推しと買い物③

午前中は調理器具の買い物だけであっという間に過ぎた。

買うものはたくさん合ったのであっという間に荷物が増えてしまった。

炊飯器や鍋すら無いことを失念していた俺は達也に頼んで車を出してもらった。

取りに来た達也は苦笑いをしていた。

本当に申し訳ないことをした。

達也は午後から仕事らしく鍵を渡して先に家に行ってもらった。

荷物が増えると咄嗟の時に彼女を守れないし、手を繋ぐこともできない。手を離した時の少し寂しそうな横顔を思い出して少し胸が痛む。

家に帰って自分の車を取ってくることを提案すると彼女は受け入れてくれた。

「お昼はどうしますか?」

少し考える。一度戻るとちょうど昼時だ。

暫く歩いたので彼女も疲れているだろう。

出前か外食がいいかもしれない。

「外で食べるか?」

「もし宜しければ私が作ってもいいですか?」

「嬉しいがいいのか?疲れているのでは…。」

「荷物を持っていただいていたのでさほど疲れてませんよ。外食なんてお金がもったいないです。もし宜しければ作らせてください。」

俺はまた感動してしまった。ファミレスに連れて行きキレられた過去が洗い流される様だった。

「頼む。」

「ありがとうございます。因みに何が食べたいですか?」

何でもいいは悪手だろう。

彼女の手作りならなんでもいいというのは本音ではあるが、なんでもいいと言うのは彼女に考えさせる手間を発生させる。

ご飯ものは無しだ。

炊飯器は買ったが米は買ってない。

となれば麺物だ。麺の好物から考える。

「焼きうどんがいい。」

「分かりました。美味しいって言ってもらえるように頑張りますね!」

美憂さんが両手を合わせて微笑む。

そんな美憂さんを見て俺の頬も自然と緩んでしまった。


昼飯を作ってもらっている間に達也から電話が来た。ヤツは荷物をおいた後にポストに鍵を入れて既に帰ってしまっていた。

俺は直感で美憂さんに聞かせられない話だと察して、声をかけて部屋に一旦戻った。

聞かせても大丈夫な話ならさっきしたはずだ。

「もしもし。さっきは有難うな。」

『いやそれはいいよ。2日目とはいえ三次元に興味がないお前が美優さんを大切に扱ってるのが分かったから。俺にも出来ることはさせてくれ。ところで頼みがある。』

コイツが俺に頼みとは珍しい。

コイツに何か頼まれたのは10年ぶりだ。

あの時は親父さんが倒れてどうしても金が必要になったあいつが俺に土下座をしたのだ。

親の為に土下座をする男の力にならない程、俺は薄情ではなかった。しかもコイツは自分で働いた金でそれを完済したのだ。返さなくて良いって言ったのに。

あの時からコイツは俺の親友だ。

「聞こう。お前の頼みは全部聞くさ。」

俺の返答に向こうが息を呑むのが分かった。

『すまん。まだ事情は話せないが、彼女はほとんど私物を持っていない。だが給料が出ても今あるもので賄おうとするだろう。可能なら彼女に服と下着を買ってあげてくれないか?お前にしかできない事だ。』

まだ事情が話せないとコイツが言うからには訳ありなのは間違いない。

「やってやりたいがそれはセクハラになるのでは?」

まだ2日しか一緒にいないが買えと言って買う女性ではないのは理解できた。

つまりこれはプレゼントをするしかない。

従業員に服と下着をプレゼントは完全にアウトだろう。

『それでも頼む。』

達也がここまで言うなら頷くしかない。

そもそも達也の母は優しい人で、困っていれば誰にでも手を差し出す。ついたあだ名は偉大な母だ。彼女が買い与えないなど考えられない。

となると美優さんが断ったという事は想像に難くない。

となればこの状況自体幸枝さんには苦渋の選択であることは確実だ。

「わかった。任せろ。」

『ありがとう。お前が彼女と結婚を本気で考えられるようになったら全てを話す。その気になったら言ってくれ。』

「…わかった。」

電話が切れる。俺が彼女と結婚?あんな素敵な女性が俺に靡くわけもないだろう。

彼女はどうやら金目的で近づいたわけではない。お金が欲しいなら給料を吊り上げれば良いだけだ。誰かに恋をする機能が停止している俺には何も思い浮かばない。

これでは事情を聞くことは無さそうだ。

下から俺を呼ぶ声が聞こえる。

どうやらご飯ができたらしい。

俺は一度頭を振り部屋を出た。

とりあえず午後やるべき事は決まったが…どうやったらセクハラを回避できるのかをまずは考えなければならないようだ。



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