親友と出張前の一幕
雪が降る中、俺たちは荷物をキャンピングカーに積み込む。
猫は寒いのが苦手だから車のエンジンをかけて暖気して家に裏から入るとチャイムの音がした。どうやら来たらしい。
リビングに行くとそこには達也と茜がいた。
「あれ?美憂は?」
「まず挨拶でしょ。おはよう宗司。美憂ちゃんなら二階よ。」
「おはよう。すまない。ついつい目の届かないところに居ると気になってな。」
茜に謝ると達也がよっと手を挙げる。俺も手を挙げてその手にハイタッチした。
「仲いいわね。」
「まぁ俺たち親友だし。」
達也の言葉に肯定の頷きで返す。
「あんた達じゃないわよ。宗司と美憂ちゃん。二人とも雰囲気変わったよね。ぎこちなさが消えた。婚約という一大イベントの前に慌てているかと一応私は心配してたのよ。美憂ちゃんに何か事情があることも私は軽く知っていたし。」
「ちゃんと俺の気持ちを伝えただけだ。」
俺の言葉を聞いた茜が成程と頷く。
「そう。気持ちを言葉にするのは大事よね。アンタならいつかは言うと思ってた。だから美憂ちゃんの相談はたくさん受けていたけれど励ますことは気軽にできた。異性は嫌いでも身内には甘い。私という例外がいい例ね。」
中高と生徒会の厳しい公務を支えて乗り越えた仲だ。
それなりの信頼関係があったらしい。ちらりと達也を見るとすでにソファーで爆睡していた。こいつはぶれないなと苦笑いをする。
「達也はどうだ。」
「この前のデートの時、改めて好きだと言われたわ。」
それは大きな進展だ!素直にお祝いしておこう。
「良かったな。今後は嫉妬とかで暴走しないようにお前が気を付ける番だ。」
「そうね。この前はごめんなさい。私が悪かった。今後は気を付けるわ。それはそれとして家の方の注意点があれば教えて。結構来ているとはいっても入ったことのない部屋もあるから。勿論入っちゃいけない部屋に入る気はないわ。」
別に今更この二人を疑うことは無い。
高価なものが無くなったとしてもこの二人なら自分から言うだろう。
俺は頼りにならない達也を放置して茜に全ての部屋を回って教えた。
「ふむ…。基本的に高価なものはこの金庫室にまとめてあって、空調と防火などの設備も万全なのね。じゃあ私たちここに近づかないようにするわ。」
「別にお前たちならいい。達也は番号も知ってるから何かあったら開けて中の物を使ってもいいぞ。それなりの金になるものが置いてある。」
俺の言葉にはぁと茜がため息を吐く。
「親しき中にも礼儀あり。でも地震とかになれば入らせてもらうわ。耐久力も高いんでしょ?」
「あぁ。中に巨大冷凍庫がある。その中には食べ物も保存してある。」
「普通の家に無い設備が多すぎよ。」
苦笑いされる。いやこの国は地震が多いから備えただけなんだけど…。
兎にも角にもやっぱり問題なさそうで安心した。
一通り説明してリビングに戻る。
今日の予定は指輪を取りに行った後、隣町の旅館で泊まりだ。
2週間ほど観光と宿泊を繰り返しながら移動する。
「宗司さん!」
リビングに戻ると美憂がこちらに振り替える。その表情は明るい。あの日以降、彼女はより魅力的な笑顔を見せてくれるようになった。
愛というものを自覚してしまったからかその笑顔は以前以上に俺にクリティカルに刺さる。パタパタとこちらに駆け寄ってくる姿も可愛い。
「うぐっ。」
「どうしたの?変な声出して。」
隣にいる茜に心配される。
「いや大丈夫。致命傷だ。」
「色んな意味でダメそうね。」
そんなことを話していると美憂が抱き着いてきたので抱きとめる。
「探しました!茜さんを案内してたんですね。」
「あぁ。ほらそこで爆睡している男はあまり使えないから茜にどこに何があるか説明していたんだ。」
俺の言葉に納得したように頷いた後、すっと離れる。
「一通り準備は終わりました。後は運ぶだけです。猫ちゃん達は自主的にキャンピングカーに乗ってくれたので今頃はごろごろしているかと思います。」
「了解。暖気してるから問題はないだろ。達也は?」
美憂は残念そうな物を見る目でソファーの方を見た。
どうやらまだ寝ているらしい。
「仕方ないわね。昨日は夜勤だったはずだから。許してあげて。」
茜がソファーに近づくと達也を揺らす。
「達也。約一年会えなくなるんだから頑張っておきなさい。」
多分無理だろう。あいつは一度寝ると中々起きない。
暴力的にいけば起きるがそんなに優しく声をかけておきるはずがない。
と思ったが達也はむくりと起き上がった。最悪蹴って起こそうと思ったのに。
「凄い。私が声をかけたときは無反応だったのに…。」
美憂も驚いている。
ふぁ~と伸びをして、達也はこちらをみて悪い悪いと謝った。
「夜勤で疲れているのもわかるから別にいいんだけど…。それよりもお前茜相手なら声だけでも起きれるんだな。」
「ん?あぁ。長い付き合いだからな。昔から寝ている俺を起こすのは茜だったから、きっと声を耳元でつぶやかれたら体が反応するんだと思う。」
こ、こいつ。完全に調教されてやがる…。
「次から達也さんが寝ていたら茜さんを呼びましょうか。」
「そうだな。」
達也は放置していると直ぐに寝て、しかも起きないという最悪の状態になる。よく遊びに来るがそれをやられると起こすのに苦労する。次からこの二人ははセットで呼ぼうと決めた。
「最悪電話でも起きるわよ。私だって仕事があるから。」
茜が苦笑いを向ける。
「録音は無理ですか!?」
達也の被害に一番困っている美憂が食い気味に茜に食いつく。
達也は俺が仕事があっても遊びに来る。それはいつもの事だったので俺はまったく気にしていなかった。しかし掃除の時などにいたるところで居眠りをしている達也に手を焼いているのを俺はよく見つけて蹴って移動させていた。
「やったことはないわね。今度録音しておくわ。」
「よろしくお願いします!」
うん。それがもし効いたら大分楽になるだろう。
「いやいや。普通に起こしてくれれば起きるぞ?」
そんな自分の事を全く理解していない達也の発言に全員がジト目を向けたのだった。
「それじゃ。留守を頼む。」
「よろしくお願いしますね。」
俺たちは車に乗り込む前に二人に頭を下げる。
「あぁ。」
「なるべく奇麗に保つようにするわ。美憂ちゃんには流石に勝てないけどね。」
いや茜だって家事スキルは高い。何もできない達也を世話するくらいには嫁としてのスキルは高いだろう。喧嘩さえしなければ家が荒れることは無い。次に会えるのは一年後になる。この二人の仲が更に進展していることを祈るしかない。
俺と美憂は二人に一時の別れを告げて家を出る。
家族は全員いるのを確認した。
ましろが美憂の膝の上に乗ってくる。
「先ずは婚約指輪だな。」
「はい楽しみです。」
横に座る美憂の表情は穏やかで幸せそうだ。
これから先の楽しい旅行に思いを馳せつつ、俺は車を運転するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます