捧げる覚悟

「私の両親は事故で亡くなりました。会社は役員の方が引き継ぎました。唯一の身内である私は恐らく彼らにとって邪魔な存在だったのでしょう。私は居場所を追われました。当然です。私に経営の知識はありません。将来的に会社を継ぐ誰かに嫁ぐためだけに家事を覚えたのですから。いや違いますね。先ほど居場所を追われたとは言いましたが私にも選択肢はありました。社長候補である50代の男性に嫁ぐことです。嫁ぐならこのまま家にいることも許すと言われましたが私は拒否しました。両親が死んだ時点で私は全てがどうでもよくなっていたからです。家を売り。両親のお墓周りに全てのお金をつぎ込みました。そして私は知らない土地に出た。地元とは正反対。新幹線で3時間の場所です。私は誰も知らない場所で死にたかった。」

ギリッと奥歯が音を立てる。

彼女はまだ若い。

両親が亡くなった不幸があったとはいえ、彼女に手を差し伸べられる大人はほかにも絶対いたはずだ。だがそんな大人は彼女の周りにはおらず、ただ彼女を苦しめた。その事実に俺は怒りをおさられそうになかった。

「両親は厳格な人間でしたがなんだかんだ私には甘かった。優秀な若い人間から私の結婚相手を真剣に探してくれていた。だからなんだかんだ幸せになれるんだろうと漠然に思っていました。恋をして、理想の家庭を築けると思っていた。ですが現実は非情です。結局次期社長になった男性は仕事は誰よりもできる人でした。でも女性関係であまりいい噂の聞かない男性で、私の30歳も上です。私も以前から面識はありましたが、その目線にいつも辟易としていました。私だって自我のある一人の人間です。我慢のできないこともある。ですが時間も限られていたし私にはもう取れる選択肢は多くなかった。この街に来て、いざ死のうとしたときに幸枝さんに救われました。」

幸枝さん。彼女はなぜか困っている人の場所に導かれるように現れて手を差し伸べる。

達也の父さんともそうして出会ったのだ。

俺も少し手は貸したが、彼女が不思議な雰囲気を持っているの確かだ。

「そして私は宗司さんに出会いました。最初は一目ぼれでした。社長令嬢として色々な男性と面識がありましたが、貴方と出会ったときに言葉にできない感情が生まれました。私は貴方に出会うために生まれたのだと確信しました。その時点で私には失うものがありませんでした。それならこの出会いに私は人生を捧げると決めました。ですがいざ貴方に結婚を申し込まれたとき私は不安になりました。私は貴方のように努力で勝ち取ってきた人間ではありません。だから貴方には相応しくない。貴方から沢山の事を頂いても私は何も返せない。そんな私と本当に結婚したいと思いますか?私が貴方ならこんな外れと結婚したいだなんて思えません。私から貴方に対して出来ることは愛で貴方の負担を少しでもサポートするくらいです。ハイリスクローリターン。貴方の人生の重荷にしか…」

言葉を遮り抱きしめる。

彼女の不安は分かった。

でも彼女は自分を過小評価している。

彼女が来てから俺の仕事効率は跳ね上がった。

去年の倍以上仕事を受けたのに体の疲労も全くない。これは彼女の存在自体が俺のモチベーションを向上させている事と、彼女の完璧なサポートがあってこそだ。

それを理解出来ないほど間抜けではない。

現に仕事の依頼も倍増している。

一人では処理できないくらいだ。

取捨選択する必要が出てきたのは困りものだが、これはうれしい悲鳴と言えるだろう。

であれば彼女の存在は俺に莫大な利益をリターンしてくれている。

これ以上必要ないほどにだ。

「宗…司さん…?」

彼女は涙を流してはいない。

でもその心は傷ついてずっと血を流している。

だったらその血を止められるのは俺だけだ。

思い上がりでもいい。彼女の為ならいくらでも格好つけてやる。彼女の為だけに俺は誰よりも背伸びをする。最高の旦那として横に居よう。

きっと俺の今までの努力は彼女を幸せにする為にあったんだ。彼女が俺の為に人生を捧げるなら、俺も彼女に人生を捧げてやる。

あぁそうか。この気持ちこそが愛なのか。

「愛してる。」

美憂の方がビックっと跳ねる。

「嘘です。そんな幸福なことあるはず…。」

「愛してる。年老いて死ぬまで俺の横にいてくれ。」

言葉を遮る。これ以上彼女自身に彼女を傷つけさせる言葉など言わせるわけにはいかない。

「だって私は…」

「俺の傍に居ろ。俺は必ず君を幸せにする。だから俺の隣に居ろ。君が死ぬまでに生まれてきて良かったって必ず言わせてやる。ここから先、君を不幸にさせる出来事等起きない。俺が必ず君を幸せにするから。」

傷ついた彼女の心に簡単に思いが届かないことはわかっている。なら何度でも伝えよう。

「愛している。大丈夫だ。俺は君以外見ない。知ってるだろ?俺は女性不信なんだ。だから俺の愛を受け取れるのはこの世界で君だけだ。今初めて誰かを愛する気持ちがどんなものか理解できた。君が俺に教えてくれたんだ。だから何度でも言うよ。俺は君を愛している。ずっと横に居て、俺を支えてほしい。俺も君を支えるよ。だから来年の大きい仕事が終わったら俺と結婚しよう。」 

肩が震えている。

その震えを止めたくて抱きしめる。

彼女に悲しい涙を流させることなんてしない。

これから先の人生で彼女が流す涙を嬉し涙だけにしてみせる。

「俺の嫁になってくれ。」

本心から伝える。今まで伝えなかった好きという言葉をもっと彼女に伝えよう。

彼女が不安にならないように愛を囁こう。

アニメだって、ゲームだって主人公なら恥ずかしいセリフを沢山言う。

俺の人生の主人公は俺で、ヒロインは美優だ。

なら恥ずかしいセリフだって恥ずかしくない。

「はい。幾久しく宜しくお願いいたします。」

涙声の返答に俺は腕の力を強める。

それはもう離すことはないという俺の気持ちの表れだ。

今本当の意味で初めて俺たちは夫婦になるための第一歩を踏み出す。そして今日から1から始めよう。

自分の気持ちを自覚した上での本当の恋愛を。



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