推しと買い物②
向かったのは大きめの商業複合施設だ。
人は多いがここに来れば大体のものは揃う。
ここには市内で最大級の映画館がある。
俺の趣味の一つなのでここから徒歩15分のところに家を建てたという経緯がある。
車はあれどいつまでもペーパードライバーなのはこんな便利なものが近くにあるからと言えるだろう。
その分、立地も含めてあの家にはかなりの金をつぎ込んだが今となっては瑣末な事だ。
隣を歩く推しと俺は今、何故か手を繋いで歩いている。
その理由はつい5分ほど前に遡る。
家から出て5分。推しがキョロキョロとしていて危なっかしい感じだった。
「どうした?」
「あっ、すいません。実はあまり土地勘がないので気を取られてしまいました。私は方向音痴なのでもし迷子になったらと目印になりそうなものを探していました。」
成程と思うと同時に迷子になったらやばいかと思い手を差し出す。
「君さえ良ければ手を繋ぐか?あっこれはセクハラか…。」
下ろそうとした手がぎゅっと握られる。
そのまま恋人繋ぎのように握られると彼女との距離が0になる。
彼女の匂いに頭がクラクラとした。
なんだ…。この一瞬に何が起こったんだ?
前カノと並んで歩いた時にも似たようなシチュエーションは経験済みだ。
その時は何の感情も起きなかった。
匂いか…?それにしたってこの心拍数はなにかおかしい。心臓の鼓動が自分でもわかるくらいだ。
目線を下に向けると推しが上目遣いでこちらを見る。赤く染まる頬、微笑む口元。なんかこのスチル見たことあるぞ。アレ?ここって二次元だっけ?
そんなことを考えていると後ろから自転車の音がする。音の位置的に美優さん側だ。
そっとこちらに抱き寄せながら少し移動すると自転車が通り過ぎて行った。
「あっ、ありがとう…ございます。」
推しに当たっていたらキレていたところだが間に合ったからよしとする。
「いや、すまん。手を繋ぎ直していいか?」
「ひゃい」
抱き寄せたついでに手を入れ替えて、美優さんを車道側から歩道側に立ち位置を交換する。
これで問題ないだろ。
そう言えば女性と道を歩くときは車道側に立った方がスマートだったか。うーん。彼女いない歴が長すぎて無理だわ。
あと何だったかなぁと思いながら俺は美憂さんと歩くのだった。
「わぁ!大きいですね!」
商業施設を見上げながら推しが目を輝かせている。尊い。
なんだかそれよりも周りの目線が気になる。
推しが可愛すぎるせいか。納得。まぁ周りの視線など気にしていてはこの子と歩くのは無理だし、全てスルーしよう。
「まず何処から行く?」
「そうですねぇ…。調理器具を見に行きましょう。包丁一本とフライパン一つでは不安です。」
「成程。確かにそうか。料理をしないから気にしたこともなかった。」
道具が揃えばもっと色々作ってもらえるかもしれないし、先行投資はどんな事にも必要だ。
「俺は必要なものがわからないから好きに買ってくれ。あっ金なら気にしなくていい。最高級のもので用意してくれ。」
俺の言葉に美優さんは目をぱちくりとさせて苦笑いを浮かべる。なにか間違ったか?と思っていると美憂さんが口を開く。
「分かりました。でも取り敢えず高い物を買っておけばいいという事ではありません。もちろん値段も道具の良し悪しに関係しますが、安くてもいいものはあります。例えばおたまやボールは安くても何も問題ありません。動画はメンテナンスをちゃんと行えば安くても長持ちはさせられますから。それに料理屋さんを開くわけじゃないので高いものなど要りません。強いていうなら包丁は良いものを使いたいですね。」
美優さんの言葉に俺は感動した。
俺の中には高いもの=良いものという考えしかなかった。
だから取り敢えず高いもので揃えていた。
だが美優さんは全体の予算を抑えつつ本当にお金をかけたいものだけにお金をかけると言うのだ。金を稼ぐようになってから忘れていた大事な事を教えてもらえた気がした。
というか高校時代の元カノなんてとりあえずブランド物を買わせようとおねだりしてきていたから3次元に絶望していたが、この子は俺のために金を使おうとしている。
雇ってよかった。
やはり推しは推せる時に推せば運気が上がるのかもしれない。
そこまで考えて俺は先程の発言を恥じた。
分からないから全て任せると言うのは簡単だが、俺のことを考えてくれる従業員になんて冷たい言い方をしてしまったのだろう。
お一人様の買い物には1人の意見しか介入しないからそんな事にも気づかなかった。
彼女は俺と買い物に来たいと言ってくれた。
2人でいるのに彼女をお一人様にしているのはおかしいだろう。俺は大馬鹿者だ。
「君を雇って良かったよ。」
「えっ?突然どうしたんですか?」
「いや、何でもない。俺は何が必要かわからないから教えてもらってもいいかな?せっかく2人で買い物に来てるんだし今後は相談相手ぐらいにはなれるようにするよ。後学の為に色々教えてくれ。」
俺の言葉に美憂さんは少し驚いた顔をして、嬉しそうに微笑み、はいと言ってくれた。その笑顔は本当に尊いと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます