第14話 /*封伐師の総本山にて*/
歴史の裏側で人知れず、人々を『災禍』から守ってきた封伐師たち。
その総本山である神社の最奥に、鳥居が構えられている。
だが、奇妙なことに鳥居の向こう側は無く、鈍色の壁があるだけ。
行くことも迎えることもできない、そんな奇妙な門のそばに、一つ、小さな屋敷がたたずんでいる。
巫女の屋敷だ。
和風様式そのままに、掛け軸や違い棚、落とし掛けなどのある一室で、彼女は楽しそうに酒を吞んでいた。
「面白い小僧じゃったのぅ。将来がいまから楽しみじゃ、お主もそう思うであろう?」
巫女が酒を運んできた官女を一人呼び止める。
狐面を付けた官女は、まさか巫女直々に声をかけられるなんてまるで想定しておらず、しどろもどろだ。
しかしさすがに総本山に仕える者。
すぐに落ち着きを取り戻すと、思考を切り替え、巫女の問いになんと答えるべきかに思案を巡らせる。
彼女の意見を全面的に肯定するべきだろうか。
否。
巫女はおべっかを嫌う。
つまり求められているのは、賛同者としての意見ではなく、一人の術師としての率直な意見。
そこまで考えを巡らせた官女は、忌憚ない意見をぶつけることに決めた。
「お言葉ですが巫女様、かの者への期待は高く望みすぎないのが吉かと存じ上げます」
巫女が官女に鋭い視線を向けた。
官女は緊張で身をこわばらせた。
息が詰まりそうだ。
だが、すぐに巫女がフッと笑ったことで、その緊張はほどかれることになる。
「ほう。その心は?」
よかった。
どうやら機嫌を損ねたわけではないらしい。
自身の方針が間違っていない、と再確認した官女は、自分の意見を続けた。
「はい。封伐師が生涯に極められる術式の数には上限がございます。おおよそ3つから5つ。そのうちの一つは多くの場合、3歳で刻まれる基礎術式が一般的でございます。しかし、その――」
官女はそこで言葉を詰まらせた。
なんと表現すればいいか困ったからだ。
思ったままの言葉の方が巫女受けはいい。
それは先の問答からも間違いないが、あまりにもストレートすぎる言葉もどうかと思われたからだ。
「うむ。続けろ」
しかし、そんな彼女の葛藤を見抜いたように、巫女は言葉の続きを促した。
観念して官女は噤みかけた口を開いた。
もちろん、狐面の下では顔をげんなりさせて。
「かの雑賀が選んだ術式は遠見。優秀なスキルでございましょう。しかしそれは、あくまで私どものような、霊力量が少なく『災禍』との戦闘に不向きな補助要員にとっての評価でございます」
雑賀空。
史上類を見ない霊力量の持ち主が会得するには、あまりにも、あまりにももったいない。
「封伐師としての働きを期待するのであれば、一匹でも多い『災禍』の封伐を望むのであれば、攻撃系の術式を覚えていただいた方が良かったと存じます」
「ほっほ、正直じゃのう」
さらに本音を言えば、割り込んででも巫女直々に他の術式を選ぶよう止めてもらいたかった。
悔やむほど惜しい才能だ。
そこまではっきり伝えるのはさすがにはばかられたので、あくまで内心にとどめておいたが。
「ふむ、『どうして止めなかったのか』、か」
官女は焦った。
表情を狐面で隠していたのに、内心をズバリ的中されてしまったからだ。
そうなると今度は、巫女の言った「正直」の意味が変わって思えてくる。
つまり、攻撃系の術式を選んでほしかったという意見ではなく、どうして止めなかったのかという疑問に対しての評価だったのではないだろうか。
「お主、日本神話は知っておるか?」
「少しは」
ここで言う少しは、とは一通り履修しており得意分野ではあるが、巫女相手に得意と言えるほどの知識量は有していない、の意味である。
「では
「はい。
巫女は大柄に首肯した。
「では、エジプト神話の太陽神ラーにも目にまつわる逸話があることは知っておるか?」
意地悪い笑みとともに巫女が問いかけると、官女は狐面の下で眉をひそめた。
「……いえ、エジプト神話には明るくありません」
「ラーの目は世界のすべてを監視していたそうじゃ」
「はあ」
「また、ラーは一柱の女神を生み出した。名はセクメト。破壊神とも王の守護神とも知られておる」
官女は頭の回転が速い方だ。
巫女が何を言いたいのかはすでに理解している。
「太陽神にまつわる逸話が、事実だとおっしゃりたいのですか?」
神話は世界中で類似したものがある。
たとえば洪水神話。
代表的なもので言えばノアの箱舟だが、実はメソポタミア神話にも、ウトナピシュティムという人物だけが船に乗って生き延びたという話がある。
たとえば冥界下りの神話。
ギリシャ神話でも日本神話でも、死んだ妻を迎えに冥界に下りた男が、現世に戻るまでは振り返ってはならないという指示に逆らいチャンスを不意にする話がある。
偶然で済ませるにはあまりに共通項が多いそれらの神話について、現実にあった話なのではないかという声が上がるのは自然のこと。
そして――、
「事実とまではいかん、が、モチーフとなった歴史が存在するのは確かじゃ」
「何故そのようなことを……と聞いてもお答えいただけないのでしょうね」
「かっか、ようわかっておるのぅ」
ばんばんと膝を叩いて巫女が官女を喝采する。
「して、ラーが有していたというすべてを見通す目と遠見の術式。二つは非常によく似ているとは思わぬか?」
何気ない、居酒屋で繰り広げられる会話のテンションで、巫女の口から語られた話に、官女の思考は一瞬停止した。
「まさか、遠見の術式は、破壊神と称されるほどのポテンシャルを秘めた超攻撃的な側面を有しているのですか」
「さて、どうじゃろうなぁ」
巫女は応えずに、コロコロと笑うばかりだ。
「まあ、わかりました。巫女様が彼に期待したいと思うわけを」
「じゃろう?」
「ええ」
官女は狐面の下で、ひそかに笑みを浮かべた。
彼はいかほどの封伐師となるのか。
気づけばそれを楽しみにしている自分がいた。
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