孤独な少女は初恋を知る

私、神宮美憂は天涯孤独と言える。

元社長だった父と、優しかった母は事故で亡くなった。祖父と祖母もこの世にはいない。

出来が悪かった私は何のスキルも得ることができず、父と母はいつか嫁入りをする為にと家事だけは叩き込んでくれた。

どうやら家事だけは向いていたらしく私はやっと自分のできることを知った。

父と母が死んですぐ、唯一血の繋がりがある私はすぐに父の会社の人達から追い出された。

端的に言えば完全な乗っ取りだ。

訴えることもできただろうが、悲しみに暮れる私にはそんな気力がなかった。

家と土地を売り払った私は2人を永代供養する為に、出来たお金を全て渡した。

私にはもう必要のないものだ。

生きる気力を失った私は橋の上に立った。

ここから飛べば2人のところに行ける。

そんな事を思って飛ぼうとしたところ、体を後ろに引っ張られた。

引っ張ったのは1人の年配の女性だった。

「馬鹿なことは良しなさい。行くところがないなら私の家に来なさい。」

そう言い手を引く女性に抵抗する力は私になかった。


私の事を助けてくれた女性は海堂幸枝(かいどうさちえ)さんという方だった。

事情を聞いた幸枝さんは頷く。

「人生生きていれば良いことも悪いこともあります。今の貴方に生きる気力を待てとは言いません。ですが親目線で言えることがあります。親が子供に望むことは幸せになる事だけです。貴方には幸せになれるかも知れないチャンスがあります。そのチャンスを掴む事を目標にしてみませんか?」

「幸せになれるチャンス…?」

幸枝さんは頷く。

「貴方の運命を丸ごと変えるかもしれない人を私は知っています。騙されたと思って信じてみませんか?」

どうせ全て失った身だ。騙されたら今度こそ死ねばいい。でも幸枝さんの事はなぜか信じられる気がした。

「わかりました。」

「では本日から貴方は私の遠い親戚です。私達は事情があり貴方を預かっている。そういう設定です。」

「?はい。わかりました。」

「あの子は神出鬼没なので少し時間を頂きます。それまでは家で生活なさい。達也!」

幸枝さんが大きな声をかけると達也と呼ばれた男性が顔を出す。

「何だよ母さん。」

達也と呼ばれた男性は目を見開きます。

「美麗…だと!?」

知らない女性の名前でした。私が首を傾げると幸枝さんが何事かを達也さんに耳打ちしましだ。達也さんは少し悩んだ顔を見せました。

「恋愛は望み薄だぞ。だが金を稼ぐという意味なら勝ち目はある。アイツは推しは推せる時に推せ派だから。君、家事はできる?」

「ある程度なら…。」

「よし!勝った!いいかい?君は家政婦志望だ!安心しろ。アイツは嫌がる相手には触れることすらしない。安心して金を稼ぐといい。上手く落とせる様な事があれば玉の輿にも乗れるぞ。だけどあんまり期待しない事。好きになるのもお勧めしない。あとメイド服は甘んじて受け入れてくれ。」

ちょっと何を言ってるかは分かりませんが私には頷く以外の選択肢はありません。

「よし!そうと決まればアイツを待つだけだな!」

達也さんは何故か楽しそうに部屋から出て行きました。私はキョトンとするしかありませんでした。


「宗司が来た。明日面接な。」

達也さんは夜に私の部屋を尋ねてそんなことを言いました。初めて聞く名前でした。

「宗司さん?」

「あぁ。俺の親友。そして君の主人になるかもしれない男だ。変人だが変態ではない。リアルの女性には素っ気ないが推しには甘い。そんな男だ。」

達也さんの言葉は難しいです。

「私はその方に取り入ればいいんですか?」

「いや、自然体でいい。騙そうとかすると逆効果だ。君は君のままで、等身大の姿でアイツと関わってくれ。それだけでいいんだ。」

「分かりました。よろしくお願いします。」

私は頭を下げます。海堂家の皆様には迷惑をかけています。少しでもお返ししなければいけません。少しでもいいので雇ってもらわなければ。

私は気合を入れるのでした。


私は目の前の豪邸に目を見開きます。

売りに出した私の家よりでかいです。

どんな資産家が出てくるのか少しだけ怖い気持ちになりました。

達也さんはカードキーを押し当てて門を開けました。

軽い足取りで歩く彼の後ろを私は着いていきます。達也さんが何度もチャイムを鳴らすと扉の内側から声が聞こえました。

「宗教と新聞はお断りします。」

声を聞いた瞬間、体に電流が流れた気がしました。心臓が聞いたことがない音を立てています。知らない感情に心が揺さぶられます。

ゆっくりと開く扉の先から現れた男性と目が合った瞬間、心臓が破れるんじゃないかと思うくらい鼓動しました。

顔はイケメンと言える整った顔立ち。髪は寝癖がありますが触ったらもふもふだとすぐにわかりました。何よりも優しそうな目に心がトキメキました。

きっとこの胸の高鳴りを人は恋と呼ぶのだと私は思いました。

私の初恋はここから始まりました。


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