第26話 並行因果の脆弱性
◇ ◇ ◇
「恐れるな! 所詮は一度は封伐した『災禍』の集合体! 負ける道理など無い!」
桜守家の縁者を筆頭に、封伐師たちが連携攻撃を仕掛ける。
斬撃が飛び交い、炎が暴れ、槌が落とされ、嵐が唸る。
だが、ツギハギの『災禍』の強さは、いままでのやつらと一線を画していた。
「ふふっ、それはどうかしらん?」
それが爪を振るえば嵐が吹きすさぶ。
それが唸れば水流が封伐師たちを押し流す。
それが地を駆れば大地が揺らぎ、足跡から火柱が立つ。
一挙手一投足が災害。
封伐師たちに蹂躙されていた『災禍』が素体とは思えない暴れっぷりを披露している。
「しゃらくせぇ! ツギハギだらけの異形が図に乗るな!」
壬生家のこわもての男が、愛刀を鞘に納める。
「ようはそのつなぎ目叩き切りゃ、別個の『災禍』だろうが!」
壬生の縁者が好む基本術式、
術式の威力は、斬撃の威力に比例する。
故に放った、最速の一撃。
腰を落とし、母指球で地を掴み、白銀の太刀を抜き放つ、居合切り。
達人の域まで昇華されたその抜刀術は、鎧すら容易に引き裂くことを可能とする。
しかし――
「な――っ!」
「無駄よん♡」
振りぬかれた刀。
白銀の抜き身が描く弧の軌跡。
ツギハギを引き裂くべく放たれた一刀がしかし、強固な縁によって止められる。
だからとっさに、その場から飛びのいた。
彼が先ほどまでいた場所には、『災禍』が振るった爪が呼び起こした嵐が巻き起こっている。
「死は死を招く強力な縁。一介の封伐師ごときが、この日この場所に溢れた死の因果を断ち切れる道理、あるわけないわん」
「ッ! まさか、『災禍』の群れをあっさりと封伐させたのは」
「私の作戦よん?」
先ほどまでの先頭に違和感を覚えていた封伐師たちの表情が、大なり小なり歪む。
「さて、お遊びみたいな呪術でこの子を生み出した目的は別に、あなたたち有象無象の封伐師を仕留めるためじゃないのよん」
黒い女は秋波を送るように、長し目で桜守家の正門を見遣った。
「私が欲しいのは、天地を揺らがすほどの、本物の『災禍』。やりなさい」
複数の『災禍』の集合体が地を駆り、正門に向かって突撃する。
無論、その巨体は、桜守家の結界によって阻まれる。
紫電が飛び散り、火花を散らし、邪悪なる『災禍』を押しのけようとする。
だが、
死を因果に産み落とされた『災禍』は、少しずつ、その結界を押し破ろうとしている。
「あ、ありえん……! 結界を食い破って……⁉」
黒い女は嗤っていた。
◇ ◇ ◇
な ん か き た !
(ちょいちょいちょい! 結界は⁉ 『災禍』を寄せ付けないって噂の結界は⁉ 何平然とぶち壊して侵入しようとしてるの⁉)
結界の外――つまり門の外側では、封伐師たちが一斉に攻撃を仕掛けているが、どれ一つとして致命傷には至らない。
透明で強固な鎧をまとっているかのように、その『災禍』にはまるで通じない。
「ソラ……」
俺を抱き寄せる母が、腕にぎゅっと力を込めた。
いまも結界を食い破ろうとする『災禍』から俺を引き離すようにじりじりと、目を離さずに後退する。
桜守家の当主が横目に確認できる。
たぶん、母も同じく桜守家当主を視認した。
そしてこう問いかけた。
「御当主、あれは封伐可能とお考えでしょうか?」
「……みな優秀な封伐師ゆえ、可能であろう。時間の制約さえなければな」
その間も、様々な『災禍』を混ぜ合わせた怪物は、じりじりと結界を踏み破ろうとしている。
もって数十秒といったところだ。
「桜守家の筆頭封伐師はいずこにいらっしゃいますか?」
「市中を見回り中だ。いま呼び出した。数分で着く」
「……数分ですか」
硬い声で母がつぶやいた。
間に合わない。
結界だけで耐え忍ぶのは不可能だ。
「
桜守家の当主が、歯に物が詰まったように歯切れの悪い語りで母に問う。
「現状、結界内で戦う術式を有する封伐師は少ない。君の過去は知っている。酷なことを強いるとわかったうえで聞きたい」
俺は視線を上げて、桜守家当主の方を見た。
その力強い目に俺は映っておらず、ただじっと、俺の母の方を見つめていた。
「あれを抑えることは、可能か?」
俺を抱きしめる力が強まった。
時間にすれば一秒ほどの沈黙があった。
「時間稼ぎが、できれば、いいんですね」
「そうだ。当家の筆頭封伐師が到着するまでの数分。結界を破ろうとするあれを押し返せるか?」
見上げると、優しい笑顔をあきらめの中ににじませた母が、俺に視線を落としていた。
「やって、みます」
母は言う。
「ソラ、ここで待っててね」
指先を震わせて、母は言う。
「大丈夫。お母さん、『災禍』を封伐したこともあるんだから」
だから心配しないでと、母は俺の頭を撫でる。
「だから……だから」
だから。
俺はもう、そんな彼女を、見ていたくなかった。
「ソ、ソラ?」
母の腕の中から抜け出した。
小さな足で一歩ずつ、しかし着実に歩いていく。
「大丈夫だよ、母さん」
俺の腕を掴んだ母の手に、もう一方の手を重ね、優しく語り掛ける。
「要は、あれが来るのをできるだけ遅らせればいいんでしょ?」
視線を『災禍』の方に送り、軽く笑う。
「大丈夫。俺は母さんと、父さんの子どもだから」
黒い女は言っていた。
死は強力な縁だと。
もしかすると、
俺が母の子どもとして生まれてきたのは、
トラウマになるほど強烈な死という因縁で結ばれていたから、なのではないだろうか。
であるのならば。
俺がここにいるのはきっと、
二度とあの日を繰り返さないためなのではないだろうか。
考えたって、誰も答えてはくれないけれど。
「あの程度の『災禍』なら、母さんが出るまでもないよ」
いまはこれが、俺の答えだ。
「ソラ」
「大丈夫。策はあるから」
インターチェンジ効果と呼ばれる現象がある。
これは、高速道路から降りた際に、スピードを出しすぎてしまう傾向のことだ。
どうしてこのようなことが起きるかと言うと、早い速度に脳の処理が慣れてしまい、相対的に、実際より遅く感じてしまうが故だ。
俺はここ数年、ほとんど常に数倍速で未来を見てきた。
脳の処理は、その速度に慣れている。
倍速再生の未来視を切る。
途端、時間が粘性を帯びるようにゆっくりと動き出す。
1秒が引き延ばされていく感覚。
水あめの中で動いているみたいで、手足が緩慢にしか動かない。
『グルルアァァァァッ!』
いよいよ『災禍』の前肢が結界を踏み破った。
やつが爪を振る。
たったそれだけの動作で嵐が呼び起こされる。
狙われたのは、一番近くにいた俺。
その動作すら、引き延ばされた1秒の中ではひどくもどかしい。
お互い隙だらけの時間の中で――
俺は、見慣れた術式を模倣した。
それは遠見にあらず。
しかし感覚共有にもあらず。
桜守家主催の懇親会にあたり、行きの道中、何度も付き合わされた壬生家の得意技。
飛ぶ斬撃。
「
斬撃を飛ばすための刀はない。
こわもてアニキが装備しているからだ。
だから、母からかんざしを勝手に拝借してきている。
俺の霊力に反応したかんざしから伸びた黒い刃が、『災禍』から伸びる縁へと斬りかかる。
「おーっほっほ! 無駄よん、そこの剣術特化の封伐師ですら『災禍』を引き裂けない。まして子どものあなたにできるはずが……」
「誰が『災禍』を斬るっつったよ」
「……え?」
爪を振るい、嵐を起こした『災禍』の眼前で、俺は悠然と立っている。
正門の向こうで封伐師も、黒い女も、驚愕した様子で俺を見つめている。
「なん、で、まさか、避けたのん?」
小さく首を振って否定する。
「いや。あのタイミング、あの至近距離で巻き起こされた嵐を回避するなんて俺には無理」
「だったら、どうやったの」
半目を開く。
そこに未来は見ていない。
見ているのはあくまで現時点。
「因果そのものを、切り離した」
「……は?」
だがあらゆる未来は、いま現時点から未来へと、因果の糸でつながっている。
そこに干渉した。
原因と、結果。
その二つを結ぶ縁へと飛ぶ斬撃、
爪を振ったという原因は残り、しかし嵐が引き起こされたという結果は消滅する。
「あ、ありえないわ、そんなの。
「実際ド素人だしな。一度確定した因果という、強固な縁を切り裂くなんて無理」
たぶん、アニキにもできないんじゃないかな。
「けど、もし生成途中の不安定な縁なら?」
未来は不確定だ。
ほんの些細な違いで大きく変化する。
それは、爪を振るという攻撃動作の最中も同じだ。
振り終えるまでの動作中も未来は似通った、しかし一つとして同じものがない無数の並行世界に分岐している。
爪を振るという攻撃動作は、あらゆる未来の嵐が引き起こされた結末と結びついている。
そして動作が終わるにつれ、起こり得なかった未来との縁が切れ、一本の因果律に収束し、強固な縁と成る。
逆に、分岐している状態ほど、未来が不安定なほど、原因と結果の結びつきは弱く、
「『災禍』が攻撃に入った瞬間なら、未来が不確定な分、縁が脆い分、未熟な俺でも因果を断ち切ることが可能」
「そんな滅茶苦茶な……」
もちろん、通常であればそんな芸当不可能だ。
攻撃動作の最中に発生する因果の縁を見つけ出し、そのうえ飛ぶ斬撃、
だが俺にはインターチェンジ効果による、体感時間の引き延ばしという裏技が存在している。
「昔から言うんでしょ? ――無理が通れば道理引っ込むってさ!」
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