第8話 二人の幼馴染

 俺の全門開放でしばし呆けていたであろう狐面の官女さんが、ハッとしたように動き出す。

 こちらですと案内され、地上に引き返し、渡り廊下を歩いてたどり着いたるは大広間。


 そこに、三台のタブレットが置かれていた。


 え、タブレット?


「そこに三台のタブレットがあるじゃろう。そこに術式を記したデータが格納されておる。目録から一つ好きなものを選ぶとよい」


 巫女さんはそういうと、少し高くなったところに腰かけた。

 殿様が座りそうなセットだった。

 この御殿で一番偉い人なのかもしれない。


「時代だなぁ、父ちゃんのころはぼろっちぃ古文書だったんだけどな」


 なんて、父がぼやいていた。

 そうだよね、やっぱ俺のイメージ間違ってなかったんだよね。

 最近はどこもかしこもペーパーレスだの電子帳簿だのうるさいのだが、まさか妖怪退治屋にまで影響が出ていたとは……。


 さて、上座から順に桜守、壬生と座り、うちは一番下座だった。

 どうやら家格的には雑賀が一番低いらしい。


 うーん、なおさら五十門ってのは波風立てる事件だったんじゃ……。

 まあ、考えたところでもうどうしようもないか。


 タブレットにあるという術式の一覧を見て、どれにするかを考えよう。


(読めねえ)


 電子化してくれたものの、書体は草書体だ。

 つまり、ただスキャンしただけなのである。

 AIOCRくらい当てておいてくれよ。


(待てよ? 俺の霊力って人外レベルらしいし、一つに絞らなくてもいいんじゃないか?)


 片っ端から習得していく、というのもありかもしれない。


「父さん、術式っていくつまでなの?」

「人によるが、父さんも母さんも3つだな」

「3つ⁉」


 少なくないか⁉


「生涯において同じ『災禍』と二度戦うことは少ない。故に、あれもこれもと広く浅く学ぶより、必ず仕留める究極の一を磨いた方が良いのだ」


 む、なるほど。

 あれこれ手を付けてどれも中途半端になるくらいなら、一つ必殺技を極めた方が賢い、ということか。


「それに、同じ術式でも、理解が深くなれば多様な使い方ができる。母さんなんてすごいぞ」

「そうね……たとえば、こんなのはどうかしら?」


 母は親指の腹を切ると、血玉で俺のまぶたを撫でた。

 そのあと、俺の両目を手で覆い隠した。


「ん?」


 まぶたを閉じさせられているはずなのに、視界が確保されている。

 いや、それだけじゃない。


「字が、読める?」


 ミミズがのたうち回ったようにしか見えなかった文字の羅列が持つ意味を、直接理解する感覚、と言えばいいのだろうか。


「いま、ソラとの間に縁を結んで、感覚を共有したの」


 なるほど。

 文字の認識、というのは脳波の活性化だ。

 猫という文字を見て猫と認識できるのは、脳に記録されている猫のデータを参照できるからである。

 いまこの草書体を読めるのは、母が持つ知識ベースにアクセス可能になっているから、ということか。


 ……何気にすごくないか?


「縁を結ぶ、とは言うが元は互いの位置をなんとなく理解するだけの術式だ」

「え⁉」


 その術式が、解釈の拡大でこんなことができるように成長するってこと⁉


「もっとも、知識の共有までできるのは母さんだけだ。わはは!」

「一方通行ですけどね」


 あ、しまった。

 もし双方向で知識の共有ができてたら、危うく俺が転生者だって気づかれるところだったじゃん。


 あ、あぶねえ。

 自分の子どもに、縁もゆかりもない他人の記憶が混ざりこんでる、なんて心労かけたくない。

 肝が冷えたぜ。


「母さんはどうしてこの術式を選んだの?」


 これができるとわかっていれば確かに強力だが、相手の位置情報を知るだけの術式なんてそれほど魅力的に思えない。

 狐火を起こす術式の方が、『災禍』を封伐するうえではよっぽど有用に思える。


「さあ? 当時は文字なんて読めなかったし、なんとなく?」


 ああ、はい、そうですか。

 そりゃそうだ。


(選び取りみたいなものか)


 そう言えば、父が使ってるのは一子相伝の術式って言ってたな。

 こういう、どの家の人間でも使える術式っていわゆる汎用手札みたいなもので、どれを選んでも大きな差は無いのかも。

 どれを選ぶかよりも、どれだけ極められるか、みたいな。


「どれにするの?」

「へ?」


 正面から声がして、思わず顔を上げる。

 だがまあ、いまの俺の視界は母のものを使っているので、顔を上げたところで定点カメラを見ているように変化なしだったのだけれど。


 母の手を押し上げて目を開くと、少女が目の前に立って、くりくりした瞳で俺をのぞき込んでいた。


「あたしあかね! あなたは?」

「空。雑賀空」

「あたしね、これにしようとおもう! 猫ちゃん!」


 それはキツネだ。

 しかも狐本体じゃなくて狐火の方。


「それ火の術だよ?」

「猫ちゃんは?」

「猫ちゃんの術式なんてあるかな?」


 無いと思う。

 いや、狐火も極めれば猫っぽい炎を作れたりするのかな?

 猫にする必要性は今のところ分からないが。


(というか、そうか。別に一人で決めなくてもいいのか)


 せっかく同期がいるんだし、相談すればいい。

 どうして気づかなかったんだろう。


「ときちゃんはどうおもう?」

「っ⁉」


 もう一人の女子、壬生家のときちゃんに話題を振るべく顔を向けると、目が合って、すごく驚いたようなようすで、勢いよく視線をそらされてしまった。


 あ、しまった。

 雑賀の方が家格は下みたいだし、目上の相手に声をかけるのは不遜とかあったかな?


 それとも、霊力量の問題で嫌われた?

 あかねちゃんが十門解放した後、八門しか解放できなかったことを悔しそうにしてた。

 まして、五十の門すべてを開いた俺なんて目の敵にされていてもおかしくない。


 さっき自分で思ったことなのに!

 あかねちゃんが気軽に声かけてくれたおかげもあって、意識から抜けてた。

 俺の失態だ。


「み、みてない! 話にいれてほしいなんて思ってないんだから!」


 ……ん?


「わ、私はただ、こういうおごそかな場で無邪気にはしゃいじゃう子どもっぽさにあきれてただけなんだからね! いっしょにおはなししたいなんて思ってないんだから!」


 把握した。

 この子、トゲトゲだ。

 仲よくしよーって近づくと、そっちの思惑通りになんて動いてやらないぞ、って反発するタイプだ。


 とりあえず、嫌われたわけじゃないらしい。


「うん。俺がときちゃんと話したいんだ。せっかくなんだから、みんなでえらぼうよ」


 ときちゃんは少し挙動不審になりながら、おずおずと彼女の父の様子をうかがった。

 その父親が、静かにうなずいたことで、ときちゃんはパァっと顔を輝かせて、それから気恥ずかしそうに腕を組んで誤魔化した。


「し、仕方ないわね」


 タブレットを両手で抱えて、とてとてと歩み寄ってくるときちゃんの表情はまんざらでもなさそうだ。

 なんだこの生物かわいいかよ。


「ソラ、あんまりやりすぎるといつか刺されるからな、気を付けろよ?」


 俺の肩をたたき、忠告する父の表情と声音は真剣そのものだった。

 ……修羅場をご経験で?


 ま、まあ。

 こんなの子どもの頃の思い出として風化するものだろ。

 幼馴染が欲しい、と欲をかいたことを否定はしないけど、刺されるような未来にはならないはず。

 ならないよね?


「と、とりあえず術式を選ぼう!」


 なまじ胸のど真ん中を腕に貫かれた経験があるせいで、刺されるというイメージが生々しすぎて良くない。

 嫌な予感を振り払うように、目録に目を落とす。


「ん?」


 そのうちの一つに、目がとまった。


 俺とあかねちゃんが同じタブレットをのぞき込んでいるせいで、母の視界情報はあてにならない。

 文字が読めない状態で、どうしてそれにひかれたのかは、わからない。


 ただ、何故だろう。


「俺、これにしたい」


 それを運命的な出会いだと感じた。

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