第19話 桜守家からの招待状

 術式刻印から2年くらいたった。

 今日は5歳の誕生日。


「ソラー、お手紙届いているわよ」

「手紙?」


 はて、と首をかしげる。

 転生してからというもの、この方基本的に引きこもりである。

 よそとの交流なんてほとんどないのに、いったい誰が俺宛の手紙なんて送り付けるんだろう。


(……あの妖しい女じゃないよな?)


 真っ先に浮かんだ最悪の想定に悪寒が走る。

 へそ出しのライダースジャケットの上からファーコートを羽織った高圧的な女が、悪役令嬢のように高笑いしている姿が頭に浮かぶ。


「誰から?」


 そうじゃありませんように。

 祈りながら母に問いかける。


朱音あかねちゃんからよ」


  ◇  ◇  ◇


 ひとまず、安堵に胸をなでおろす。

 手紙は、封伐師の名門桜守さくらもり家主催の懇親会の招待状だった。


 不安が解消したなら、次に浮かぶのは疑問だ。

 あの妖しい女の関与以外でも、未来視で確認できないイベントというのは起こるのだろうか。


 ……起こりうるのだろう。

 倍速再生の未来視は前にしか進まない。

 たとえば発動時点では予定されていなかったり不確定だったりしたイベントが、未来視後に計画されたとき、俺視点では抜け落ちてしまうのは容易に考えられる話だ。


 その場合、見ている世界が分岐するのだから未来が突然切り替わる現象は起きているはずだ。

 しかしその現象事態は、俺が術式のコツを掴む等の成長のきっかけ一つで起きる話でもある。


 いままで未来の切り替わりを何かしらのコツを掴んだ成長の証だと思っていたが、案外俺以外の誰かの気まぐれによる変化も多分に含まれていたのかもしれない。

 その事実が明るみになったのが、今回だったというだけの話だと考えれば、一応辻褄は合う。


 自分なりに納得できる答えを得たので、ようやく、手紙の内容についての検討が手につくようになった。


 差出人になっている朱音ちゃんというのは、3歳のときに霊力量の計測や術式刻印を一緒にすませた女の子である。

 その縁あって、懇親会にご出席いかがですかと声掛けしてくれたらしい。


「行きたい」


 本心である。間違いなく本心である。

 3歳の顔合わせの縁に由来する招待なら、壬生みぶ家にも話がいっているはず。

 純粋に、久しぶりに顔を合わせたいというのもあるし、打算的には、桜守家と壬生家が仲良しになる一方で俺だけハブられるようになる、という展開を避けたいという思いもある。

 つまり、プラスの側面からもマイナスの側面からも懇親会に出席したいと思っている。


「けど」


 歯切れ悪く言いよどむ。

 その理由はカレンダーにつけられた×を見れば明白だった。


「この日父さん、天中殺だよね?」

「そうねぇ」


 天中殺というのは、天が味方してくれない時期のことである。

 十干と十二支を組み合わせると(甲子きのえね乙丑きのとうし丙寅ひのえとらなど)、十二支の方が二つあまる。

 たとえば甲子に生まれると、癸酉みずのととりが最後になるため、戌亥の相手が不足する。

 このような人を戌亥いぬい天中殺といい、戌亥(年、月、日、時刻、方角等)において運気が下がるのだ。


 こういうとき、封伐師は基本的に自宅で過ごす。


 運気ごときで大げさな、と思うかもしれないが、封伐師においてこと運気と言うのは非常に大事なのだ。

 何故かというと、術式の多くが縁に依るためだ。

 運気が下がるというのはつまり、良縁が細く、引き寄せるのが難しくなるということ。

 それはつまり、封伐師としての実力が大幅に減少することに他ならない。


 そしてそれは、父のような優秀な封伐師においても例外ではない。


 もちろん、桜守家に嫌がらせの意図は無いだろう。

 無いよね? 無いと思いたい。

 実は朱音ちゃんに滅茶苦茶嫌われてて、わざと父の天中殺に合わせて開催されたとかは考えたくない。

 もしそうだとしたらへこむ。


 一度置いておいて。

 俺が懸念しているのは、これ幸いとあの女が移動中に襲撃してこないかだ。


 懇親会に出席するために屋敷の外に出るリスクを背負うか、それとも欠席して結界内という安全を取るか。


 俺が頭を抱えてうんうん唸っていると、母が優しく微笑みかけてくれた。


「大丈夫よ、ソラ。母さんが一緒に行くわ」

「え」


 そういえば、母は父の相互天中殺だ。

 つまり、天中殺が対極。

 互いに運気を補完できる相性とも言える。


 外出イコール父同伴だと思い込んでいたけど、別に母とでも問題無いのか。


「こう見えてお母さん、一人前の封伐師として認められたのは15歳のころでエリートだったのよ? お父さんほどじゃないけどね」


 母が学生時代から単独で『災禍』と戦っていたのは知ってる。

 どうして知っているかと言うと、前世で直接目撃しているからだ。

 だから封伐師としての実力を疑っているわけではないのだけれど、驚いた様子の俺を見て補足するようにそんなことを付け加えた。


「どうする?」


 うん、じゃあ、決まりだ。


「行く!」

「よーし、じゃあさっそくお返事書こうね!」

「うん!」


 母が筆ペンで出席の旨記載してしたためる。

 今日の夜父に話を通し、明日の封伐の折に投函してもらう運びだ。


 父はいつもより少し遅めに帰ってきた。

 夕飯の後、母が「話があります」と告げて、部屋を移した。


 俺はすぐに終わるだろうと思っていた。

 理由は既に出席に印をつけているところを見ているからで、母が独断で決めても問題が無い話だと予想していたからだ。

 ただ連絡もせずに家を空けると父が心配するから、先に断りを入れておく。

 その程度の話だと思っていた。


 しかし二人は一向に戻ってこない。


 もめているのだろうか。


 もめるとしたら、俺の身を案じてだろうか。

 もし仮にそうだとするのなら、俺が駄々をこねた方が丸く収まるのではないだろうか。

 幸いにして肉体年齢はまだ5歳。

 わがままを言っても許される年頃である。


 二人の話し合いの状況次第では本当にそうしようと考えながら、密談中の部屋の障子のそばに忍び寄り、耳をそばだてる。


「わかっているのか。ソラは雑賀の子だ。道中間違いなく『災禍』に襲われるぞ」

「承知の上です」

「――俺は、お前を迎える時、豊雲家に約束したのだ。二度と『災禍』と戦わせない、と」

「あなたの優しさには大変感謝しております。しかし、私はソラの母であり、封伐師なのです。……いつまでも過去にとらわれているわけにもいきません」


 ……なんか、想像以上に不穏なこと話してる。


(もしかして母さん、前世で俺を守れなかったことがトラウマになってるんじゃ……)

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