第20話 壬生家の訪問
桜守家の懇親会の出席に父は反対らしい。
行くなら父も行くと言っている。
いくら運気の下がる天中殺と言っても、母と俺二人で向かわせるよりは安全だと主張する父と、雑賀の自覚を持ってくださいと主張する母で、折り合いがつかないままのようなのだ。
結局、結論が出ないまま、翌朝。
封伐の仕事に向かう前の父の時間を拝借し、一晩考えたアイデアを提案することにした。
「
「うん。ときちゃんもきっと誘われてると思うんだ。だから、うちに寄って行ってもらえないか相談できないかな?」
「むぅ、確かに、実力者揃いの
父の歯切れは悪い。
「いや、ダメだ」
少し考えて、父はため息交じりに首を振った。
「えー、どうして?」
「雑賀の血ってのは、それだけ危険なんだ。よそを巻き込むのはよくない」
「一回、一回聞いてみてよ! 割に合わないって思ったら、壬生家の人は遠慮なく断ってくれるよ!」
「む、ぅ。それは、そうだろうが……」
父は眉をひそめて、渋い顔を俺から背けた。
なんとなく、壬生家に迷惑をかけることより、力を貸してくださいと頭を下げるのを嫌がっているようにも見えた。
封伐師としてはエリートらしいし、人を頼るのが苦手なのかもしれない。
だけど、どうしても嫌というほどにも見えない。
理由さえあれば受けてくれる。そんな気がした。
だからここで、俺の方から譲歩の姿勢を見せる。
「じゃあ、壬生家に断られたら行きたいなんてわがまま言わないから!」
父がきちんと俺に向き直り、熟考、黙考。
今回の問題は、懇親会に参加したいという俺のわがままと、交通手段が無いというジレンマに起因する。
裏を返せば、俺が折れるか、はたまた交通手段さえ確保できれば問題解決するわけである。
そして、壬生家に一本連絡を入れる。
たったそれだけのことで、確実にどちらかの条件がクリアされる。
問題が必ず解決する。
父は己のアイデンティティに、俺の父であることより、優秀な封伐師であることに重きを置いていると俺は思っている。
であるなら、日ごろの封伐活動に関係ないところの問題は、なるべく労力をかけずに解決したいのではないだろうか。
しばらく悩んだ末、父は、
「わかった。一度連絡してみよう」
と約束してくれた。
「本当⁉」
「その代わり、約束だからな? 断られたら、わがまま言わない。いいな?」
「うん!」
◇ ◇ ◇
で、その日の夜。
封伐の仕事から帰ってきた父が、げんなりした様子で力なく口を開いた。
「壬生家に話を持ち掛けた」
朝、父に相談した内容は、母にも共有している。
緊張した面持ちで、母が続きを促す。
「先方は、なんと?」
「『是非に』、とのことだ」
俺の頭にはてなマークが浮かぶ。
思考が一瞬停止する。
たぶん、母も同様。
そしておそらく、すでにその謎を一度通過していた父だけが思考を停止させることなく、代わりにため息交じりに疑問を呈する。
「しかも結構前のめりだった。壬生家とは密に連絡でも取り合っていたのか……?」
「い、いえ。そのようなことは」
「だよなぁ」
父がもう一度ため息を吐いて、頭を抱える。
「狙いがあるとすれば、ソラか」
ん?
「そうでしょうね」
え、ちょ。
何二人だけで納得した感じ出してるの?
当の本人を置き去りにしないで。
きちんと説明して。
「まあ、義理堅い壬生だ。送迎はきちんと対応してくれるだろ」
「ですね。送迎は安心して任せてよいかと」
送迎『は』ってなに⁉
他の部分は保証しないってこと⁉
(すげぇ聞きたい)
でもな、聞いたら聞いたで、闇に触れそうな気もするんだよな。
(……聞かなかったことにしよう)
俺は日和った。
◇ ◇ ◇
しばらくして、懇親会の日になった。
今日の外出も、黒塗りの高級車だった。
黒スーツを着こなした老紳士が、こちらに気付くと微笑みを浮かべて頭を下げる。
確か……あの人の名前は、セバスチャン、じゃなくて、えーと。
「お待ちしておりました雑賀様」
「お久しぶりですスミスさん!」
「清水でございます、ソラ様」
そうだった! 清水さんだった!
「ごめんなさい」
「いえいえ、よろしいのですよ」
「それで、どうして清水さんが? 今日は壬生家が来てくれるんじゃなかったの?」
「ええ。ですので、先に壬生家に向かい、お迎えさせていただきました。車の中ですでにお待ちです」
「おお!」
なるほど、そういうことか。
単純に護衛してもらうだけだと、うちにメリットが大きすぎて借りを作ってしまう。
そこで、こちらは移動手段を提供することで、貸し借りを相殺した。
つまりそういうことですね?
「――あぁっ、お嬢! いけやせん! 車内でお待ちくだせえ!」
車の扉が勢いよく開かれると、ちんまりした女の子が仁王立ちしている。
腰まで伸びた艶やかな黒い髪。
くりくりした可愛らしいおめめ。
なにより不機嫌そうにとがらせた口がチャームポイントな彼女が誰なのか、すぐにわかった。
「ときちゃん!」
久々の再会で嬉しくなって、弾んだ声で彼女の名前を呼んでしまった。
ときちゃんはまんざらでもない様子で、赤らめた顔を明後日の方向へすいーっとそらした。
「ふ、ふん! あんたのお願いだから仕方なく来てあげたんだからね。感謝しなさい、ソラ」
かわいい。
「うん! ありがとう!」
「べ、別にいいわよ。それより、早く乗りなさい。桜守家に向かうわよ」
「はーい!」
車に乗り込んだ。
(む、難しい配席してるな)
家格としては壬生家が上。
ただ、立場的には俺たちが顧客で、壬生家は護衛。
そんな感じで、上座だの下座だの、どこに座ればいいかがまるで見当がつかない。
(いっそ無知な子どものフリして席次を気にせず座るのもありだけど……)
ちらり、と。
壬生家が派遣してくれた封伐師と思われる人物を横目に確認する。
(こえーよ! スキンヘッドに加えて目の上の傷ってなんだよ! どこぞのヤのつく職業の方なの⁉)
壬生家ってそういう感じなの⁉
先に教えといてよとーちゃんかーちゃん!
ちょっとの粗相でカチコミされたりしない?
大丈夫だよね⁉
(よ、よし。無知な子どもを装って、あの怖いお兄さんからできるだけ遠くに座ろう)
と、肩身を狭くして、腰かけようとした時だ。
「ソラ?」
硬い声でときちゃんが俺の名前を呼ぶ。
「な、何かな」
「ん」
ぽんぽん、とときちゃんが、彼女の隣の席をたたく。
指定された席の向かいにはこわもてのお兄さんがいる。
(え、なに? そのこわもてのお兄さんの横に座れと?)
無理です、小心者の俺には無理です。
「雑賀のぉ、手前お嬢の隣に座れんっちゅうんか!」
ちげえよ! 嫌なのはあんたの隣だよ!
(くっ、仕方ない)
頭を下げて、できるだけ低姿勢に、
「それでは、お隣失礼させていただきます」
と断って腰かけた。
「ふん、それでいいのよ」
両隣で、うんうんとうなずく二人。
見目麗しい令嬢のようなときちゃんが、いまはどこぞの組の愛娘にしか思えない。
父と母が壬生家の面々に頭を下げながら差し入れを渡しているのを、俺は無の感情で眺めていた。
(波乱だぁ)
指と首が繋がったまま桜守家に到着できますように。
そんなことを必死に祈りながら、黒塗りの高級車は走り出した。
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