舞い込む仕事は地獄の始まり①

彼女が来てから一週間。

特にハプニングもなく毎日を過ごしている。

この一週間で俺はだいぶ彼女の事を理解してきているとは思う。

各所に休む宣言をしたとはいえ、一応日課になっているメールチェックをするとメールが数件。その中の一つが目に止まる。

以前関わった作品の続編を作成するとの連絡だった。

確か綺麗に纏まったはずだが?と思いながら内容を読み込むと熱ゲーここに極まれりという内容だった。

前作から数年後の世界で、滅びに向かう運命と命をかける若者達。恋、別れ、死、青春。

全てが込められた魂の一作だった。

こんなんもう受けるしかねぇだろ。

何も考えずに勢いだけで受けますと返事をしてメールの下部分をスクロールする。

前作の完成後の飲み会で意気投合したシナリオの人からコメントがあった。

『今回3Dだから。予算の関係からプログラムは君1人。ごめん金が無いんだ。3Dと並行でよろしく。頼んでいたところが飛んじゃってさ納期は3ヶ月。デバックの時間が足りない。君の熱ゲーに対する愛を信じてる。無理を言ってるのはわかってるから報酬は800万で頼む。分けるより君1人の方がいいものができると確信してる。』

…は?バカか。死ぬわ。

単純に計算しろ。これはノベルゲーだ。

数だけは死ぬほど作った。

プログラムは使いまわせばいい。

文章を打ち込むのは怠いが手間はそこまでではない。

問題はキャラ分の3Dだ。敵も加えて約300体分。思ったよりは少ない。

時間は90日。プログラム、一通りのデバッグを加味して1.5日くらいでポンポンと量産しなくちゃいけないわけだ。

いやだが待て…。大丈夫。俺は天才だから。

愛と勢いで納期は守る。バグも出さない。

他のメールには全て断りを入れる。

この一本に全てを注ぐ。

受けると決めたからには善は急げだな。

俺は美優さんを呼ぶ。

「どうしましたか?」

パタパタと美優さんがやってきた。その頭には何故かましろが器用に乗っている。ちょっと笑いそうになった。

「ごめん。俺これから修羅に入るから。あとよろしくね。」

「修羅…?よくわかりませんがこれから大変だということはわかりました。定期的に軽食とコーヒーをお待ちします。達也さんから聞いているので徹夜は3日までは許容しますがそれ以上はダメです。抱きしめてでも寝かせますからね。」

それはセクハラになるからちゃんと休むとしよう。そう思いながら俺は頷いた。


「よっしゃ。やるかぁ!」

初日のテンションは高い。仕事机の横にある冷蔵庫を開けて、眠気を打破するドリンクの在庫を確認するとまだ大量にあった。一応発注をかけておく。

先ずはプログラムの方から一気に終わらす事にする。この文章量なら3日もあれば終わる。

俺は作業に没頭し始めた。

仕事をしていて気づいたのは美優さんの優秀さだった。

腹が減ったなぁと思うタイミングにサンドイッチや、ホットサンド、おにぎりなどがサーブされる。それも手が汚れないようにラップ付きだ。

万一汚れた時のための手拭きも付いている。

いつの間に買ったのか保温機能のあるコップに入ったコーヒーが常に温もりを提供する。

そのサポートが最高効率を維持してくれる。

結果2日でゲームの根幹部分は完成した。

美憂さんは従業員だし、おそらく外に情報を流すことはないだろうと考えてデバッグをしてもらう事にした。

たった一週間だが彼女に対する信頼のようなものもある。

デバッグとは不具合がないかを確認する作業だ。今回はノベルゲーなので選択肢からちゃんと次の文章に飛ぶかなどの確認だ。

あとは文章に抜けがないか。

シナリオと照らし合わせて確認してもらう。

本来であれば守秘義務やらその辺の面倒な決まりがあるんだけどそういうのもまぁきっと彼女なら大丈夫だろう。

一通りやって欲しいことを伝えて美優さんにノートパソコンを渡す。

ついでに新しいゲーミングチェアの発注をかけた。勿論美憂さん用だ。最高の仕事には最高の道具が必要だ。俺の持論である。

美憂さんの事をすっかり信頼してしまっている事は今までの俺からは違和感しかないが、社員を雇うという事はこういう事なのかもしれない。

彼女には他の仕事や猫たちのお世話も任せているので急いでない事は伝えた。

契約外の仕事を頼んだわけだし、契約外手当はまたあとで考えるとして、俺は3Dモデルの作成を開始する。

どれくらい時間がたっただろう。

トントンと肩を叩かれた。

振り向くと手を引かれる。

「3日経ちました。3時間後には起こしますので休んでください。」

ここでNOとは言えない。

断ったら意図せず俺が彼女に抱きしめられて横になるというセクハラ状態を作られてしまうから。

2階に連れてこられてベッドに横になる。

トラがにゃあと短く鳴く。撫でようかと思ったが目にアイマスクを着けられた。

ほんのりと暖かい。頭を撫でられた。

小学生の頃、熱を出して寝込んだ時に母親が同じことをしてくれた気がする。

「美憂さ」

開いた口がおそらく彼女の指で閉じられる。

「喋ったらダメですよ。ちゃんと寝てください。お話は起きた後に。」

優しい声音に目を閉じる。

俺はそのまま意識を手放した。


アラームの音がする。

俺は目を開ける。目の前は真っ暗だ。そういえばアイマスクを付けられていた。

なんだろう。腕の中に柔らかい感触がある。

「宗司さん。起きましたか?」

声が近い。匂いにクラクラとする。

まさか…これは…。俺は反射的に起きようとしてぐっと力をかけられる。

「ま、待ってください。私が先に動きますから。ほら服を整えないといけないので…。」

「あ、あぁ。わかった。」

えっ?なんで?俺寝てたよね?えっセクハラしちゃった?どういう状況?

寝起きで頭が回らない中、アイマスクを外すことも忘れて混乱する。

そっとアイマスクが外されて視界が戻る。

目の前には美憂さんの整った顔があった。

頬が少し赤く染まっている。

俺はガバッと立ち上がってさっと土下座をする。

「すまない!責任は取る!」

あっ違う慰謝料か?

「何もありませんでした!本当です!宗司さんは寝ていただけです。ちょっと腕を引っ張られて引き込まれただけです。嫌ではありませんでしたので抵抗しなかっただけです。」

「そ、そうか…。」

いやそれも不味くないか。

俺たちは付き合ってるわけじゃないし、特殊な雇用だが上司と部下だ。

今回は未遂に終わったとはいえ何かあったら不味いだろう。

「寝てる時の俺には接触禁止で…。」

「嫌です!」

「だが…。」

美憂さんの顔が近づく。

「い、や、で、す!」

「お、おう。わかった。」

推しの圧に負けた俺に美憂さんが笑顔になる。

「あと私のことは美憂でいいです。さっきそう呼んでました。」

「え?マジ?」

「マジです。」

寝てる時の俺何してんの!?寝言で呼び捨てとか意味わからん。だがここで呼び捨てを断るのも意味わからんだろ。少し悩んだが致し方ないと結論を出した。

「わかったよ。美憂。これでいいか?」

「はい!」

美憂が元気に返事をすると何故かトラがにゃあと短く鳴いた。

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