第25話 『災禍』同士の縁

 桜守家当主の号令で、封伐師が一斉に会場を飛び出し、正門から外へ飛び出していく。


 小さな戦争を目撃した。

 感嘆しかなかった。


「ソラ!」


 ぐん、と襟に引力を感じた。

 そこでようやっと、自分が戦場に対して前のめりになりすぎていたことに気付いた。


 俺を引っ張っていたのは母だった。


「危ないからこっちにいなさい。大丈夫、ソラのことは、お母さんが絶対に守るから」


 桜守家にも結界は張られている。

 戦線に出ない限り、安全は比較的保証されていると言ってもいいだろう。


 けれど、ただそれだけの話ではなさそうだった。

 俺を守ると告げた言葉の裏に、どこか、後ろ暗い陰を落としていた。

 祖母は壬生家と桜守家に睨まれて何も言ってこなかったけれど、母に冷たい視線を送っていた。


 推理材料は揃っていた。

 けど、何も聞かなかった。


  ◇  ◇  ◇


 戦いは激化していく。


「チィッ! 『水禍すいか』か。相性最悪じゃ。桜守の! そっちの『獣禍じゅうか』と獲物を交換せぇ!」

「……構いませんよ。壬生は斬ることしか知りませんからね」

「一言多いねんおどれ!」


 斬撃が得意な封伐師。

 属性攻撃が得意な封伐師。

 あるいはサポートに秀でた封伐師。


 それぞれが得手不得手を補い合うように、実に多種多様な『災禍』の群れを蹴散らしていく。


 盤面は終始封伐師優位で進んでいる。

 優位だからと油断する者はいなかった。

 順当に進めば、あと数分ですべての『災禍』は封伐される。

 戦いに身を置くものであれば誰もがそれを予測し、的確に『災禍』を追い詰めていく。


 だが、そんな中、険しい表情を浮かべるものが若干名いた。

 そのうちの一人は、壬生家の護衛だ。


「のぅ桜守の。妙じゃありゃせんか?」


 背中を預ける戦友に、壬生のこわもてが問いかける。

 同じく違和感を覚えていた桜守家に仕える糸目の男が、壬生のこわもての言葉に同意を示す。


「あなたもようやく気付きましたか」

「なんじゃ、気付いとったんか」

「あたりまえです。『災禍』は他種と群れることを嫌います。例外はいくつかありますが、多いのは『災禍』を統べる個体がいる場合」


 複数の『災禍』を統一する個体は特大の脅威だ。

 軍勢という数の脅威にとどまらない。


 最も恐ろしいのは……知性を有すること。


 怪物の長には往々にして、狡猾だ。

 人を欺き、封伐師を罠にかけ、殺す。

 そういった能力に秀でている場合が多い。


 たとえば、『水禍すいか』を相性有利な壬生のこわもてにぶつける。

 そういった、封伐師が嫌がることを平然としてくる。


「今回もそうだろうと思っていました。しかし――」


 糸目の男が『水禍すいか』を属性攻撃で、こわもての男が『獣禍じゅうか』を斬撃で仕留める。

 その手ごたえの無さに、二人が眉をひそめる。


「のわりに、戦略性が無いのぅ」


 リーダー格の個体がいるのなら、そう簡単にターゲットの交換など許さない。

 相性有利な個体を、特定の封伐師に徹底的にマーキングさせる。

 だが実際は、役割の交代を見逃して、あっさりと封伐されてしまっている。


 そこがどうにも、彼らにはひっかかる。


「考えられるパターンはいくつかあります。この襲撃が威力調査目的の場合。陽動や足止めが目的の場合。そもそもリーダー格の個体なんていない場合、なんてのもそうです」

「だがどれもしっくりこん。だろ?」


 二人の男の指針は合致した。


「手早く片付けましょうか」

「だな」


 ギアを一速上げるように、二人の戦闘がさらに苛烈を極める。

 残り少なかった『災禍』の群れの残りが、見る見るうちに個体数を減らしていく。


 勝敗は決した。

 しかし、逃げ出す様子の無い『災禍』にやはり違和感を覚えつつ。


「これで最後ぉ!」


 争いは、終結した。


  ◇  ◇  ◇


 俺を抱擁していた母の腕から、余計な力みが抜けていく。


「もう大丈夫よ、ソラ。みんなが頑張って、『災禍』を一匹残らず封伐してくれたわ」


 優しく語り掛ける母の声は、俺に諭すようにも、自分に言い聞かせるようにも聞こえた。


(意外とあっけなかったな)


 桜守家当主の慌てようから、よほどの大事かと思っていたのだが、封伐師に目立った被害はゼロ。

 そりゃまあ、周囲の地形は、戦いの苛烈さを物語るように荒れているが、それだけだ。


 この場に集まった封伐師が腕に覚えのある者ばかりだったからなのか、それとも『災禍』が団体行動を苦手としていたのか。


 とにかく、何事もなく終わってくれてよかった。

 ホッと一息、胸をなでおろす。


「まだ終わってないわよん♡」


 ぞくり、と寒気が背筋を駆け巡る。

 ゼロ度の吐息を吹きかけられたみたいな悪寒。


(この声……まさか)


 答え合わせをするように、声が聞こえた方に視線を送る。


 結界を隔てた向こう側。

 正門の外に、女が立っている。


 知的でシャープな顔立ちに、妖しい色香を纏ったラバー素材の衣服。


 間違いない。あの女だ。

 雑賀の屋敷を『蝗禍こうか』に襲撃させた、『災禍』を操る女。

 そいつが、この戦場に居合わせていた。


 嫌な予感がした。

 それを感じ取ったのは俺だけではなかった。


「桜守の!」

「ええ!」


 こわもてアニキと、糸目お兄さんが息をそろえて、術式を行使する。

 片や飛ぶ斬撃。

 片や風の操作。


 通常の飯綱いづなをはるかに上回る威力の斬撃が、黒い女に襲い掛かる。


「うふふ、無駄よん」

「なっ⁉」

「無傷……?」

「せっかくの催し物がこんな幕引きじゃあっけないでしょう? だから。もっと盛り上げてあげるわん」


 封伐された『災禍』の残骸から、黒い霧が立ち込める。

 立ち込めた霧が、女の上部に集い球を成す。


「問題よん。一切衆生に縁があるものと言えばなにかしらん?」


 粘り気の強い悪意に塗れた笑みを浮かべて、女が柏手を打つ。


「正解は――死」


 女は告げる。


「同じ時間、同じ場所、同じ死因。いまここに、『災禍』たちを縁で結んだわん。そうすれば、ほら」


 黒い靄の中から、異形の怪物が姿を現す。


 猿の顔、鶏の胴体、虎のあし、狐の尾。

 そのほか種種雑多な特徴を持つ、ツギハギだらけの集合体。


「あなたたちに、この子が倒せるかしらん?」


 悍ましい姿をした巨大な『災禍』。

 それはまさしく、災害だった。

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