第41話 不可視の攻略

 さて、どうしたものかなと考える。


(そも、父さんはどうやってこの女のターゲットから逃れたんだよ……!)


 女の狙いが俺たち雑賀の血肉なら、父も俺同様に狙われていたはず。


(最初は俺が遠見なんていうサポート術式を選んだからかと思ったけど、飯綱いづなを習得しても変わらず襲撃を仕掛けてきている)


 つまり、父も潜り抜けているはずなのだ、この絶体絶命のピンチを。


 いや、より正確に言うのなら、歴代の雑賀の血を引き継ぐ者は。


 そんなこと、あり得るのだろうか?


 俺はどちらかと言うと、封伐師の麒麟児だ。

 霊力量は前代未聞の全門開放だし、初めて術式を起動したのは3歳のころだ。

 若干5歳にして遠見、感覚共有、飯綱いづなと三種の術式を使いこなし、齢7つにしてその成長はとどまるとこ知らず。

 既にそこらの封伐師を追い越すレベルの実力を身に着けている、はず。


(いや、父さんも、天才の分類だったって、いつの日か母さんが言っていたっけ)


 思い返せば、あれも桜守家の懇親会のこと。


 母は若干15歳で『災禍』の単独封伐に成功したエリートだと自分を称し、そのうえで父ほどじゃないけれどねと謙遜した。


 つまり、父は母を超える、一握りの天才。


(なんだ、答え、見えてきたな)


 あれこれ考えていたのが馬鹿みたいだ。

 最初から一つだったんだ、俺の運命を握る要素なんて。


 最強になれるかどうか。


(父が実力でこの女を黙らせたなら)


 ――父を超えれば、俺の勝ちだ。


  ◇  ◇  ◇


 限定的な状況下において、人は術式無しに未来を見通すことができる。


 ほら言わんこっちゃない。

 だからやめておけと言ったのに。


 結末がわかり切ったチャレンジのことを、人は目に見えている、と表現する。


 裏を返せば、目に見える人間は、結末を観測できる人間というわけである。


「行くぞ」


 再びかんざしを取り出し、黒い刀身を伸ばす。

 一歩加速し、二歩で間合いを詰め、三歩目の踏み込みとともに、黒い刀身の伸びるかんざしで女に斬りかかる。


「うふん、最初の斬り合いを忘れた一刀ねん♡ そんなあくびの出るような太刀筋で私を切り裂こうなんて――」


 先ほど同様、二本指で黒い刀身を女が受け止めようとする。

 だからその瞬間、


 かんざしから、黒い刀身を霧散させた。


「……っ!」


 女の顔に驚愕の表情が張り付いた。

 間髪入れず、再度刀身を装填。


 剣閃の軌跡上に存在する女の指の箇所だけ刀身を失った刃は彼女の防御をすり抜け、彼女の首を深々と切り裂いた。


「あはァ♡」


 相手が人であったなら、これで終幕。

 絶命という結末をもって決着だったはずだ。


 しかし相手は女であって人ではない。


 片からわき腹にかけて袈裟懸けにした時と同じだ。

 切断面からはどろりとした土が垣間見えるだけで、すぐに癒着し、完全回復しようとしている。


(させるか……ッ!)


 その、ふさがろうとする傷口に、さらなる追撃を仕掛ける。

 一刀で両断できないなら二の太刀。

 それでもダメなら三の太刀。


 斬撃に斬撃を重ね、深々とした傷が致命傷に至るまで連撃を繰り返す。


 人の首を切断するのは難しい。

 首の骨が太く、よくある時代劇みたいに一刀両断するのは極めて高い技量が求められる。

 かつて斬首刑があったころには、なかなか切れない首を斬り落とすために、何度も何度も、刀を振り下ろしたこともあるという。


 だが、それは相手が人間の場合。


(泥人形が相手なら、俺の刀でも、断ち斬れるッ!)


 黒い刀身が、いよいよ女の首を刎ね飛ばした。

 ここまで予想通り。


(よし、未来視そのものは通用しなくても、良縁と悪縁の選択の間はみじんも鈍っちゃいねえ)


 サッカーの特訓が、ここに来て本領を発揮している。

 正直ここまで役に立つとは、あの時はみじんも思っていなかった。


「無駄よん♡」


 首から上だけの女の口が動いて、そんな言葉が発せられる。

 首から下だけの肉体が腕を伸ばし、飛び跳ねて行こうとする女の頭部をキャッチして、首に癒着しようと試みている。


 まるで致命傷に至っていない。


 妙だ。

 だとするなら、どうして俺は、これが事態の好転につながると予感したんだ?


 あるいはここから、どうすれば、この勝ち目のない相手に勝利を収められるんだ?


「――」


 直感に従って、手を前方へと突き出した。

 かんざしを握っている手ではない。

 もう一方の、何も持たないからの手だ。


 しかしそこには俺の血が付着している。

 先ほど斬撃を飛ばす際、無理やり縁をつなぐために切った指の腹から、いまなお血があふれているのだ。

 それを首と繋がろうとしている女の頭に押し付けて――一本、横に筋を引いた。


「――縁結び」


 それが、俺の直感が弾き出した最適解だった。


  ◇  ◇  ◇


 ずっと、不思議に思っていたことがある。


 縁についてだ。


 母は俺の視界を認識することができる。

 そして認識した視界を、他者に共有することもできる。


 それはつまり、他者からのインプットと、他者へのアウトプットの両方が可能であることを意味している。


 しかし、その一方で。


 母は知識の共有を、一方向にしかできない。

 自らが持つ知識を提供することはできても、相手の知識を覗き見ることはできない。

 それができるなら、俺が転生者であることをとっくに見抜かれていただろう。

 だが、現実にはそうなっていない。


 同じことは、時間の因縁についても適用できる。

 過去から現在に、現在から未来に。

 時の流れは不可逆で、原因から結果へのみ、一方的につながっている。


 これら二つの減少から導き出されるのは、次の結論。


 ――縁には、向きが存在する。


 一見すると、だからどうしたというような些細な話。


 だがこの過程を真だとすると、いままで謎だったとある現象を、矛盾なく説明できる。


 つまり、黒い女の為すことが未来視に適用されない原因だ。


 初邂逅のタイミングで、俺は彼女に縁を飛ばした。

 俺を掴む手に手を離す信号を送り込むことで、拘束から逃げ出したことがあった。


 しかしその後も、彼女は未来視に映らなかった。


 当然だ。


 俺から彼女に向けての縁はあっても、彼女から外へ向かう縁が、一つも存在しないことに変わりは無かったのだから。


 ここで、母の話に戻る。


 母は縁を結ぶことで他者の視界をインプットしたり、入力された視覚情報を他者にアウトプットしたりできる。


 それはつまり、縁結びは、両方向へ縁を飛ばすことが可能であることを示している。


(つまりここでてめえと俺に両方向の縁を伸ばしちまえば……ッ!)


 発動していた未来視が、姿を変える。


「捉えたぜ、あんたの姿を、ようやく、この眼で」


 開眼した瞳には、女のいる未来が映し出されていた。

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