第32話 竹串の攻撃力
ということで母に相談。
友達の肝試しについて行っていいですか。
「えぇ……ソラ、その林道には結界が無いのよ? お友達が『災禍』に狙われちゃうかも」
言語の外に、俺が雑賀だからというニュアンスを持たせて、母が俺に確認を取る。
言いたいことはわかる。
けど、俺が行かなくても『災禍』は襲ってくる。
未来はいまのところ、変化の兆しを見せていない。
何度確認しても、日曜夜に『災禍』は現れ、げんちゃんたちは怪死者として翌日を迎える。
であるならば、俺が現場に合流したほうが安全だ。
何の抵抗力も持たない彼らを知らない振りして送り出せば、夢枕に立たれてうなされそうだ。
そうならないためにも参加したい。
「わかったわ。でも、お母さんも一緒に行くわ」
「え、いいの?」
桜守家の懇親会で母の封伐師としての実力は改めて思い知っている。
突出した実力者だった。
他の封伐師が束になっても倒せなかった『災禍』を、たった一人で倒してしまったのだから。
ついてきてくれるというなら、心強いことこの上ない。
「もちろんよ。ソラはお母さんが、絶対に守ってみせるからね」
◇ ◇ ◇
ということで、日曜日。
最初はげんちゃんに迎えに来てもらうつもりだったけれど、母が連れて行ってくれると言うので別枠で合流する。
げんちゃんたちは肝試しに行く前にサッカーの練習をしてくるらしく、単独行動に出ることになった俺を非難していた。
そんなところにトラップがあったとは。
まあ、未来視でその未来を確認できなかったし、その目論見が叶うことはなかったのだろう。
俺が参加するとすれば母が連れて行ってくれるし、不参加だったらそもそも問題外だしな。
「組わけすっぞー」
肝試しのルールは簡単。
まず、脅かすグループと林道を回るグループに分かれる。
脅かすグループは事前に取り決めた場所のうちどこかにビーチガラスをセットして、奇声を上げるなどの手段で探索グループを驚かせる。
ビーチガラスをもって入り口に戻ってこれれば探索成功。
攻守を交代する。
まあ、要するに子どものお遊びである。
(遊びに本気にならなければいけない時もある)
それがいまだ。
というのも『災禍』が現れるのは前半、脅かすグループが潜伏中の出来事なのである。
林道を回る側だと襲撃時に間に合わない可能性がある。
故に、前半防衛グループに混ざるのは必須条件。
(このじゃんけん、絶対に勝つ!)
未来視を併用し、全員の手を予見する。
「フッ」
「えー、ソラの一人勝ちかよ」
「あいつがじゃんけんで負けてるとこ見たこと無いんだけど」
「なんかイカサマしてるんじゃね?」
失礼な。バレなきゃイカサマじゃないんだよ。
◇ ◇ ◇
ちなみに、先攻後攻は勝ち抜けで、好きな方を選べる。
当然俺は後攻。
前半防衛グループに参加する。
全員がどちらの組に所属するかが決定してから、俺たち防衛組はビーチガラスを隠すために移動を開始した。
「できるだけ奥に隠そうぜ」
いま、未来が見えました。
このまま行くと、『災禍』と遭遇する。
(たぶん守りながらでも『災禍』の退治はできるけど……)
それはやりたくなかった。
理由は二つある。
一つは単純に、少しでも負傷のリスクを下げる手段があるなら、それに越したことはないから。
そしてもう一つは……『災禍』を対処したときに、どうやって言いくるめるかを考える必要があること。
一応、表向き『災禍』なんて超常生物、地球には存在しないことになっている。
一般人には目視できない存在だが、被害は爪痕という形で必ず残る。
隠ぺいする必要がある以上、できるだけ目撃者は少ない方がいいだろう。
「でもわかりやすすぎない?」
そんな理由で、夜の墓を全く恐れず、先走ろうとする少年に待ったをかける。
少年は少し思案した様子で、やがて頷いた。
「うーん、じゃあ奥から一個手前にしておくか」
誘導がうまくいったことに内心ほくそ笑みながら、チェックポイントに移行する。
「これでよし、と。あとはどこに隠れて脅かすかだけど」
と、切り出して、言い出しっぺだからという風を装って単独行動の口実を口にする。
「俺が一番奥のチェックポイントの道中で隠れているよ。誰もいなかったらビーチガラスが別の場所だってバレちゃうかもしれないからね」
「な、なるほど」
「ソラお前頭いいなー」
まあ、小学生と比べれば悪知恵の一つ二つ、ね。
「じゃ、そういうことで」
分かれて奥側、『災禍』が現れる地点へ急ぐ。
林を分け入り、林道から少し外れる。
(確か、未来視で確認したのはこのあたりのはず)
突然、目の前が開けた。
不自然な力で捻じ切られたように、林がへし折られ、前方にぽっかり空間が生まれている。
痕跡を見つけた。
そう思い、近寄って見る。
瞬間、奇襲を受けた。
足音もなく忍び寄っていた獣が背後から突然とびかかり、俺に鋭い牙を突き立てたのだ。
その光景を、未来視でしっかり確認して――
「遅い」
縁を切る術式。
それにより、生まれたばかりの『災禍』をこの世から再び葬り去る。
『グルルラアォォォォォンッ』
狼の遠吠えのような雄たけびが、林道を震わせる。
体を横にずらせば、先ほどまで俺が立っていた場所に、倒れ込むようにして狼型の『災禍』が爪を突き立てる。
右目の潰れた狼が、俺を睨む。
「まあ、竹串じゃこんなものか」
いま、俺の手元に刃物は無い。
母が封伐に使うかんざしだって持ち合わせていない。
登下校の際には貸してもらっているのだが、いまは母がいるので母に預けているのだ。
そこで代わりに使ったのが、夕飯に食べた焼き鳥の串。
断っておくが、俺だって相手が普通の『災禍』ならこんな危ない橋渡らない。
だが、幸いにして今回の『災禍』は生まれたて。
現世との縁も脆く、強靭な肉体の見た目と反して紙装甲となっている。
そんな相手でもなければこんな縛り装備で挑むなんて無謀しないし、今回はしっかり勝ち切れると確信したうえでの戦闘である。
細い糸のような縁を突き刺すようにして繰り出した術式
残ったもう一方の目で恨みがましく俺を睨む『災禍』の目を、再度
両目を失ってなお、狼の『災禍』は爪牙を使って攻め立てる。
だから鼻をつぶし、腱を刺し、距離を取る。
(うーん、攻撃力がごみ)
それでも、かすり傷でも積み重なれば軽傷になる。
その軽傷も、積み重なれば重症になる。
そう信じて竹串を、『災禍』から伸びる縁に向かって突き刺し続ける。
(もっと弱点を狙わないとダメか)
腱が切れ、動くことすらままならなくなった『災禍』を相手に、もっと集中して縁を覗く。
瞳を閉じて精神統一、心の目で世界を見る。
狙うは心臓。
(ここだ!)
狙いを研ぎ澄ませて串を指す。
狼が再び悲鳴を上げて、大気を震わせる。
否、より厳密に表現するなら、それは断末魔。
「よし、封伐完了」
竹串一本でもどうにかなるものだ。
俺も強くなったものだぜ。
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