二組の夜①

しっかり楽しんだ俺たちは今取り敢えず部屋にいた。部屋は二部屋取ったから寝る時は別れることになる。

だが寝るまでは4人でいても問題はないらしい。

取った部屋はもちろんスイートルームだ。

こんなに広いのに定員が2名は解せぬ。

こんな豪華な旅行はいくら金があっても4、5年に一回だろう。

流石の俺も今回はやりすぎたと反省している。

美憂と茜は色んなところで写真を撮っている。

やっぱり女の子はこういうのが好きなんだなぁと思った。美憂を見ているのも楽しいが今は決めることがある。

「で?どうする?」

「順当に考えれば男と女だろ。」

「まぁな。」

「とは言え茜次第だが俺は茜と一緒の部屋でもいい。」

「お前…。」

「俺だって覚悟を決めるタイミングだろ。だってお前に恋人ができたんだぜ?いつまでも3人っていう不文律は崩れ去った。」

「そうか。止める気はない。俺はお前とも楽しいし美優とも楽しい。彼女ができたからといって親友を蔑ろにする男ではない。」

わかってるよと達也が苦笑いをする。

「思えば俺たち3人はいつも一緒だったからな。10年以上だ。色んなことがあったな。」

達也がワイングラスを傾ける。

「あぁ。だからこそちゃんと決めるとこは決めるって信じてるさ。」

俺の言葉に達也は笑う。

「当たり前だろ。」

「日和るなよ。」

「俺を誰だと思ってんだよ。」

グラスを合わせて俺たちは笑い合った。


「勿論それでいいわ!私は達也といる時はいつだって勝負下着よ!」

ドン!と胸を張る茜に俺と達也は苦笑いを浮かべる。そして美憂は耳まで真っ赤である。

うん。この意味のわからない空気で唯一の癒しがここにあるわ。

「じゃあ…はい。」

鍵を差し出すと茜は鍵を受け取る。

「じゃあここで解散ね!勝負はディナーから始まってるから。行くわよ達也。」

「あぁ。」

立ち上がる達也に俺は拳を向ける。達也はその拳に自分の拳を合わせた。

「俺…食われねぇかな?」

声が震えていてちょっと格好つかない。

「甘んじて受けろよ。8年待たせたんだから。」

「お、おう…。」

頑張れ友よ。

やはり先に童貞を卒業するのは君だったか…。

俺は苦笑いしながらその背中を見送った。


「行ってしまいましたね。」

「あぁ。そうだ。これさっき買ったやつ。」

丁寧に梱包された袋を取り出すと美憂に渡す。

「わぁ!ありがとうございます!開けていいですか?」

「どうぞどうぞ。」

袋から出てきたのは白の下地に黒の淵、この遊園地のキャラクターのラフ画が描かれた派手すぎないが可愛いシュシュだ。

「わぁ…!素敵なシュシュ…。ありがとうございます。大事に使いますね。」

そう言うと今つけてるシュシュを外して、手慣れた手つきで髪につけると背中を向けてくる。

「どう…ですか?」

「あぁ。凄くよく似合ってるよ。」

「えへへ。」

ハニカム顔に心臓が跳ねる。

ぐっ…推しが可愛すぎて今日も辛い!

それにしても綺麗な黒髪だ。

やはり日本人たるもの長く黒い黒髪が至高だな。完全に偏見だけど。

うんうんと頷いていると美憂が俺に抱きついてきたので、俺は背中に手を回して優しく抱きしめる。

特に何もせずに時間が静かに流れる。

でも気まずいとは思わない。

無理に会話を探す必要もない関係性。

お互い自然体でのんびり過ごせるという関係。

これも一つの幸せなんだと俺は理解した。


スイートルームはとにかく痒いところに手の届くサービスの良さだった。

さすが一泊50万もするだけある。

専属のコンシェルジュが色々とやってくれる。

ディナーの手配から記念撮影までなんでもだ。

もし俺達の関係が続いて子供ができるようなことがあれば、絶対にまた泊まろうと思った。

いや子供とか俺にはまだちょっと考えられないけどきっと俺は美憂に確実に惹かれてる。

進みは亀より遅いけど、なんとなくこれが恋かと理解はしてきた。

付き合ってから約半年。

俺は一度も不快感を感じていないのも大きい。

美憂は常に俺が生活しやすいように色々なところに気を配ってくれている。

お陰で仕事のクオリティが段違いだ。

先方からもなんか変わった?と言われることが多くなった。

体調もすこぶるいい。これは美憂が常に栄養を考えて食事を作っているおかげだ。

そして常に部屋が綺麗なので部屋の空気がいいのかもしれない。

そして格段にタバコの本数が減った。

今では吸わなくても良い日が出たくらいだ。

ヤニ切れのイライラが美憂の癒しで相殺されているのかもしれない。

仕事を優先しているから他の恋人よりはるかにイベントやデートも少ないのに、彼女は不満の一つも言わない。

今だって俺の腕の中で気持ちよさそうに頬擦りしている。特に何も言ってこず、これだけで幸せそうだ。

もしかしなくてもこれ以上の結婚相手は居ないのではないだろうか。

結婚願望など無かったが相手がこれだけ俺に寄り添ってくれてるならありなのか?

だが今すぐという決意は出ない。

取り敢えず婚約して一年…いや二年…。

俺たちはそれでも20代中盤だ。

じっくり時間をかけたいというか俺に甲斐性が無い…!

「なぁ美憂。」

「なんです?」

どことなくトロンとした目が俺を見つめる。

「俺に不満はないのか?」

「不満…不満…?」

美憂は困惑した顔でちょっと待ってくださいと顎に手を当てて何かをぶつぶつ言った後に顔をばっと上げる。

俺と目が合い、そして何故か顔が真っ赤に染まった。

「あっ…えっと…くれないところ。」

ごにょごにょと美優が何かを呟くがよく聞き取れない。

「す、すまん。よく聞き取れなかった。」

美憂が耳まで真っ赤になりあうあうとした後にぎゅっと小さな拳を作る。

「あ…えっと…だからですね?手を…出してくれないところ…でしゅ。」

噛んだ。致命的なところで噛んだ。いや、うん可愛いけど俺も少し頭が混乱している。

そ、そうか。俺達はいい大人だ。

半年も同棲みたいな生活をしているのに手を出していないのはもしかしなくてもおかしいのかもしれない。

もしかしてそれで彼女は不安に?

童貞を拗らせてその行為は俺の中で神聖化されている。結婚してからとか悠長に考えていたが手を出さない事自体が失礼にあたるのか?

よくわからんがとりあえず冷静になるために深呼吸をする。

「今日は…無理だ。準備がない。そういう行為は今後の関係性を考えてからだ。だから…」

美憂の肩に自分の手を置く。

「12月24日。君の誕生日に婚約指輪を買いに行こう。それくらい本気で君とのことは考えている。それで来年一年は忙しいから再来年に結婚をと考えている。その時が来たら俺とけ…結婚してくれないだろうか。俺を公私共に支えてくれる君をきっとこれから先好きになっていけると思っている!」

よくわからん言い方しちまったー!

でも無理だ。もはや勢いで押すしかねぇ!

今俺は少しずつ幸せってこういうものかもって分かってきてるけど恋愛初心者だ。

結局キープみたいなことを言ってる自分が情けない。だがこれが今の精一杯。

というか自分が結婚してるビジョンがまだ明確じゃないから考える時間が欲しい。

でも美憂を悲しませたくもない。

手は…まだ出せん…!

目を瞑る。返事が怖い…。付き合う時も婚約の申し込みもキープのような言い方では愛想を尽かされてもしかたない。

その時唇に柔らかい感覚があった。

目を開ける。美憂の目からひとすじの涙が流れる。やばい泣かせた!?えっ、でもキスはどういうこと?

心臓がバクバクと跳ねて破れそうだ。

そして美憂が離れる。

頭が真っ白で何も言葉が出てこない。

「幾久しく…よろしくお願い致します。」

そう言って美憂が微笑む。

女性の涙を初めて綺麗だと思った。

流れる涙を手で優しく拭う。

これからきっと俺はこの子の事をもっと大事に思うだろう。

愛してるの本当の意味を知った時、俺は必ずそれを彼女に伝えると心に決めた。

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