第33話 天才の発想(笑)

 肝試しは無事終了した。

 非公式とはいえ、単独で、一般人を『災禍』から守ったというのは少なからず俺の自信になった。

 俺はきちんと成長しているらしい。


 それと、もう一つ。

 こっちはおまけ程度なのだが。


「あの叫び声ソラのかよ!」

「ガチで化け物が出たのかと思った」

「おおお、おれは別に怖くなんてなかったし⁉」

「泣きながら謝ってたけどなっ」

「る、るせーよ」


 どういうわけか『災禍』の断末魔が級友たちにも聞こえていたらしく、今回の肝試しのMVPは俺になった。

 これによって俺は叫び声がやべーやつの称号を強制入手させられてしまった。

 誠に遺憾である。


 とにかく、先攻は肝試し失敗。

 俺たち後攻がビーチガラスを持ち帰ったことで決着。


 流れで解散する運びとなった。


 その帰りの道中。


「ソラ、あんまり無茶しちゃだめだからね?」


 母が俺を慮るように諭した。


「大丈夫、無茶なんてしてないよ」

「本当に? かんざしも持たずに封伐に向かったのに?」


 今日一、背中に嫌な汗が滴る。

 どんな肝試しよりもよっぽど肝が冷える、悍ましい瞳で母が俺に微笑みかける。


 あ、これ、『災禍』と戦ったの怒ってるやつ。


「ほ、本当本当! あの『災禍』生まれたばっかりで、油断しなければ安全に勝てるって確信が無かったらやらなかったから!」

「本当?」


 首がちぎれる勢いで思い切り強く何度も頷く。


 母はそんな俺の様子をしばらくうかがっていたみたいだったが、やがて観念したように、少しのため息交じりに語り掛けた。


「わかったわ。いまは、その言葉を信じる」


 威圧感がふっと切れる。

 緊迫していた空気が弛緩し、全身から、皮膚下に溜められていた汗がどっと噴き出す。


 こ、こえぇ。


「けど」


 緩みかけた気を引き締める。


「今度からは隠し事しないでね。お母さんとの約束、できる?」


 圧は無かった。

 けれど、決して軽い言葉ではなかった。


 重く、真っ直ぐな言葉に、俺は即答できなかった。


 母はどこまで知っているのだろう。


 俺が遠見と称して未来を見ていることも、バレているのだろうか。

 そのうえで、俺が言わないから、誰にも言わないでいてくれるのだろうか。


 それとも。

 ひょっとして、俺の前世のことまで感づいているのだろうか。


 ……希望的観測だな。

 お腹を痛めて生んだ子どもが他人の魂なんて、誰だって気持ち悪い。

 エディプス・コンプレックスというやつだ、とどっかの太公望も言っている。


「俺は」


 たぶん、きっと。


「うん、約束する。今度から嫌な予感がするときは、きちんと相談するよ」


 生涯、転生の秘密を打ち明けることはないだろう。


「そう」


 力なく微笑んだ母の笑顔の下に、どんな感情が隠されていたのか。

 いくつかの推測が浮かんだけれど、どれも確証に至るだけの根拠はなかった。


 腹の底で何を考えているのかきちんと理解できないまま、俺たちは屋敷を目指した。


  ◇  ◇  ◇


 夏休みが近づいている。


「ソラ、お手紙が届いているわよ」


 わかっていたことではあるけれど、気が重かった。


「もしかして、2通届いてる?」

「あら、よくわかったわね」


 この未来も、すでに予見済みだ。

 桜守家の懇親会以来、未来ばかりみて数日先を顧みないという生き方に反省して、定期的に倍速再生をリセットしているからだ。


 しかし、毎日ではない。

 数日に一回の頻度でしかリセットしていない。


 そのせいで、手遅れだったのだ、すべて。


 手紙の差出人は、俺の予知が正しければあの二人。


朱音あかねちゃんとときちゃんからよ。よかったわね」


 やっぱり。


「ソラ? 嬉しくないの?」

「手紙をくれたのはうれしい、けど」


 問題は、その内容である。


 いやいやもしかすると何らかのバタフライエフェクトで異なる内容に書き換わっているかもしれない。

 そんな淡い期待を胸に、母から便箋を受け取り、封を切り、本文を確認する。


 記されていたのは、夏休みに合同合宿を開催しようというお誘いだった。


 しかも、桜守家からも壬生家からも、同じ日取りで。


(と゛お゛し゛て゛た゛よ゛お゛お゛お゛!)


 握った拳の小指側で、机を何度も叩く。


「ソラ⁉ どうしたの⁉」


 どうしたもこうしたも、ねえ。


(どちらも合宿の誘い、どちらも同じ日取り、なのに、なんで別々で開催するんだよ!)


 こんなのどっちに参加するかでどちらかと不和が生まれるの必至じゃねえか。


 謀ったの⁉

 事前に相談して日取り被せたの⁉


「これ」


 便箋から取り出したお便りを母に手渡す。

 母も渋面を浮かべた。


「あらあら、ふふっ、ソラ、女の子は大事にね」


 にこにこ笑顔を浮かべて部屋から足早に去ろうとする母。

 え、待って助けてくれないの⁉


 クソっ! どうすればいい!


(桜守家の招待を受ければ壬生家から睨まれるし、壬生家にへつらうと桜守家が怖い)


 かと言って、両家の誘いを断るのもNGだ。

 それぞれの家からヘイトを買うことになる。

 どちらか一方の誘いのみを受けた場合より軽度のヘイトで済む可能性はあるけれど、それをするくらいならどちらかの家におもねる方がいいはずだ。


 ……どちらかの日取りをリスケしてもらうってのはどうだろう。

 いや同じだな。

 リスケしなかった方の家を優先していると取られる。


(どうすればいいんだよこんなの)


 いや、ちょっと待てよ。

 そもそも問題は、両家から別々の場所に招待されていることだろ?


「だったら、雑賀家主催で三家合同の合宿にしようって提案すればいいんじゃね?」


 俺天才。

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