第34話 合宿の打ち合わせ

 あわよくば三家の合同となると不都合だからと断ってくれないかな。

 なんて淡い期待ははかなくも崩れ去った。


 壬生家と桜守家から後日、ぜひそうしましょうとの返事が来た。


 で、打合せしてる。


 最初のやり取りは手紙だったのだが、いまはオンラインミーティングだ。

 三家で予定合わせとか、アナログなやり取りだと待ち時間が長すぎるから仕方ないね。


 じゃあそもそも連絡手段を手紙に頼るなよ、というのが俺の感性なんだけど、その辺はたぶん礼儀的な何か。

 昔、どこぞの随筆家が急ぎ手紙を出したら無風流な人の話などどうして聞き入れられようかと非難されたのと同じようなものだろう。


『海! 海行こう!』


 朱音ちゃんがモニターの向こうで陽キャのオーラを放っていた。


『正気? 海で何を修行するのよ、修行と言えば山でしょう』


 また、ときちゃんは非常にストイックな精神を見せていた。

 なんかこれはこれで、青春にかける運動部的な感じがして疎外感を覚える。


 うーん、俺の場違い感。


『えー、ソラくんは普段から山奥に住んでるんだから、絶対海の方が身が引き締まるよー!』

『そ、そんなことないわよ! 一口に山と言っても、壬生家が保有するのは龍穴だと昔から言い伝えられてて、山籠もりした封伐師の霊力量が向上したって逸話もたくさんあるんだから!』

『全門解放のソラくんに必要?』


 うるうると瞳を潤ませ、怜ちゃんが視線をカメラから外す。

 すると画角の外から、スキンヘッドの男性がやれやれと言った感じで怜ちゃんの後ろに座す。


『まあ待ちや桜守の。そっちの言い分はよぉわかるで? せやけど、海は非常にでかいデメリットがあるんや』

『そんなもの、あるかなぁ?』

『海は人が多い。雑賀の血に『災禍』がおびき寄せられようもんなら一般人をぎょうさん巻き込む。それは雑賀の望むところとちゃうと思わんか?』


 おお、こわもてアニキの鋭い反撃だ。

 しかし朱音ちゃんは笑顔を崩さず、想定通りと言わんばかりに勝ち誇って返す。


『大丈夫、桜守家のプライベートビーチだから』


 ⁉


 ちょっと待て。

 ちょっと待て、なんか不穏な言葉が出てきたぞ。


 落ち着け、冷静になれ。


 えっと、怜ちゃんが山を推す理由は、壬生家保有の山が龍穴で修業に持ってこいだから。

 海は人が多いから『災禍』の寄る海は危険、という主張に対し、朱音ちゃんの返答は、桜守家のプライベートビーチだから問題ない、というもの。


(あれ、これ、開催地を壬生家の保有地にするか、桜守家の保有地にするか、水面下で争ってる?)


 冷や汗がぶわっと背中に噴き出す。


(まずいまずいまずい。海にしようって答えると壬生家を軽んじてると取られかねないし、山にしようって答えると桜守家を軽んじていると取られかねない)


 あ、危ねえ。

 うかつなこと口走らなくて良かった……!

 勇み足踏んだら地雷踏み抜くとこだったじゃねえか。


 三家合同にしようって提案して解決したと思われた問題が、さらに厄介になってる。


 がっでむ。


『ソラくんはどう思う?』


 ここで⁉

 海にしろ山にしろ、どちらかにケンカを売ると判明したこの段階で⁉


 ここまで来てしまえば知らなかった、の言い訳はできない。

 どちらの家を優先したかが明確になってしまう。


(ハッ⁉ まさかそのために口裏を合わせて⁉)


 ここまでの口論も実は、勝敗をはっきりさせるための演技という可能性まであるんじゃないだろうか。

 考えすぎか?

 いや、でも、偶然でこんな、俺が追い詰められる状況に陥るか?


(い、いまこそ修行の成果を見せるとき……っ!)


 小学校入学から数か月。

 だてに過ごしてきたわけじゃない。


 サッカーボールを使った未来視の鍛錬を毎日欠かさず行い、状況状況に応じた最適解を即時に選択する訓練を積み重ねてきた。


 その結果、感覚的な話だけれど、明確に成長した部分がある。


 縁の良し悪しに対する、目利きだ。


 いままでわからなかったけれど、良縁や悪縁という言葉が存在するように、縁は事態が好転するものと、事態が悪化するものの二つに分類できる。


 もちろん、それはあくまで主観的な問題。

 たとえばここで海に行こうと提案するのは桜守家にとっては事態の好転だが、壬生家にとっては悪化となるように、縁の良し悪しは人によってさまざまだ。


 だがそれは言い換えれば、主観さえ固定してしまえば、それが良縁なのか悪縁なのかどちらかに振り分けられるということ。


(いまの俺ならえるはず! この追い詰められた状況で、もっとも場を穏便に済ませられる未来が……!)


 その為の修行だ。

 研鑽の日々を思い出せ。


 そして、最適解を、弾き出せ……っ。


「沢」


 見えた。

 これがおそらく、俺にとっての最適解。


「沢にしよう、間を取って。遠見の練習をしてた時に気づいたんだけど、雑賀の屋敷から少し行ったところに、河原があるんだ」


 林道から少しそれたところにあるその川幅はだいたいどこも数メートル程度だ。

 対岸は切り立った岩壁になっていて、ゆるやかに蛇行する流水はそこでぶつかってくの字に折り返し、他よりすこし幅広になっている。


「もともとは雑賀の子どもが結界の外で活動できるようにするための訓練場で、炊事場も近くにある。修行の意味でも思い出作りの意味でも、どうかな?」


 要するに、壬生家とも桜守家とも対立するつもりは無いので、雑賀の管轄地で手打ちにしてくださいというお願いだ。


 懸念があるとすれば、場所か。

 表現の都合、山を避けて沢と表現したが、結局は山だ。

 桜守家としては壬生家の提案に近いため、心情的に思うところが無いわけではないだろう。


 けどまあ、そこは思い出作りの名目を加えることで、ストイックな精神を見せつる壬生家の思想を重んじた提案では無いですよ、と全力でアピールする。

 これで通用しなかったら、もう、無理。


『わかった』

『仕方ないわね、今回はその提案に乗ってあげる』


 食い気味で来た。

 すごい食い気味で来た。


(ハッ⁉ しまった、ということは宿泊地は雑賀の屋敷になるのでは⁉)


 そこまで気が回らなかった……!


 だ、大丈夫、だよな?

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