推しと打ち上げ②

『かんぱーい!』

グラスのぶつかる音。

楽しそうな笑い声。

美憂は女性たちに連れ去られて俺は男共に囲まれていた。この展開はなんとなく予想できた。

佳奈には美憂はお酒が強くないから軽くならいいけど基本はソフトドリンクでと伝えてある。

こういう時アイツはちゃんと周りを見ているので心配はしていない。

「宗司さん!結婚おめでとうございます!」

いやまだしてない。

「流石宗司さん!あんな美女捕まえちゃうなんて俺達オタクの星!」

捕まったというより捕まえられちゃったんだけど…。

「でも俺は心配ですよ…。あんま宗司さんの彼女を悪く言いたくないっすけど宗司さん金持ちだし金目的では?ってさ…。」

おっ、こいつとは話が合いそうだ。

『で?馴れ初めは?』

はぁとため息を吐く。

どこから突っ込めばいいかわからん。

「まぁ待てお前たち。一気に聞いてもダメだろ。女嫌いのコイツが身を固める決心をしたんだぞ?さぞかし深いドラマがあったんだろ。」

そう言って俺の前にドン!と座ったのはイラストレーターのトップ。

榊慎也(さかきしんや)だ。

30歳で年長である。

この中で唯一の既婚者。

俺は彼の絵が好きで尊敬している。

「はぁ。慎也さん。ハードル上げないでくれますか?ドラマとかないから。」

「まぁそうか。推しだから…だろ?わかる。美麗を書いたのは俺だ。まさか2次元から飛び出してくるとは思わなかった。2.5次元が実在するとはな。びっくりするほど良く似てる。」

ゴクゴクと酒を煽る。

「で?好きなの?」

「…。」

「黙秘か。やっぱりそんな感じね。予想通りすぎて草。」

ドンと置かれるグラスに酒を注ぐ。

「えー?どういうことすか慎也さん?」

若手の質問に慎也さんは俺から言えることはねぇよと返す。

「正直俺は貴方に会いに来たんすよ。俺の周りで唯一結婚してる貴方に。あとこの中にいる彼女持ちに。」

慎也さんは酒をグビグビと煽る。この人は本当に酒好きだ。酔わせた方が口の滑りも良くなるだろう。

「彼女持ちなんてこん中にいるわけないじゃないっすかー!」

あはははと笑いが起こる。

「でも安心してください!こん中に宗司さんの彼女に手を出そうなんてやついませんよ!」

「そうそう!色んな意味で格が違うもん!」

「負け犬になりたくない!」

「陰キャしかいない。」

うん知ってた。目の前にドンとグラスが置かれる。とりあえず注いでおく。

遠くからは女性陣のキャーキャーという声がする。なんだか頭が痛くなってきた。

「で?何が聞きたいって?」

「貴方にとっての好きってなんですか?」

俺が一番聞きたかったことを聞く。

「あ゛?あぁ…俺の場合はコイツとの子供が欲しいなって思う事だ。つうかどう思ったら好きって答えはねぇだろ。俺はお前らと違って色々恋愛をしてきた。ドキドキするーとか、目で追っちまうとか、夢に見るとかさ。自分がもしかしたら好きなのかも?って思ったら好きなんじゃね?でも色々付き合って気づいた事がある。俺は俺の子供を産んで欲しいと思ったのは1人だけだ。だから結婚した。一生一緒にいるなら最優先は性格。第2に体の相性。そして最後にオタクである事。」

グビグビと飲む。いやいや強すぎんだろ。

一気3杯目はやりすぎ。また注ぐ。

「急に生々しくなった…。」

「最後にオタクである事が出てきてなんか安心しました!」

「ここには童貞か素人童貞しかいないのに。」

外野の声を黙らせるようにグラスがドンと置かれる。また注ぐ。

「俺たちはオタクだ。だがオタクだって夢を見るのは自由だろ!?オタクに優しく、気遣ってくれて、子供まで産んでくれたらそれ以上に求めるものがあるか!?ねぇよな!?」

周りも盛り上がる。なんか徐々に下ネタになっていきそうな気がする。

まぁでも好きの形は人それぞれかとタバコに火をつけて顔を上げると佳奈が慎也さんを見下ろしていた。

「あっ…。」

ガツンと音がした。

佳奈の鉄拳が慎也さんの頭に落ちたのだ。

「痛ぁぁぁ!!!」

振り向く慎也さんの顔が青くなる。

「しゃ…社長…。」

「声がでかい。女性陣もいるんだからそんな言動を大声でするな。早苗(さなえ)さんに言いつけるわよ?」

顔が笑っているが目は笑っていない。

ちなみに早苗さんとは慎也さんの奥さんだ。

「す、すいませんでした。」

綺麗な土下座だった。慎也さんは早苗さんに弱い。母性に溢れた綺麗な女性だった気がするんだが、しっかり上下関係ができているのかもしれない。

俺が苦笑いをしていると佳奈は溜息をついた。

「宗司はこっちに来なさい。」

「いや今タバコに火をつけたばっかだから。」

「来なさい。」

「はい…。」

火を消して立ち上がる。圧が強い。怖すぎ。

俺が女性陣の方に向かうと美優と目が合う。

美憂の顔がぱぁっと明るくなる。

俺が座ると美憂は体を寄せて腕を組んできた。

女性陣からキャーキャーっと黄色い声が上がる。俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


飲み会が終わり別宅に案内された俺、佳奈、美憂はとりあえず飲み直すかとリビングにいた。

「まぁ美優ちゃんが宗司のどこが好きになったかは分かったわ。良い子みたいだし、宗司にもいい影響を与えるでしょう。だけど宗司はどうなの?正直に言わせてもらえれば女性を好きになるビジョンが見えない。」

そう言うと佳奈はワインをちびちびと飲む。テーブルの上には美憂が用意したつまみが並んでいる。本当に俺には勿体無い彼女だ。

「痛いところをつくな。確かに俺は恋の駆け引きも、気の利いた言葉も、好きも愛してるもわからない童貞だ。性欲はあるけどそれを3次元に向けたことがない。それくらい二次元が好きだ。だけど今日慎也さんの言葉で一つわかったことがあるんだ。」

俺は酒の力を借りるためにグラスに並々注がれたビールを一気に煽る。もちろんこれは酒の力を借りるためだ。

佳奈がひゅ〜と口笛を吹く。

美憂の視線を感じるが恥ずかしいから見ない。

グラスを置く。

「好きの形は人それぞれだと。だから俺の好きな形も俺にしかわからない。だから美憂との生活で見つけるよ。そしてそれを見つけてちゃんとプロポーズをする。今はそれだけだ。」

「宗司さん…!」

美憂が俺の腕に抱きつく。

いい匂いで頭がクラクラする。

「いいわね。私としてはアンタが仕事に集中できる環境を整えられる様な女性が、アンタの横にいるのは頼もしいわ。アンタは無駄に金があるから変な女なら止める気だったの。私とアンタは戦友と書いて友と呼ぶ関係だからね。でも問題もなさそうだしいいわ。早く結婚しなさい。」

そう言うと佳奈が立ち上がる。

「帰るのか?」

「ええ。ベッドを汚すのは自由だけどちゃんと掃除してね。アンタ達がこっちにいない時は私もたまに使うんだから。」

「あぅ…。」

「まだしねぇよ!?」

佳奈はニヤリと笑う。

「童貞なんて取っといても仕方ないでしょ。捨てときなさいよ。」

そう。俺はこの約半年キスはしても本番はしていない。童貞に刺激が強すぎる事は勿論沢山あったが体の関係は泥沼になりそうで怖かった。

それに中途半端な気持ちでしたくはない。

「私達はゆっくりでいいんです。だって私は隣に居られるだけで幸せだから。」 

美憂の言葉にドキリとする。

「そういう事だ。いつかはするだろうけどそれは今じゃない。それに今は仕事に集中したい気持ちもあるから。」

「そ。まぁ外野が口に出す事じゃないわね。美憂ちゃん。ご飯おいしかったわ。宗司をよろしくね。また来るわ。」

「はい。いつでも来てください!」

佳奈は美憂にウインクを送って家から出て行った。

「行っちゃいましたね。」

美憂が少し寂しそうに扉を見つめる。

「仲良くなれそうか?」

「勿論です。なんかお姉ちゃんがいたらあんな感じかなって思いました。」

「そうか。良かった。」

美憂が自分の仕事仲間と仲良くできそうで俺は安心した。これからも長い付き合いになるのは間違いないし。

「それより宗司さん。」

「ん?」

美憂が至近距離まで近づくと耳元で囁く。

「私はいつでもいいですよ?」

ドキリと心臓が跳ねる。

俺は美憂をソファーに押し倒すと貪るように唇を奪う。誘惑に対するちょっとした仕返しだ。

その後、生殺しですよとジト目を向けられて申し訳ないと頭を下げるまでがセットだった。

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