仕事納め
季節は11月末。
ついに雪が降り始めました。
宗司さんの仕事は大詰めで、私もデバック作業をお手伝いしています。
「この仕事が終われば今年は仕事納めだな。」
昼食の最中、伸びをしながら宗司さんが呟きました。
「今年も一年お疲れ様です。」
「あぁ。君がいてくれたおかげで満足のいく仕事が出来た。来年も忙しくなるが、支えてくれると大変助かる。」
「はい!勿論です!」
最近の宗司さんは出会ったころよりも体調がよさそうです。
こうやって感謝の気持ちを伝えてくれたりもします。
私も段々と宗司さんの求めている物がわかるようになってきた為か、最近は言われる前にサポートできるようになってきました。
来年は出向でまた環境が変わります。
その前に一度お墓参りに行きたいとは思いますが、私は未だに自分の事情を打ち明けられてはいません。
何より新幹線で約3時間の場所です。
この街とは真逆の方向。そこから逃げるように出てきた私に帰る権利などありません。
それはそれとして好きな人に自分の事情を話さずに結婚なんて卑怯が過ぎると思います。
以前、彼には結婚までは話さないと伝えてしまいましたが、ここにほぼ身一つで逃げてきた事情だけは婚約前に話さないといけないでしょう。それが誠意を見せることだと私は思います。
「美憂?」
はっと顔を上げると宗司さんが心配そうにこちらを見ていました。
「すいません。ぼぉっとしてしまいました。」
「なんかあったか?」
「いえ。大丈夫です。」
「そうか。だが何かあれば話してくれ。君とはこれからも一緒に居たいと思っている。我慢していることや心配事があるのなら何でも話してほしい。」
どうやら心配をかけてしまったようです。
やはり悩みや不安は早めに解消した方がお互いの為かもしれません。
でも今は仕事も大詰め。この話は仕事納めの後にしたいと思います。
「最近美憂がぼぉっとしてるんだ。」
「喧嘩でもしたのか?」
今日の仕事を片付けた俺は喫煙ルームで達也に電話をしていた。
最近タバコは全然吸っていないが、ここは美憂も入ってこないので電話には丁度いい。
それはさておいて電話先の達也は的外れなことを言う。どうやら心当たりは無さそうだ。
「茜からは何か聞いてないか?」
「いや、何も。茜は特には言ってなかったな。アレじゃないか?婚約前のマリッジブルー。」
マリッジブルーか。成程、達也にしては一理ある発言だ。
「そういえば美憂の実の両親の事を俺はあまり知らない。今は故人で元社長ということだけだ。達也は知っているか?」
「すまん。俺も似たようなもんだ。だけどぼぉっとしている理由はそれだよ。お前今年の仕事納めはまだだろ?だから話すタイミングを伺ってるんだって。たぶん、恐らく?」
はっきりしないやつだ。
でもそうか。確かに彼女には何か事情がありそうだった。
彼女が今どういう状況であろうと関係を解消する気は俺にはない。
たとえどれだけ大きな事態でも解決するために奔走するだろう。
大抵の事は金で何とかできる。
これが壮大な結婚詐欺であった場合は人間不信が加速しそうだが、俺は彼女を無条件で信じて助けるだろう。
ここまで尽くしてくれている彼女に少しでも報いたいと思っている。
「それで?事情を聞いた後はどうするんだよ。」
「決まってるだろ?俺に解決できないことはあまりない。大抵のことは金という暴力でなんとするさ。それに彼女の両親の墓前に挨拶しにいかないと笑って結婚なんてできないだろ。」
「言ってることは格好いい。けど解決の仕方がお金というのがなんか嫌だな。でもお前らしいわ。とりあえず何かあったら言ってくれよ。お前と違って金はないけどお前の親友だから出来うる限りで手を貸すよ。」
こいつは本当にいいやつだ。こいつが親友でよかった。
「あぁ。その時はよろしく頼む。」
「あぁ。」
電話先から茜の声が聞こえる。
一緒にいたのか。言ってくれれば良かったのに。後が怖いじゃねぇか。
俺はとりあえずまた連絡すると電話を切った。
仕事納めまでにはあと三日ほどある。
気になることは多いが俺は一旦考えるのは止めてまずは仕事に集中すると決めた。
それからの三日間はあっという間に経ちました。
今は宗司さんが最終チェックを行っています。
私はお疲れ様の意味を込めて、少し豪華に夕食を作っていました。
「美憂。すまん。待たせたか?」
時刻は18時。今回の仕事のボリュームを見越して設定した時間丁度で宗司さんがリビングに顔を出しました。
「いえ。予想通りの終了時間です。ちょっと豪華にしてみましたよ。一年お仕事大変お疲れ様でした。」
食卓には宗司さんがこの約一年で特に気に入ってくれた物を並べています。
そして頂いたお給料から購入したワインをワインセラーから取り出しました。
「最高かよ…。」
どうやら感動してくれたようです。
この表情だけでも頑張ったかいがあります。
宗司さんは美味しい美味しいとたくさん食べてくれました。
「マジで最高だった。やっぱり外食より美憂のご飯の方が好きだよ。」
「有難うございます。そう言っていただけると作ったかいがあります。来年からも色々作りますので好きな料理があったら教えてくださいね。」
「いやマジで全部好きなんだけどよろしく頼む。」
「はい!」
彼に頼まれると何でもやってあげたくなってしまいます。
でもこの感情は彼を好きだから抑えることは出来ませんししょうがないです。
今日は食器が多かったので宗司さんも運ぶのを手伝ってくれました。
名義上これは私の仕事なのですが宗司さんはあまり気にしていないようです。
こういう思いやりが私を嬉しくさせます。
食器を洗浄機に入れた私たちはリビングのソファーに座りました。
少し緊張します。でも話すなら今と私は口を開くのでした。
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