指輪と旅館とサウナの一幕
「あっ。いらっしゃいませ先輩と美憂さん。」
開店と同時に店に入ると来ることを見越していたのか加奈が待っていた。
「あぁ。」
「おはようございます。加奈さん。」
「はい。おはようございます美憂さん。今日もお綺麗ですね!」
俺の事は完全にスルーである。
「出来ているか?」
「はい勿論。ていうかメール入れておきましたよね?未読でしたけど。」
「いや来てなかったと思うが…。すまん見落としたかもしれん。」
「へぇ。先輩にしては珍しいですね。」
ここ数日パソコンは開いていなかった。仕事のメールは緊急ならメッセージに来るし仕事納めを表明しているから確認の必要がない。
「いや美憂との日々を優先した。俺は仕事納めをしているからな。今日からは旅行だし、二人で計画を立てていたんだ。」
「へぇ。美憂さん。愛されてますね。いや違うか美憂さんが愛で氷を溶かしたんですね。うん。私は感動しました。サービスしてあげます。」
そう言ってちょっと待ってて下さいねと加奈が下がっていった。
なんだろうと美憂と首をかしげているとパタパタと戻ってくる。
「先ずこれが指輪です。先輩はちゃんと渡すタイミングを考えてくださいね?」
「わかってる。もう頭の中では完璧だ。」
「へぇ。全く期待できないですね。美憂さんにはこれです。」
「おい。」
俺の言葉はまた無視されて既に美憂の方を見ているので俺は黙るしかない。
はぁとため息を吐いてやり取りを見た。
「これは…。」
美憂が箱を開けると中からリングのついたネックレスが二つ出てきた。
「赤い糸をモチーフダブルリングがついたネックレスですよ。ちゃんと二人分あります。このお金持ちから大量のご祝儀を貰っちゃったので私の旦那からの婚約記念のプレゼントです。これは女性から男性に送ると永久(とわ)に幸せでいられるという一品らしいです。リングの内側に赤い糸がモチーフのデザインがついてるんですよ。オシャレですよね。」
「はい。確かに素敵です。」
美憂が俺の方を見る。頬を書きながら頭を下した。
俺の首にネックレスがつけられる。
「ほら先輩。お返ししないと。女性が男性の首につけてあげないといけないんです。」
「お、おう。」
俺は美憂から番のネックレスを受け取って首につけてあげた。
「うん、うん。お二人ともとても似合ってますよ。」
「おう。」
「ありがとうございます。」
微笑む美憂の顔が眩しい。これはしっかり礼を言わなくては。
「海斗に礼をしたい。今度会おうと伝えといてくれ。」
「私には!?」
「お前は失礼だから来なくていいぞ。」
「辛辣!!」
俺たちのやりとりに美憂がくすくすと笑う。
「ま、まぁアレだ。海斗にはよろしく伝えてくれ。」
「はいはい。お幸せに。結婚式の招待状をお待ちしてます。」
「その前に結婚指輪を買いに来る。その時はよろしく頼む。」
「了解です!」
ビシッと敬礼する。生徒会の時からこいつは何も変わらない。
生意気ではあるが気のいい男友達のような女だ。
「美憂。彼女に連絡先を教えておいてくれ。」
「わかりました。」
「やった!先輩の嫁の連絡先ゲット!」
なんか教えたくなくなる言い方である。
俺は二人が連絡先を交換するのを見届けて共に店を出た。
車に戻ると猫たちがベッドで丸くなっているのを見届けて運転席に乗り込む。
冬だから尚更気を付けて運転しなければいけない。
今回行く旅館も前回行った旅館と同じオーナーが経営している。
やはり猫可というのはでかい。それに彼の作った旅館は全て評価が高いのだ。
一度会ってみたいものである。猫好きとして話が合いそうだ。
「楽しみですね。」
「あぁ。旅館を予約した時から楽しみだった。君とたくさん思い出を作りたい。」
「はい。私もです。」
横を見なくても美憂が照れているのがわかる。
見れないのは残念だが今は我慢だ。
今回の旅館には婚約の間という部屋がある。
婚約をするのに適した仕掛けが沢山あるらしい。つまりロマンティックな雰囲気を作るのが苦手な人を旅館がサポートしてくれるのだ。こんなに助かることは無い。
雰囲気作りとかできる気が皆無だからな…。
俺は内心でそう思う。今日は美憂の誕生日でプレゼントも用意している。バッチリ決めなければ男が廃るだろう。
俺は既に緊張しながらも慎重に車を走らせた。
「ようこそお越しくださいました。」
前回の旅館同様、懇切丁寧な対応に感謝しつつ俺たちは部屋に通される。
かなり大きめな部屋で開放感もある。
ベッドと布団から選べる様で家族風呂もかなり大きい。ウチの猫達も気に入ったようで好きに歩き回っている。
「良いところですね。」
「あぁ。やっぱりここを選んでよかった。」
「どうします?先ずは大浴場に行きますか?」
「そうだな。そしてきみとゆっくりしたい。」
「私もです。」
どうやら同じ気持ちだったらしい。俺達は連れ添いながら部屋を出た。
大浴場はかなり立派な作りだ。
天然温泉を売りにしているだけはあって効能も様々だ。相当の金が使われているのがわかる。なのに値段はかなりリーズナブルだ。
まぁ値段は猫を飼っている場合に限られるが、サービスも行き届いている。
そんな事を考えながらサウナに入っていると1人の年配の男性が入ってきた。
「隣いいか?」
「あぁ。どうぞ。」
俺は少し横にズレて座り直して顔を上げる。
その顔には見覚えがあった。
「アンタは…。」
「しっ。お忍びなんだ。久々に婚約の間を予約した若者がどんなやつかと思ってな。」
「わざわざその為に来たんですか?」
「目的の一つではある。だが最近忙しくてな。羽を伸ばしに来たんだ。それにこれは妻のお願いでもある。歳を取ると若者と話したくなるんだそうだ。妻も今頃は君の嫁と談笑してる頃だろう。」
そう言いながらこの旅館のオーナーは笑う。
彼はやることなす事、全て成功させ続けた事業の天才だ。この旅館だけではなく幅広く事業を成功させている。
「オーナーはなんで猫好きプランとかカップル割とか婚約の間とか変わった事をやってるんですか?」
「俺達も猫を飼っている。旅行する際に連れてこれる旅館が余りにも少なすぎた。壁やカーペットなど張り替えればいい。だが思い出は家族全員で作りたいだろ?猫はペットではなく家族だ。だからこそ俺が来たい旅館を作った。婚約の間は若者に安く最高級の環境で自然体で成功して欲しいという願いを込めた。まぁ秀才プログラマーの君には必要のない事かもしれないがお金に困ってる若者は沢山いる。かく言う俺も学生結婚でな。若者の恋は応援したい。そして緊張している若者もな。」
どうやら見透かされているらしい。
「俺はずっと女性不信だった。美憂のことは心の底から好きだ。だけど幸せにできるかやっぱり少し不安なんです。」
「うむ。わかる。俺だって女性が嫌いだった。そんな俺がなぜ結婚したかわかるか?」
少し考えるがやはりわからない。彼はなぜ好きだと確信できたのだろう。
「絆されたからだ。妻のまっすぐな愛にな。君はどこか俺に似ている。女性不信であるはずの君が少しでも愛したいと思えたのならばそれはきっと真実の愛だ。ならば後は踏み出すだけだな。」
あぁ。そうだ。美憂は常に真っ直ぐに愛を教えてくれた。
「ありがとうございます。上手く出来そうな気がします。」
「そうか。老婆心ながら口を出してよかった。頑張れよ。」
そう言って彼は立ち上がってサウナから出ていく。俺はその背中を見送る。天才事業者も思ったより普通の気さくなおじさんだった。
だが同じ女性不信だった人間が女性を幸せにしているのは前任者がいるという安心感を与えてくれる。
「よし。」
立ち上がってサウナを出る。
悩みが彼のおかげで少しは楽になった気がした。俺も彼のように決めるところは決めるとしよう。
お一人様に恋は難しい @Ka-NaDe
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