1人の青年の回想

小学生の頃、母親が出て行った。

理由は不倫だ。小学生の頃はその行為をよく分からなかったが、母親が大好きだった俺には大きなトラウマになった。

昨日まで俺に笑いかけていた存在が冷たい目で別れを告げる。こんなことは世界ではありふれた事だ。

そんなことは分かってる。でも血が繋がった人でも裏切るのだから誰も信じられなくなるのは当たり前だ。

だからそれまで仲良くしていた茜を俺は突き放した。信じても裏切られるならそんな関係は要らない。俺は茜のことが好きだったから尚更強くあたるしかなかった。

これ以上好きになるわけにはいかなかった。

そう思っていたのに茜は俺を1人にしなかった。

何度突き放しても茜は泣く事も一切なかった。

周りと疎遠になっても俺の隣に居続けた。

中学に上がる頃には諦めた。

俺もバカじゃない。茜はきっと俺のことが好きなのだろう。気持ちに応えることは出来ないけれど友達でいる事くらいはできる。

そんなある日、彼と出会った。

風間宗司。類稀なる天才。

運動神経抜群、学年一位、金もあるし顔もいい。難があるのは性格のみ。

彼は誰ともつるまない。放課後はすぐに帰るし、学校にいる間は休み時間もひたすら勉強していた。そんな感じだから浮いていたし、イジメの対象にもなっていた。

だが虐められれば精神的にも肉体的にも完膚なきまでに叩きのめすという狂犬だったが故に、彼は1人の地位を確立していた。

彼にやり返された生徒は不登校になり退学までしても恐怖で外を歩けなかったという噂もある。事実かどうかはこの際置いておく。

後から本人から聞いた話だが、帰ったら仕事があるから勉強は学校でしていたらしい。

天才は天才でも努力の天才だったのだ。

本当に中学生とは思えない男だった。

そんな彼に茜が近づいたと聞いた時、不思議と嫉妬とかはなかった。友達として少し心配はしたが彼女は人を見る目もあるし頭もいい。

危険に自ら突っ込むことはしない。

色々と計算した上で何かあったんだろうというくらいに思っていた。

「生徒会をジャックするわ!」

突然そんな事を言い始めた茜に俺は困惑した。

ウチの学校の生徒会は生徒会長のみ選挙で決定し、生徒会長が残りを指名する。

基本拒否権はない。

茜は一年生にして学校でも美人の秀才と有名だった。当然人気もあったので当選確定と言われていた。だが謎なのはその人選だ。

学年1位の宗司が会計で俺が副会長。

逆だろ?と思ったがなってしまったものは仕方ない。俺は宗司と茜と三人で行動することが増えた。

宗司は噂とは違い身内には甘かった。

本当に噂というものは当てにならない。

人付き合いが苦手ではあるが会話をすれば普通に面白い。気づけば普通に友達になっていた。

だが宗司は他に友人を作らなかった。

金を持っているせいかそれ目的に近づいてくる人間が多かったらしい。

『親は好きだが俺の方が長生きする。だから死ぬ時は1人さ。』

中学3年の卒業時に宗司が俺に言った言葉だ。

茜は自分の力で状況を打開できる強い人だ。

だから宗司に友として認められたのかもしれない。俺は物欲もないしお金にも興味はなかったのでじゃあ俺が看取ってやるかと思ったのを今でも覚えている。

高校生に入った俺たちは変わらずに仲良くしていた。2年生になる直前で彼に恋人ができるまでは彼は少し丸くなっていた。

後から聞いた話だ。冷たくしていたがしつこく告白してきたから本気かもしれないと根負けして付き合ったらしい。だが付き合った一週間後には本性が出たらしい。

あっさり別れた彼は恋愛はもういいかなとぼやいていた。その女子は学校で猫をかぶっていた。茜はだからやめとけって言ったのにと呆れていたが直ぐに自分の横に宗司を置いた。

そして圧倒的な票数で生徒会長になり、また俺たちを指名した。

宗司は仕方ないなと苦笑いをしながらも茜に従い、俺もそれに従った。

高校三年間はこの2人との生活だけが鮮明に記憶に残っている。いろいろな事があったが俺達は常に一緒に解決した。

卒業式の日、俺は茜に告白された。

頷こうとするとズキリと心が痛む。

そのまま過呼吸になった俺は目を覚ますと宗司の家のソファーにいて隣には茜と宗司がいた。

その目は赤く腫れていた。

申し訳なさに心が痛む。

謝ると付き合えなくても死ぬまで一緒にいると言われた。

俺以外の男と幸せになって欲しいといいかけたところで宗司に殴られた。初めての事だ。

その言葉だけは言うなと怒鳴る宗司は真剣に俺達の事を考えてくれているのがわかった。

だからもう少しだけ待ってほしいと伝えた。

何度も好きだと言おうとしたがその度にフラッシュバックする。

もう何年も同じ事を繰り返していたので正直諦めた。俺がお一人様を貫いているのはそういう理由だ。

好きな女に好きと言えない体になってしまったのだからお一人様以外の選択肢はなかった。

転機になったのは1人の少女だった。

その女の子は宗司を宗司として見て好きになったらしい。正直驚く。普通なら玉の輿とか少しでも考えるだろう。

推しに似ていたというアドバンテージもあったとは思うがあの宗司があっさり落とされたのを見た結果、俺も心変わりをせざるを得なくなった。

男は度胸ともいう。

好きと言うのはまだ難しい。

だから付き合うかと伝えた。

ちょっと早まったかな?と思う部分もあるがやっぱり好きだしいつかは言いたいなと俺は考えている。


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