お一人様に恋は難しい

@Ka-NaDe

お一人様主義はメイドを雇う

「不束者ですが!幾久しくよろしくお願い致します!因みに家事以外のスキルは壊滅的です!」

そう叫び、頭をガバッとおろす1人の女性。

長い黒髪、整った容姿、綺麗な声。完璧なメイド服。

俺はその女性を見ながら、完璧だと頷いた。


部屋に響くタイピングの音、コーヒーの香り、ヘッドフォンから脳内に叩き込まれるデスボイス。

画面には10轍を迎え、ヤクでも決まってるのかと疑うほどのクマができた男が映る。

この男は誰だ?あっ、俺か。

ついに完成した最後の案件を最終確認し、俺は送信ボタンを押した。


俺こと風間宗司(かざまそうし)は24歳の男である。仕事はフリーのゲームプログラマーと3Dモデラーとして作成依頼を受けて細々とやっている。

細々と言ってもそこそこに金はある。

4歳の頃からプログラミングを学び、小学生の低学年の頃から100円で販売を始めた。

そこからコツコツ金を溜めつつ経験を積み、小学校高学年の頃には3Dモデルの作成にハマり込んだ。

高校生にもなると正式に仕事を受注し始めて、好きなことを仕事にするという最高の状況を作り上げた。

そういうわけで俺は今、一軒家を立てて1人優雅に楽しく暮らしている。


ならば何故、今こんな状況が出来上がったのか。

うん。説明しよう。

俺は気分で仕事を受けている。

仕事の大きさではない。

気分が乗るか、乗らないかだ。

貯金は億を超えているため、別に働く必要も無い。だけど推したいと思った案件には参加したい。

判断基準は絵コンテとシナリオだ。美しいものは推したい。カッコいいものは推したい。胸を震わす熱い物語はもっと推したい。

無論二次元にしか興味がない。

人は俺みたいな男をヲタクという。

アニメのイケメンに憧れて、筋トレと身なりもそれなりに整えて、イベントでコスプレをするくらい二次元が好きだ。

では何故ここまで二次元にのみ、のめり込むのか…それは高校時代に遡る。

周りの男共が彼女やらなんやらと言っていた頃、実は俺も人生経験として彼女を作ったことがある。

だがしかし、ただの金食い虫だったので速攻別れた。デートに時間を使う為、仕事の時間が減る。つまり給料が落ちる。デートにも金を使う。誕生日だなんだとイベントの度に金を使う。もはや全てが無駄だった。

結局、俺に告白してきたその女は金目的だった。終ぞ好きになることもなかった。

だからあっさり別れを切り出そうとしたら既成事実を作られそうになった。本気で気持ち悪かった。

そんなわけで3次元はクソである。

それに1人といっても家族がいる。捨て猫達だ。見つけるとほっとけない猫好きの俺の家には今、猫が五匹いる。

これでも里親探して譲渡した猫もいるから本当に多くの猫と関わったと思う。この子達のおかげで寂しいと感じたこともない。

2階は全て猫の部屋。猫と二次元こそが俺の癒しである。猫と眠ればあっという間に回復する。そして起きたらピザでもデリバリーして、映画とビールを流し込む。

俺は2階に駆け上がるとベットにダイブする。

群がるモフモフ達に囲まれて、幸せな中、意識を投げ捨てた。


目を覚ますと外は真っ暗。

頭の周りはもふもふ天国。

日付を見ると2日が経過していた。

時刻は23時。配達は終わっている。

ため息を吐くと俺は立ち上がった。

一階に降りてパソコンを起動するとメールが何件か来ていた。仕事の依頼にはしばらく休業と返信。一昨日送信したものはバグもなく正常に動いたようだ。

冷蔵庫にはビールしか入っていない。

家事ができないんだから当然だ。

月2で頼むハウスキーパーさんは3日前に来たから部屋は綺麗だ。だがまたすぐ腐海になるのはわかりきっている。

喫煙室にしている部屋に入り、タバコに火を灯す。久々のヤニが体を満たすと眩暈がした。そして腹が鳴る。

「コンビニ行くか。」

2日も寝たせいか体は軽い。

明日からまた長期休暇を取ろう。

飯を食い、筋トレをして、次のコスプレイベントに参加しよう。

そんな事を考えながら家を出た。


ここのコンビニでは俺は常連だ。

「生きてたか。親友。」

店員の1人が声をかけてくる。

高校の同級生だ。ヲタクでお一人様主義。

これほど俺に似ている男はいない。

仕事は違えど、目指す場所は同じなのだから相性もいいし気も合う。

海堂達也(かいどうたつや)。このコンビニのオーナーの息子であり、次期オーナーだ。

「あぁ。今回はやばかった。泣きゲー3本と、燃えゲーが2本だ。だがやり遂げたよ。特に最後の1本は胸が熱くなる男の戦いの物語だった。期待しておけ。」

達也がニッと笑う。

「そいつは楽しみだな。期待しておく。発売されたら教えてくれ。」

「当然だ。だが守秘義務があるから俺が関わったことは他言無用だ。」

「わかってるよ。そうだ。明日時間あるか?」

「ある。というか暫くは仕事をする気が起きない。俺は今、某漫画のキャラのように真っ白に燃え尽きているからな。」

「よし。じゃあ明日家に行く。紹介したい人がいるんだ。」

意味深な言い方だが、こいつの事だから彼女ではないだろう。

「誰だ?」

「親戚の子だ。歳は二つ下。騙し討ちしたくないからはっきりと言うが女だ。お前に家政婦として雇って欲しい。住み込みで。」

「…。」

俺の露骨に嫌そうな顔を軽く流して、親友はニッと笑った。


ピンポーン。

チャイムの音がする。

憂鬱だったので一度無視をする。

ピピピピピンポーン。

迷惑この上ない連打である。仕方ないと体を起こすと猫が体の上から転がった。申し訳なさに撫でるとゴロゴロと喉を鳴らした。

そうして暫く現実逃避をしているとチャイムがまた連打される。どうやら諦める気は無いようだ。

仕方なく扉の前に立つ。

「宗教と新聞はお断りしてます。」

扉の前から声をかけると早く出ろと親友の声がした。

「お前だったか。」

分かりきった言葉を吐きながら扉を開く。

そこには見慣れた親友と、見目麗しい女性がいた。俺は目を見開く。

「美麗(みれい)…だと!?」

そう。彼女は俺の大好きな泣きゲー『幸の薄い少女の人生』のヒロインである、神童美麗(しんどうみれい)にそっくりだった。二次元から出てきた推し。その相手に対して俺は…

「推せる。言い値で雇おう。」

推しは推せる時に推せ。これ程の名言を俺は知らない。親友は吹き出して大爆笑。腹筋大崩壊だ。

「決まりだな!とりあえず上げろ!話はそれからだ!」

「あの…えっと…。お邪魔します。」

「うむ。自分の家だと思って寛ぐといい。」

俺の言葉に美麗(仮)さんはクスッと笑う。うん。推せる。俺は2人を招き入れた。


「彼女は神宮美憂(じんぐうみゆう)。俺の遠い親戚だ。色々あって今ウチで預かっているんだ。」

「神宮美憂です。よろしくお願いします。」

美麗ではないのか…。だが一文字違いくらいは許容しよう。俺は器の大きい男だ。

「俺は風間宗司だ。君が望むなら雇おう。で?月いくら欲しいの?」

俺の言葉に彼女が目をぱちくりとする。

「本当にいいんですか…?私は家事以外壊滅的です。自分で言うのもなんですがあまり役に立ちません。」

うむ。美麗と同じだ。推せる。

「君の仕事は掃除、洗濯、料理のみ。あっ、2階に猫がいるがここは俺の天国だから俺がやる。俺は自分の世話は出来ないが、猫の世話だけは完璧だ。条件はメイド服を来てもらう。勿論手出しはしない。俺が手を出したら訴えてもらっていい。言い値を出そう。福利厚生込みで手取り30万をとりあえず提案する。」

一気に捲し立てると美憂さんはガバッと頭を下げる。

「よろしくお願いします!でも手取りで15万でいいです!住まうとこまで頂いて、それ以上は頂けません!」

「そ、そうか?もっと出してもいいくらいだが…。」

推しのメイド姿が見れるだけで俺は幸せだ。

「まぁまぁ親友。とりあえず15万でいこうぜ。出来高払いって方法もある。今後考えよう。」

親友の言葉にそれもそうかと俺は渋々頷いた。

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