メイドと残念イケメン
ガシャン、ガシャンと筋トレ器具が音を立てる。ここは一階にあるトレーニングルームだ。
以前、達也にアスリートなの?っと聞かれたがこれはコスプレをする為の必須器具だ。
燃えゲーのキャラは大体腹筋が割れている。
おまけに細マッチョだ。
それを再現するための筋トレを俺は欠かしたことが無い。えっ?どうせ服で隠れるだろって?確かにそうだ。誰かに見せるわけでもない。
ただこれは俺がキャラを愛しているからこそ、欠かせない再現なのだ。
誰かの為ではなく、自分の為にやるからこそ続けられる。
剣道、柔道、空手、野球、バスケ、テニス様々な物を習いに行った。好きなキャラのコスプレをした時にそのキャラを侮辱しない為の努力を俺は欠かさない。
俺が暑いと服を投げ捨てた直後に扉が開く。
「あっ…ひつれいしましゅた!」
バタンと扉が閉まる。
嚙み噛みだった。可愛い。いやそれどころではない。俺はふーっと長い息を吐く。
そそくさと服を回収すると着直してそっと扉を開ける。そこには耳まで赤くなった美憂さんがいた。
俺は素早く土下座をする。
我ながら角度、形共に完璧な土下座だった。
「申し訳ない!!」
「えっ!?頭を上げてください!!」
そういう訳にはいかない。
「ダメだ。俺は従業員にセクハラをした!言い値を払おう!」
「一緒に暮らしていればこういう事もあります!だからいいんです!」
聞くと一応、何度かノックはしたらしい。
つまり完全に俺の落ち度だった。
1人に慣れすぎて全然気付かなかった。
次からは気をつけよう。
話を聞くとご飯ができたという事だった。
汗が気になるが、冷めるのはもっと勿体無い。
俺は美優さんの後に続いてリビングへ移動するのだった。
その日の昼食はオムライスだった。
一口食べただけで気が遠くなった。
美味すぎたのだ。俺が思わず美味いと叫ぶと美憂さんが微笑んだ。
推しが微笑んだ事に心を撃ち抜かれて死んだかと思ったが、これを食べずに死ぬのは勿体無いので心頭滅却でオムライスに集中した。
出来高払いに上乗せしようと心に誓った。
「宗司さんはスポーツ選手なんですか?」
美優さんの質問に首を振る。
「仕事はプログラマー兼、3Dモデラーだ。普段はフリーで仕事を貰って生活している。つまりデスクワークだな。」
「あんなに体を鍛えているのに!?」
美優さんが驚いている。ふむ。他の人からすれば何故?と思うのは当然かもしれない。
「推しの体型に近づく為だ。」
「推し…ですか?」
「そうだ。俺は所謂ヲタクだ。二次元にしか興味がない。そして俺は女キャラだけではなく男キャラも推している。肉体を改造し、服を着て、メイクをするだけで鏡の中に推しが現れるなんて最高ではないか?鏡の中に映るのは俺ではなく推しだ。つまり自分ではなく推しを推すために自分の体を酷使している。まぁこんな事を女性に言えば引かれるかもしれないが、正直恋愛は諦めた。どうせ俺のことを金としか見れない女性としか出会えない。ならば俺は推しのために生きると決めたんだ。」
「そう…ですか。」
何故か推しがしゅんとしてしまった。
やばい。何かを言わなければ…。
数秒考えたが俺には女性との会話の引き出しがない事に気づいた。
残念ながらギャルゲーの主人公にはなれそうにない。
推しが理由はわからないが落ち込んでるのに、かける言葉が見つからないとは…。ヲタクの風上にも置けない。よし、死のう。
そんな事を考えていたら美憂さんが顔を上げた。真っ直ぐな目で見つめられると困る。推しが尊い。
「もし…お金に関係なく貴方を好きになる人が現れたら、貴方は好きになりますか?」
「そんな女性は現実にはいません。」
即答してしまった。
「答えは「はい」か「いいえ」でお願いします!」
推しの勢いに押される。
いいえと答えそうになり、踏みとどまる。
待て、冷静に考えよう。これは仮定の話だ。
現実などクソだが可能性が0かと言われれば答えは「わからない」だ。
何故なら世界には何億という人がいるからだ。
全世界で考えれば1人くらいそんな変わった人がいてもおかしくはないのではないか?
そしてその人が推しに似ていれば、もしかしたらこんな俺でも恋ができるかもしれない。
つまり導き出される回答は…
「「はい」だな。そんな人と生きてる内に出会えるなら恋に堕ちるかもしれない。きっとそれが俺の初恋になるだろう。」
「そうですか。わかりました。」
推しが笑う。その笑顔は今までの人生で一番綺麗で、尊かった。
「あの、その笑顔いくら課金すればいつでも見れますか?」
思わず心の声が口から出る。
「要りません!一緒に暮らしてるんだからいつでも見れますよ!」
「え?金取られても文句は言いませんよ?」
「はぁ…。要りませんよ。見たいならずっとここに置いてくれれば良いじゃないですか。」
成程と思った。
「目標金額が貯まれば辞めてしまうのでは?」
「追い出されるまではここに居ます。それに買い物は手伝ってくれると昨日言いましたよね?つまり、私が寿退社する事もありません。」
そう言えばなぜかそんな事をお願いされた。
常に一緒に行動なんて美優さんが可哀想ではないかと思ったのだが、あんなに頼まれたら頷くしかない。何より推しのお願いは断れない。
それに買い物は力仕事にもなるから荷物持ちは必要だろう。
まぁ推しを養えるならいいかと思っていると携帯が鳴った。
見るとよく仕事を依頼してくる会社だった。
すまないと断りを入れて立ち上がると美優さんは笑顔で手を振ってくれた。
「このお金は残しておいていつか振り向いてもらえた時にお返ししましょう。」
そう呟く彼女の声は電話をしている俺の耳には届かなかった。
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