第7話 規格外の霊力量
「全門開放、初めて見たのう」
ころころと笑いながらやってきたのは、俺たちを最初に出迎えてくれた巫女服のお姉さんだった。
「雑賀の、お主いい性格しておるの。桜守の十門に壬生の八門。どちらも快挙じゃというのに霞むぞ」
「い、いえ! 決して他家の評判を貶めるような意図はございません」
「冗談じゃ」
巫女さんは口元を扇子で隠した。
父はだらだらと汗を流している。
(結局、何枚あったんだ?)
一枚ずつ数えていくが、数が多すぎて途中でどこまで数えたかわからなくなる。
扉と扉の間隔は目算1メートルくらいで、それがだいたい50メートルほど続いているだろうか。
概算でいくと五十門か。
(あかねちゃんの5倍、ときちゃんの6倍ってところか)
ひとまず、安堵で胸をなでおろす。
生まれてからずっと、霊力量を高めるためだけに苦痛を耐えてきたんだ。
その努力がいま結実した。
そのことに少しの感慨深さを覚える。
「やれやれ、当の本人はすごさを理解しておらなそうじゃの。豊雲……いまは雑賀じゃったか、事前に教えておらぬのか」
豊雲というのは母の旧姓である。
「まさか、このようなことになるとはまるで想定しておらず、気負わせるのも酷と思い」
「仕方がない。わらわが説明しよう」
顔色の悪い両親が頭を下げているので、俺もとりあえずそれに習う。
石碑から手を離したので、奥の方から石戸が順々に閉じてくる。
俺たちの前を悠然と歩き、扉のそばまでやってきた巫女さんは、扇子を教鞭のように振るい、戸を軽くたたいた。
「開門の儀とはそも、封伐師の霊力量をはかるものである。よくいる封伐師の多くは三門。五門からはすごいと言える」
教える相手が三歳児だからか、柔らかい表現で説明してくれる。
大層な気遣いではあるが、いい大人から、力量の表現にすごい、なんて単語が出てくるとなんかくすぐったいな。
「そして、門は奥へ行けば奥へ行くほど、開くのに必要な霊力量が増す」
俺の考えが読まれたわけではないと思うが、巫女さんの説明が、少し大人向けの表現に変化していく。
「簡単に言うと、前二枚の門を開くのに必要な霊力量が求められる、というわけだ」
1枚目の門を開くのに必要な霊力量を簡単のために1と仮定すると、それぞれを開くのに必要な霊力量は次の通りになる。
1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89,144……
フィボナッチ数列じゃねえか。
「あれ? ってことは」
俺が開いたのを五十門と仮定すると、その霊力量は……んん?
「桜守のおよそ2億3千万倍。しかも最低保証で、じゃ」
2億⁉
いや、違う。
十年に一度の霊力量と言われたあかねちゃんと比べて2億倍なのだ。
封伐師は三門が最頻値と言っていたのを鑑みるに、俺の霊力量は一般の……70億から80億倍くらい?
「とんでもない傑物を生んでくれおったの? 雑賀」
「も、申し訳ございません」
「謝罪はいらぬよ。お主が果たさねばならぬ使命は、理解しておるな?」
「ハッ、必ずやこの子が一人前の封伐師になれるよう尽力いたします」
「うむ」
巫女さんは大柄にうなずいた。
俺は理解した。
(やりすぎた)
確かに、母乳から霊力を吸収することに躍起になってはいた。
けれど、それだけでこれほど大きな差が開くものだろうか?
いくら吸収効率を上げたところで、一回当たりの吸収量と授乳の回数の積で頭打ちのはずだ。
翻って、得られた結果は、どう考えても指数関数で伸びている。
この二つを矛盾なく説明するために、たとえばこんな予想はどうだろう。
霊力量の増加は、二通り存在する。
一つは外からの補給。
これはつまり、授乳によって得られる母親の霊力のことだ。
母乳に含まれる霊力を定数lとした時、吸収効率を係数kとして、授乳回数をmとすると、klmがそのまま最終的な増加量につながる、という予想。
そしてもう一つが、体の成長に伴う、指数関数的な増加。
たとえば生まれた時点で保有している霊力量をaとして、1日あたりの霊力成長率をbパーセントとした時、n日での成長量がa×(1+b/100)^nになるタイプのものだ。
簡単に言えば、積み立てと一緒なのではないだろうか。
早いうちに霊力量を底上げすればするほど、最終的な霊力量に大きく差が開く。
道理で、最近母乳を吸収しても霊力が増加している感が無かったわけだ。
その次元まで行ってしまえば、母乳から得られる量なんて、体の成長で増える霊力量からみればもはや誤差でしかない。
つつと冷や汗が垂れる。
俺だって3年にわたって霊力トレーニングを行ってきたわけで、他の人より多くあれ! って祈ったよ?
だからって、これはないだろ……!
果たして封伐師の総本山は、そんな常識外クラスの人材を大人しく寝かしておいてくれるだろうか。
否だ、答えは絶対に、否だ。
俺があらゆる人事権を持っていたら、まず間違いなく手がつかないレベルの案件から優先して回す。
それこそ、父の話に出てきた『冷禍』や『噴禍』クラスが相手だろうと、容赦なくぶつける。
現実的に考えて、それが一番討伐の目算が高い。
(いやだぁぁぁぁァ!)
身にかかるあらゆる火の粉を余裕もって振り払える程度の実力があればよかったのに、何が悲しくて歴史的大災害クラスの怪物との戦闘を想定に入れなければならないんだ!
「ほれほれ。本日の集会の目的はまだ半分しか終わっておらぬぞ」
巫女さんが柏手を二回打ち、全員の注目を集める。
「術式の刻印じゃ」
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