて、無理だ。
やっぱりエバ君と僕とじゃどうあがいても釣り合わないって、そう考えてしまうから。
ユーツーバー同士で恋愛関係はやめた方がいいと、先人達の教えがある。
だけど遠夜さんの奥さんはVツーバーだ。説得力がない。
ここだけの話、ぬこ田さんも交際している彼女と近々結婚する予定だってのも聞いてる。
ユーツーバーの恋愛禁止はあってないようなものだ。
だからといって、エバ君が僕の本当の姿を見ても今までと同じように接してくれるからって、調子に乗っていいわけがない。
友達だから外見なんて関係なく付き合ってくれてるだけなんだから。
そう思うと、やっぱりこのまま友達として……。
***
ある時、ぬこ田さんと遠夜さんからディスコで話をしようってライムが来た。
二人とは全然連絡を取り合わないわけじゃないけど、大体ゲーム実況を撮る時のデルタ4代表として連絡をくれるのはエバ君か華魅さんがほとんどだったから。
珍しいなと思って、僕はいつも通りアサのイラストを画面一杯に出して話をする。
デルタ4のみんなにだけは素顔を晒してはいるんだけど、なんかやっぱり素顔で会話するのはまだ怖い。
二人が変な態度を取ってくるとか、そんなのは全然ないんだけど。
やっぱりアサとしてみんなに会うなら、アサとして演じていたい。それが僕の本音だ。
何気ない会話、新曲の感想、全国ツアーに関する祝いの言葉、最近始まった春アニメの話題に、この漫画が熱い賞ノミネート作品に関すること。
そんな他愛のない話題で始まって、時々二人が気まずくなりつつ、話題転換の度に苦笑い。
何かあるに違いないと察した僕から「話したいことがあるから連絡したんだよね?」と切り出すと、ぬこ田さんがためらいがちに話しだした。
『あのさ、驚くかもしれないけど……。これ絶対に内緒な』
「え、うん……。わかったけど、何かあったんですか?」
しっかり溜めてから、デルタ4最年長の遠夜さんが言った。
『実はさ、エバがもしかしたら……女である可能性がだね』
「……そう、ですねぇ……」
『あ、この反応……。知ってんなぁ』
勘が鋭いぬこ田さんが僕の微妙な反応で、僕が以前から知ってたことを指摘したけど。
これまでエバ君が女性であることに気付かなかったぬこ田さん。
そして最大の秘密を今ここで明かすとばかりのトーンで話しだしてた遠夜さんは、気が抜けた声で「なぁんだぁ!」と緊張の糸が切れたようだ。
「エバ君、本当にみんなには黙ってたんですね」
『あいつ動画撮ってない時は根暗で陰キャだからな』
『そうそう、この中で一番無口だしねぇ』
笑いながら話す二人に、僕は意外だと思った。
何度かエバ君とは動画を撮ったりしない時に、打ち合わせだったりで会って話をしたことがあったけど。
暗いって印象は全然なくて、いつも通りだし、むしろ明るかったような。
デルタ4のみんなとは付き合いが長いから、素でいられたってことなのか?
そう考えると、僕の前では頑張って明るく振る舞ってたんだな。
僕が全然話題を提供しないような陰キャだから……。
「素のエバ君を見られるのって、貴重ですよ……」
『そうかな? あいつオレ等のこと舐めてるだけじゃね?』
『まぁまぁ、これも若さ故だから』
こんな風に悪口を言ってるようで、デルタ4はみんなすごく仲が良い。
それが羨ましくて、ゲストとしてデルタ4の実況に参加させてもらえるようになって、僕は本当に運が良いと思ってる。
「エバ君が女性だと、やっぱやりづらいとかあるの?」
『そういうわけじゃないけど。今まで通りだとは思うよ?』
ぬこ田さんが歯切れの悪い返しをする。
いつもはキレキレのトークで視聴者を爆笑の渦に巻き込むのに、どうにも調子が悪そうな気がするのは気のせいだろうか。
『あの子はあの子なりにね、頑張ってるのはわかるんだけどさ。おじさんから見てると、どうにも放っておけないわけなのよ』
「エバ君、何か無茶とかしてるんですか?」
『……まぁ、オレ達が言うことじゃないんだけど。ねぇ遠夜さん』
『このままじゃアサ君、告白とかしないでしょ』
ん?
ちょっとよくわからない単語が飛び出したような?
僕が黙っていると二人が次々と話を進めていく。
その間、僕は話を聞きながらも固まっていた。
『アサ君の初投稿の歌ってみた動画見てから、めちゃくちゃ大ファンになったんだよ。そんで普段は陰キャで根暗なくせに、どうにかつながりを作れないかって。ニカニカ動画のゲーム実況者とか歌い手とか交友関係をどんどん広げてってさ』
『うんうん、こまめに連絡とかしないタイプのくせにね。動画撮ってる時のテンション維持することで、周囲の人間がエバ君に寄って来るようになったのよ。まるで誘蛾灯だよね』
確かにエバ君の交友関係は恐ろしく広い。
ゲーム実況者から歌い手、中には歌い手からプロの歌手になった人まで。
本当にたくさんの人と友達で、そんな様子をSNSサイトのペケに投稿したり。
そういう一面は僕がまだ2、3曲しか動画を投稿してない頃からすでに知ってたけど。
『あれって、どうにかエバから声掛けしてもらう為の準備だったみたいでさ』
『なんでそうなるのかわからないでしょ? で、結局自分からペケでリプ送って縁を作ったって流れなんだよ』
「えっと、あの……でもそれは、僕の……アサのファンだからですよね? 僕もエバ君の大ファンだから、その気持はわかるんですけど」
エバ君が女性だとわかって、そこからどうして僕の話に流れていくんだろう。
ダメだ、期待しちゃダメだ。それは妄想だ。
僕が戸惑っている間に、ライムの通知が鳴った。
華魅さんからだ。
見るとデルタ4+アサで作ったグループライム。
『はーい、ほんじゃつなげるな。華魅っち、ありがと』
『えー、皆さん。今回の主犯格であるエバ君を連行してきました。と言ってもディスコに招待しただけですが』
『それじゃおじさん達のお節介はここまでだね、おつかれ~』
『お疲れ様です。明日の実況に影響ないように頼むぜ』
『そんじゃ出番がほぼない私ではありますが、お暇します。二人共、ちゃんと話し合えよ』
遠夜さん、ぬこ田さん、華魅さんの順にディスコから出ていく。
残っているのは僕と、……エバ君。
あまりに何も言わないから、僕から話しかけた。
「え……っと、エバく」
『あんのくそじじい共! 余計なことしやがって!』
あ、いつもの暴言絶叫実況者のエバ君だ。
「遠夜さんとぬこ田さんが、エバ君が女性だって発覚したみたいだけど。大丈夫?」
『んなことはどうでもいいんだよ! 問題はあいつらが』
そこまで言って急に黙り込む。
画面には口を真一文字に引き結んだエバ君の顔が映っていた。
ぬこ田さん達が色々と追求したからかもしれない。
僕はなんだか拍子抜けして、妙に落ち着いてて……冷静になってた。
「エバ君、アサの大ファンだって聞いてすごく嬉しいよ」
『それは初リプ初DMの時から言ってますけど!』
「うっ、そうだったね。ごめん」
この流れは、ぬこ田さん達が告白の機会を作ってくれたと、そう取るべきか?
無理やり過ぎるけど、でもこうでもしてもらわなきゃ自分から告白しようなんて絶対に思わなかった。
三人が背中を押してくれたから、今なら言えそうな気がする。
「エバ君」
『お、おう』
僕は勇気を出して、アサのイラストを消して自分を映した。
「エバ君、僕はずっと……ゲーム実況者のエバ君の大ファンだった。楽しくて、うるさくて、めちゃくちゃで。会ってみたら気さくで、優しくて、話しやすくて。本当の僕の姿を見てもドン引きしないで、今まで通り接してくれた。本当に感謝してるよ」
本当の気持ちを伝えるんだ。
エバ君なら、例え僕の告白を断っても……これまで通りに友達として付き合ってくれるはずだ。僕の知ってるエバ君は、きっとそうだ。
「エバ君も自分の秘密を、自分が女性だって本当のことを言ってくれて。僕は本当に嬉しかった。それこそエバ君が言ってくれたように、僕もエバ君にとって特別な存在だって思えたんだ。だから、今ここで言うよ。僕はエバ君のことが大好きです。ずっと前から、女性だって知る前からきっとガチ恋してた。それ位、エバ君のこと」
『え、ちょっと待って? それってガチホモの可能性があるかもしれないのに、それでもオレのこと好きだったってこと?』
一世一代の告白してるのに、そこ掘り下げてくるのやめてくれない?
「そうだよ! 悪い? 僕だってめちゃくちゃ悩んでたんだから! 今はエバ君が女性だって聞いてホッとしてるけど! でも男だったとしても、一生涯の親友としてこれからもずっと仲良くしてくれって告白してたよ」
『えっ? えっ? それってオレがどっちでも一生涯一緒にいようって意味じゃね?』
おどけてるのか?
照れ隠しなのか?
いくらなんでも真剣な告白の場で、そんな挙動不審な態度でからかうのやめてほしいんだけど。
「エバ君、軽く受け止めてる感じがするけど。僕は真剣そのもの」
『これってさ、両片想いってやつだろ?』
「エバ君!」
『ごめん、興奮してた。嬉しくて! 両想いだってわかって喜んでんの! はっちゃけてないと、な……泣いちゃうじゃ……ねぇか……っ!』
おちゃらけた言い方から一転、ずびずびの鼻声になってエバ君が泣き出してしまった。
こう見ると、本当に女の子なんだなって思う。
泣き声だけ聞いてると、ゲームの感動シーンで泣きまくる時の男バージョン・エバ君のまんまだけど。
『ずっと一生友達でいたいって、思ってたから。こんな……クソデカ男女なオレでも、いいのかよ』
「エバ君だから、いいんじゃないか」
きっと一生、僕の歌声と外見の両方を受け入れてくれる女性に会える気はしない。
本当なら泣きじゃくる女の子に、手を差し伸べてやるのが男としての役目なんだろうけど。
画面越しだとこの手は届かない。
だから僕は、エバ君が好きだって言ってくれる歌で励ますことしか出来ないと思った。
「いつだって想ってるよ 電波越しの逢瀬でも 君の気持ちはこうやってちゃんと伝わってるから だからほら 涙を拭いて 耳をそばだてて 僕の歌で 声で 耳を癒やしてあげる」
『オレの大好きな曲じゃんか~! 涙引っ込むわけないだろ、ばかやろおおお』
***
僕とエバ君は、正式に男女のお付き合いは……まだしてない。
今は二人共、やりたいことをやりたいから。
エバ君はゲーム実況を、画伯としてのグッズ販売を、デルタ4のリアルイベントを成功させる為に。
僕もまたシンガーソングライターとして日々、歌を歌い続ける。
必要な時は、エバ君に代役をしてもらって、色んな主題歌のオファーを受けることになるだろう。それはエバ君にしか頼めないことだから。
僕達は歌い手で、ゲーム実況者で、夢を追いかけ続ける自由人。
恋人同士でありたいかどうかは、お互いのタイミングで決めることにした。
それまではこれまでと変わらない親友同士で、男女の差のない関係を続けていく。
これが僕達のスタイルだ。
どこまでも自分本位で、やりたいことをするだけの、自分勝手な生き物。
それがアサの生き方であり、エバ君の選んだ生き方。
いつかお互いの道が重なり合った時に、その手を取り合うと、そう誓った。
それがいつかはわからない。
でも僕達は最初から、そう……きっと初めて出会ったその日から。
一生涯一緒にいたいと思える相手に巡り合ったと、そう心から信じているから。
白豚な美声歌い手は、大人気ゲーム実況者に恋をする~友達以上恋人未満な関係が一番勘違いしちゃうんですけど!~ 遠堂 沙弥 @zanaha
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