舞い込む仕事は地獄の始まり②
同衾事件から一月が経った。
仕事はいまだに中盤と言ったところだ。
ぐすっぐすっと鼻を啜る音が聞こえる。
わかる。親友カップルの最後のシーン。
胸が痛くなると共に主人公が覚醒する終盤に向けて盛り上がる最高のシーンだ。
涙無しでは語れない。このゲームが発売されたらきっとここが一番の胸熱シーンと語り継がれる事だろう。
「選択肢を変えたらこの2人を救えないんですか!?」
「わかる。だが、その未来はないんだ。」
「そんな…。」
「ファンディスクに期待しよう。」
「ファンディスク??」
美優がキョトンとする。
「なんでもありのお祭りディスクだ。売れたゲームとかでよく発売される。死んだキャラのifルートとかはそっちに回ったりする。ファンはそれを期待しておんなじゲームを何本も買ったりもする。」
俺の愛は名作を見抜くらしく関わったゲームは軒並み売れている。おそらくこれもファンディスクが出るだろう。
美憂も求めていたしこの2人のifルートを懇願しておこう。
そして願うならば次はこんな地獄を味わう前に仕事を貰えるように頼もう。
「あっ、私トラちゃんに餌をあげてきます。」
美憂がパタパタと出て行った。
トラ以外の猫は自分で餌を食べに行けるがトラは足腰が悪いから難しい。
今まではどんなに忙しくても俺が行っていたが今は美憂に頼んでいた。
途端に部屋の中が静かになる。
美憂には掃除、洗濯、料理と他の仕事があるからよくある事だが少し寂しい。
元々一人で生活してた時はこんなこと思わなかった。どうやら俺は寂しがり屋だったらしい。
「よし!」っと気合を入れて俺は画面に集中した。
「1日休みをとりましょう。」
そんな事をいきなり美憂が言い出した。
「クマが酷いです。いい仕事をするための休息です。こういうきつい仕事の時は一月に一回でいいから休みをとりましょう。」
成程と思う。デバッグを美憂にやってもらっているおかげで確かに少しだが余裕はある。
それに従業員の提案を聞くのもいい上司だ。
美憂は純粋に俺の心配をしていることもわかる。ここで無理だと言ってしまったら彼女を傷つけるだけだ。
「わかった。じゃあ君も1日休養だ。洗濯と掃除は後で手伝う。ご飯は今日だけ出前だ。いいかい?」
「ぐっ…。洗濯、掃除は嬉しいですが料理まで封じられるとは…。仕方ありません。それで宗司さんが休んでくれるなら不承不承ですが了承します…。」
美憂が下唇を噛む。手は拳を使っている。そんなに作りたいのか?なんか俺が悪いみたいじゃないか。
「わかった、わかった。料理だけは許す。」
「やった♪」
ぱぁっと嬉しそうに笑顔になる推しは可愛い。
「では先ず上に行きましょう!もふもふ天国が私達を待っています!」
手を引かれて立ち上がる。
俺は終わりの見えない地獄から今日だけは現実逃避をするかとパソコンから目を背けた。
2階に上がると猫達に囲まれる。
美憂に任せきりだったから、猫達と1日過ごすのも久しぶりだ。
ましろだけはちょくちょく美憂の頭の上に居たから会っていたがたまの睡眠の時に会うくらいだった。
あの日から何故なのかよくわからないが俺たちはよく一緒に寝ている。
ドキドキするのは当たり前なんだがそれ以上によく眠れる。
猫達もそれに慣れたのか最近は俺たちを包むように寝ている事が多い。
「ではまず寝ましょう!取り敢えず5時間程でタイマーをセットしますね〜。」
美憂が手慣れた様子で目覚ましをセットしている。今は朝の7時だから起きたら12時。そこで昼飯を食べようという事だろう。
美憂が横になり自分の横をぽんぽんと叩く。
こんな可愛い子にこんなことされたら勘違いしそうだが、俺たちは同僚と繰り返して煩悩を払拭する。俺は逆らわずに横になる。
美憂が抱きついてくると柔らかい感触と落ち着く匂いにすぐに眠ってしまった。
タイマーの音がする。
「宗司さん。お昼ですよ。起きれますか?」
寝ぼけつつ目を開けると目の前には美憂の顔があった。俺がそっと唇に触れると美憂が目を閉じる。
俺は徐々に顔を近づけてその唇に…キスをする寸前で冷静になり体を離す。俺今何しようとした!?危ねぇ…訴えられるところだった。
突然動いた事で猫に怒られる。トラには猫パンチをくらった。痛い。
「…のに。」
「え?」
赤くなった額をさすりながら美憂の方を見るとじと目だった。いや未遂だから許してくれよ。勘違いするような事をする君にも多少の責任があるんだぞ!?と言葉には出来ないのが俺である。
美憂さんは短くため息を吐いた後にご飯にしましょうかと笑った。
お昼を食べた後、俺たちは洗濯をする事にした。家事が壊滅的とはいえ洗濯機を回すことくらいはできる。
だが色移り、色落ちなど気にしたこともない俺はテキパキと仕分ける美優に感心していた。
「美優はいい嫁さんになるなぁ。」
「どうでしょうか。貰ってくれる人がいないとお嫁さんにはなれませんから。」
「美憂は美人だから大丈夫だよ。だがアレだな。その時はちゃんと言ってくれよ。一応住み込みで雇ってるわけだから。」
言ってから胸がちくりと痛んだ。
最近胸がなんかおかしい。病院行こうかな?
そんな事を考えながらふと美憂を見ると俺にじと目を向けて来ていた。美憂の頭に乗ってるましろの目線もなんだか痛い。解せぬ。
なんだか最近美憂が俺に遠慮がなくなってきた気がする。まぁ素の推しも推せるんだけど。
「宗司さん。洗濯機が終わるまで掃除をしましょう。仕事部屋以外は毎日の清掃で汚れてはいません。仕事部屋のゴミを集めに行きましょう。」
「あっ、はい。」
美憂の圧が凄い。若干機嫌が悪いような?
そんな事を考えながら2人で掃除をした。
片付けをしつつ気付いたのは眠気を打破するドリンクは以前同様転がってるが、以前よりも使用量が減っている気がした。
理由は言わずもがな美憂のおかげだ。
彼女が定期的に俺を強制的に休ませるから少しはマシになっているんだろう。
一通り終わった俺達はソファに座る。
美憂は俺の頬に手を当てる。
「薄くはなりましたが、まだクマはありますね。上に行きましょう。」
「ずっと寝てるのは勿体無くないか?休養日なのにさ。」
「まだ今回の仕事は終わりませんよね?私は文章を読むのは出来ますが3Dは手伝えません。今日は睡眠時間を確保するべきです。」
美憂に手を引かれて俺は言われるがまま連れて行かれた。
ベッドに倒れ込むといつもは俺の腕の中に入ってくる美憂がいつもとは逆に俺を抱きしめた。
「宗司さん。もうまどろっこしいのは辞めます。私はあなたが好きです。」
好き?鋤?隙?頭が混乱する。
彼女は部下で俺は上司で。
俺が上司で美憂が部下で。
混乱している俺は何も言えない。
「言わないと一生伝わらないことがわかりました。このままではお婆ちゃんになるまで私は貴方の部下でしょう。」
「俺はやめとけ。俺は金があるだけの男だ。他には何もない。君のような素敵な女性はもっといい人を探して幸せになれる。」
俺を抱きしめる腕に力が籠る。疲れた頭と精神に美憂の臭いが癒しを与えて眠くなってくる。
「私の幸せは私が決めます。たとえ宗司さんでも勝手に私の幸せを決めさせません。それにたとえお金がなくても私は貴方が好きです。貴方が元気な時に私がどれだけ貴方を好きかを教えてあげます。覚悟してください。今日から貴方を本気で堕としに行きますから。」
「困ったなぁ…。」
意識が沈んでいく。何も考えられない。
ただ美憂の暖かさが心地よかった。
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