推しと打ち上げ①

『お疲れ。無事に発売日が決まったよ。打ち上げをするけどもちろん来るよね。君の嫁も一緒にさ。あっ因みに今週の土曜日。勿論ホテル代はこちらで待つよ?』

『欠席します。』

『私が悪かった。参加してください。』

『わかった。』

『ちゃんと連れてきてね?』

『断る。』

一方的にチャットを打ち切ると俺はため息をついた。


あの地獄と楽しかった社員旅行から4ヶ月の日々が流れた。

季節はもう秋。過ごしやすい季節だ。

大きめの仕事が入った事もあり、デートをしている暇もなく、今年のコスプレイベントも厳しそうだ。解せぬ。

そんなこんなで俺と付き合っていて楽しいのか?と疑問に思いながら日々を過ごしているのだが美憂はいつもニコニコ楽しそうだ。

仕事を理解してくれる彼女。

なんて素晴らしいものか…。

そんな日々を送っていた今日この頃、春ごろに地獄を作り出したイラストレーターからチャットが来たので俺は美憂に話す事にした。

「美憂。今週土曜日に予定ができた。あまり君を連れて行きたくない。あっ勘違いをしないでくれ。特殊な奴がいるからだから。」

「予定ですか?内容は?」

「4ヶ月前の地獄を覚えているか?そこのシナリオライターから連絡が来た。発売日が決まったから打ち上げをするって話だ。」

「あぁ…。仕事であれば仕方ないですね。分かりました。」

少し寂しそうな顔に俺は頭をかく。

「君に隠し事は一切しない。シナリオライターは腐女子だ。いい意味でちょっと狂ったシナリオを書くから俺と仲はいいが、断じて男女の仲になったこともない。そいつが君を連れてこいとは言ってるが残念なやつだから会わせたくない。他意はない。」

わざわざ言わなくてもいいことを言っているのは理解している。だが隠すよりもハッキリ伝えるのは完全に俺の自己満だ。

普通はわざわざ仕事相手とはいえ女性いる飲み会にいくなど彼女に伝えないだろう。

「俺に彼女が出来るなど、俺を知ってるやつなら天変地異の前触れだと捉える。あまり君に心労をかけたくない。」

「お泊まりですよね?」

「そうなるな。」

「そうなると猫ちゃんが心配という事ですよね?」

「トラ意外は特に心配はないと思う。ていうか今までもこういう時はトラだけ目の前に自動餌やり機を設置してたから。ほぼ不動のトラもトイレだけは動くから問題ない。」

「じゃあ私が行っても問題なしってことですよね?」

弄られるのは面倒だ。

だが美憂が乗り気ならいいか。

男は度胸ともいうしな。

「わかった。一緒に行こう。君も作業をしていたんだから打ち上げに参加する権利がある。」

「有難うございます!」

美憂が抱きついてくる。

メリハリのある柔らかい体にドキドキとしてしまう。二次元にしか興味が無かった数ヶ月前がが懐かしい。今までは無感情でいられたのにどうにも美憂相手には無理らしい。そしてこのスキンシップは童貞には毒である。

こうして俺達は地獄を共有した戦友達との打ち上げに向かう事になった。


「来たね!残念なイケメン君!」

ドン!と勢いよく扉が開く。

驚いた美憂が俺の腕に抱きついてくる。

満面の笑みで登場したのはスタイルは良いが目の下にクマのある残念な美女。

俺達がいるのは新幹線で1時間もかかる場所にある彼女の会社の会議室である。

「そしてその嫁…美…麗…だと!?」

まぁ似ているしゲームを知ってる人はそうなるだろう。わかる。だがあえてスルーする。

「リアルでは久しぶりだな。美人が台無しのクマも変わらずか。お互い大変だな。佳奈。」

冨樫佳奈(とがしかな)。

シナリオを書けば飛ぶように売れる鬼才。

彼女のシナリオを慕うものたちが集まって産まれたのがこのゲーム会社である。

残念な事にプログラマーには恵まれずそこだけ外注ではあるが、そこを除けば一流の集まりである。

初めてここの仕事をしたのは3年ほど前になる。

その時の打ち上げからの付き合いで、俺たちはオタクという意味で直ぐに意気投合した。

「そ、そ、そ…。」

「そ?」

「そんなことよりその美女を紹介しなさいよ〜!!!!!」

会議室に響く声。声でか!っと思ったが俺はまたもやスルーする事にしてコーヒーを飲んだ。


「神宮美憂です。よろしくお願いします。えっと宗司さんの彼女です。」

「私は冨樫佳奈よ。一応この会社の社長をやってるわ。そこの残念なイケメンとは仕事だけの関係だから邪推しないでね?距離が近いのはオタクとして趣味があいすぎる故の距離感だからさ。お互いに恋愛感情を持ったことはないからね?」

「は、はい。わかりました。」

類は友を呼ぶとはいうが彼女にも恋愛をしない理由がある。

その見た目故か、彼女をファッション扱いしようとする男が寄ってくることが多いらしい。

しかも寄ってくる男は派手な男が多くオタク趣味を理解してくれることも無かった。

その内男嫌いが加速した結果、彼女は見事に仕事人間となった。

俺達はお互い仕事に生きる同盟だった。

「いやぁそれにしても見れば見るほどリアル美麗だね。そしてそこの残念イケメンが選んだということはきっと内面もいいんだろう?となると私も末長くよろしくしたいね。何せ私にはそこの残念イケメンが必要だからさ。」

「宗司さんは私のですよ!?」

美憂が俺の腕に抱きつく。

柔らかい感触といい匂いに頭がクラクラする。

「あははは!恋愛の意味じゃないって!そこの男は私に恋愛感情を抱かない。だから気兼ねなく借りをつくれるんだ。ほら普通にしてると私は美人だろ?しかも社長だ。だから色々あるのさ。宗司はね私にとっては戦友なんだよ。数々の地獄を共に走り抜けた友達。それ以下でもそれ以上でもない。それにしても彼女ねぇ。」

佳奈が面白いおもちゃを見つけたという目線を向けてくる。

「いいからほら、本題があるんだろ?わざわざ店集合じゃなく会社に呼んだってことはさ。」

詮索は無用だと会話を変える。

「ふふ。そうだね。どうせ飲み会となれば君のことが大好きなウチの社員たちが馴れ初めとかを聞き出すだろうし先に仕事の話をしちゃおっか。来年ウチで販売してるゲームたちをクロスオーバーさせた格ゲーを出そうと思ってる。その3Dモデルをお願いしたい。あとプログラムの方もちょっと噛んで欲しいんだよね。」

格ゲーかぁ。好きなキャラは多いけど格ゲーはそんなに熱意が湧かない。

「モデルはやる。プログラムはやる気が湧かない。それとも口説き落とす為の秘策でもあんの?」

佳奈が首を振る。

「秘策はないよ?君が受けてくれれば仕事が早く終わる。だからこれ。」

佳奈は引き出しを開けるとドサ、ドサと紙の束をだす。そして手を広げた。

「見たくない?鬼才と言われた私が溜め込んでるシナリオ。まだ世界に出てないものだよ?この中から一つ、君が声と映像を付けたいと言ったやつをアニメ化してあげる。君の大好きなアニメ制作会社でね。既に話はつけてある。」

なんだよそれ…

「めっちゃ見たい!!」

佳奈がニヤリと笑う。

「交渉成立だね。それでもう一つ頼みがあるんだ。君の為に私の私財で建てた別邸がこの会社の近くにある。猫と彼女と共に来年一年間出向してくれない?」

一年の出向期間中は他会社からの依頼は受けられない。昔なら痛手だが纏まった所持金がある今ならそれはデメリットではない。

だけど出向となれば嘱託扱いだから縛りも増える。

「君も知ってると思うけど俺は最近は趣味の時間も作っている。それに美憂との時間も大事にしたい。2人の時間が減るのは勘弁だ。」

「週休2日は約束する。基本はリモートで良いけど切羽詰まった時は出社してもらう。その際に美優ちゃんを連れてくるかは任せるよ。今回の地獄で私たちも色々と学んでね。プログラマーを集めたいと思った。君には面接官兼指導員を頼みたいんだ。信頼できる君にしか頼めない。給料は言い値を払うよ。」

美憂の耳元に口を近づける。

(どうする?)

(イチャイチャできる時間を作れるなら私はいいです。猫ちゃんも連れて来れるみたいですしね。それと提案として私たちが家にいない間に達也さんと茜さんに同棲生活をしてもらうのはどうでしょう。)

(君も面白いこと考えるね。今の所、今年の仕事納めは11月。ここに来るのが1月と考えても色んなところに泊まりながらキャンピングカーで旅行するのも楽しそうだ。)

(運転大変では?)

(1日の運転時間を少しずつにして一週間くらいかければ苦じゃないよ。色んなところ寄って観光もすれば思い出にもなるだろ?)

(賛成です!)

「話は決まった。給料は出来高払いでいい。金には困ってないから。こっちの到着は1月10日でいいか?旅行しながらキャンピングカーを持ち込むから。」

「OK。給油代は領収書切ってね。それくらいは出すから。じゃあ決まりという事で。」

俺と佳奈は立ち上がり握手をした。

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