第4話 転生乳児の特権トレーニング

 増えてる。

 あれから二度三度と授乳されるたび、少しずつだが、俺の体内から感じ取れる不思議パワーの総量は誤差の範囲かもしれないけれど大きくなっていっている。


 どうやら、少しずつだが母乳から不思議パワーをエネルギーとして消化吸収しているみたいなのだ。


(おっぱいのんで元気に育ってね、ってそういうことかよ)


 父親の口ぶりからして、戦国時代にはすでに『災禍』が存在していた。

 そしてそれと戦う子孫が今日まで続いている以上、何世紀にもわたるノウハウというのが蓄積されているのも道理。


 その中にはきっと、おっぱいをたくさん飲んだ子どもほど不思議パワー総量が多くなる、という迷信もあるのだろう。


 つまり、いま俺は、母親から与えられる母乳をできるだけたくさん消化することこそが最大のトレーニングというわけだ。


(うーん、しかし)


 母乳から感じ取れるエネルギーは膨大だ。

 飴玉サイズの恒星を呑み込んだみたいだ。

 それなのに、


(吸収効率が、著しく悪い)


 そのほとんどはうんちや尿とともに排泄されてしまう。

 あまりにももったいない。


 もっと無駄なく吸収出来ればいいんだが……


「お……ぁ?」


 悠長なことを考えている暇はなくなった。

 体中の穴という穴から汗が噴き出して、目の前が真っ白になっていく。


「ふぎゃぁあぁぁぁぁあぁぁぁっ!」

「ソラ⁉ どうしたの、ソラ!」


 痛い痛い痛い痛い!

 腹の内側で巨大アナコンダがのたうち回っているような激痛、鈍痛、惨痛、疝痛。

 息もできない。


 助けて。


 そう思ったのと、額を何かで押し付けられたのは同じタイミングだった。

 その瞬間、あれほど苦しかった痛みが霧散した。


 見上げれば、俺を抱きかかえ、親指の腹を俺の額に押し当てている母親の姿がある。


「あれ? 泣き止んだ……?」


 母は困惑しているようだったが、それは俺も同じだ。


「縁を結べば原因がわかるかと思ったけど、うーん、わからずじまいね」


 縁を結ぶ?


(前世で俺に『災禍』を見せるために視覚を共有したみたいに、俺の感覚を共有しようとした……?)


 母は五感の感覚共有が得意なのだろうか。

 まあ、そうだとして、今回痛みが吹き飛んだ説明にはならなそうだけれど。


(あれ? 腹の熱が、全身にいきわたっている……?)


 不思議な感覚だ。

 これまでほとんど吸収できずに体外へ排出していた膨大なエネルギーが、いまは全身にいきわたっている。


 どういうことだ?


 思考を必死に巡らせる。


 俺が激痛に襲われたのは、母乳に含まれる不思議パワーを効率よく吸収できないかと考えた時だ。

 そして、激痛が収まったときには俺自身の不思議パワー容量が増えていて、代わりに母乳から熱が引いていた。


 たとえば、こんな仮説はどうだろう。


 母乳に含まれているのは、あくまで母の不思議パワーだ。

 だから、急激に体内に取り入れようとした結果、拒絶反応が起きた。

 しかし、母が俺と縁を結んだ結果、これまで母乳の不思議パワーを異物だと思っていた体が勘違いを起こし、体になじんだ……。

 当然拒絶反応はなくなり、激痛からは解放される。


(おお、つじつまが合ってる!)


 そう仮定すれば、普段の消化吸収効率が悪いことにも説明がつく。

 親子と言えど、半分は父親の遺伝子を引き継いでいるのだ。

 その遺伝子情報の差異こそが、不思議パワーの融和の妨げになっているとすれば?


 可能性としては十分あり得る話である。


 けど、エネルギーを消化吸収しようとするたびに縁を結んでもらわないといけないのはネックだな。


 最初のうちはともかく、何回か繰り返すうちにいつものことか、くらいに思われて放置されそう、狼少年みたいに。

 そうなったら母親抜きであの激痛を耐えきれる気がしない。


 少しずつなじませていくのが正攻法なんだろうけど、せっかく見つけた抜け穴みたいなトレーニング方法なんだ。

 少しも無駄にしたくない。

 ここで妥協して少しずつなじませたとして、将来『災禍』と戦った時に「あの時きちんと母乳を吸っていれば……!」なんて後悔したくない。


 どうにかならないものだろうか。




 一度睡魔に襲われて、次の授乳中。


(あれ? 吸収効率、上がってる?)


 前回までは異物のごとく腹にたまって、ほとんど吸収されなかった不思議パワーが、今度は駒込ピペットで滴下するくらいの勢いで体内になじんでいく。


 一度大量に取り込んだことで、許容速度が更新されたのだろうか。


(吸収速度は調整できるのか? だったら、もう少し勢いを増すくらいで)


 痛みを覚悟するように全身を力ませて、蛇口を少しずつひねるように、不思議パワーの吸収速度を上げるイメージをしてみる。


(ふ、ぐぅ)


 少し効率を上げただけで、下腹部に痛みが走った。

 けれど、耐えられないほどじゃない。

 もう少し勢いを強めても大丈夫そうだ。


(こ、このくらいのスピードが限界か)


 俺の予想が正しければ、痛みを耐えられる限界位を維持していれば、そのうち吸収許容速度の上限も更新されていくはず……。




 予想は正しかった。

 日に日に、不思議パワーの吸収効率が上がっていく。

 いまでは排泄タイムまでに、母乳に含まれる不思議パワーのほぼすべてを体内に取り込めるようになっている。


 それと、もう一つわかったことがある。


 母親の不思議パワー量が半端ないと思っていたが、どうやら母乳は血液と比べて濃度が高いらしい。

 縁結びのまじないにつかわれた血液が、母乳と比べて弱弱しいのだ。


(つまり、この魔力トレーニングは母親から母乳が出る乳児期間のみに許されたスペシャルメニュー)


 普通の赤ちゃんなら苦痛に耐えてまで不思議パワーを吸収しようとしないだろうし、このままやればちょっとしたアドバンテージくらいは手に入れられるんじゃないかな?


 欲を言えば、100年に一人レベルの不思議パワー総量の持ち主、なんて結果になるのが理想だけど、高望みかな。

 どれくらいのアドバンテージを得られるか、少し楽しみだ。

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