4.饅頭屋アマンダ
『王都から最も遠い都市』と呼ばれる辺境都市・サティスフィア。
土地面積や人口という規模でこそ都市の要件を満たしているものの、土嚢を積み上げたような申し訳程度の外壁と、農作物に溢れた肥沃な土壌は、言ってしまえば「大きな村」だ。
しかし山も海も近いという立地は人気で、都市である以上ギルドも置かれているため、移住してくる人は少なくないのだという。
「わあ、ここがサトルさんの住む村なんですね!」
両手をひろげてくるくる回りながら、メリーは好奇心いっぱいに村を眺めている。ギルドへ続く大通りに並ぶ露店たちに目移りしているようだ。軒先に灯りを掲げて夜の準備をし始めた露店からは、酒の匂いも漂ってくる。
「住んで一週間も経っていないけれどね」
サトルは苦笑交じりに頬をかく。しかしメリーが「じゃあ、私とおんなじ新人さんですね!」と笑ってくれるから、それは引け目ではなくなった。
見方が変われば感じ方も変わるのだろう。料理と似ているなと、思わず頬が緩む。
「――お、サトルじゃないか! 森に行ったと聞いたけれど、生きて帰ってきたんだね」
不意に声をかけられて、サトルは振り返った。
一際香ばしい匂いをふりまく露店のカウンターから、肝っ玉母ちゃんのような妙齢の女性がこちらへ気さくに手を振ってくれる。
「こんばんはアマンダさん。おかげさまで、どうにか生きる術を見つけられそうです」
サトルがずっと手に持っていたフライパンを掲げて見せると、その中でちゃぷちゃぷと波打つスープに、アマンダは怪訝に眉間へ皺を寄せた。
「お知り合いですか?」
「こちらはアマンダさん。行き倒れていた俺に、饅頭を奢ってくれたんだ」
「奢ってないよ、きちんと出世払いしてもらうからね」
どこか気恥ずかしそうに笑ったアマンダは、そんなことより、と話題を反らした。
「そっちのべっぴんなお嬢ちゃんはどうしたんだい?」
「ああ、この子は――」
言いかけて、サトルははたと口を噤んだ。
失念していた。考えてみれば、モンスター娘などと言って通用するのだろうか。
「(ここまで歩いてくる中で特に問題はなかったけれど……)」
しかしそれはメリーの髪の毛がもこもこなために、モンスターの特徴である角が隠れているからかもしれない。
どう紹介したものかと考え込むサトルをよそに、メリーが口を開いた。
「はじめまして、バロメッツのメリーといいます!」
「ちょ、おい!?」
あっさりと正体を口にしてしまったメリーに、サトルはぎょっとして跳び上がる。
しかし。
「へえ、あんたモンスター娘なのかい」
「……へ? なにアマンダさん、知ってるの?」
「直に見るのは初めてだけどね。勇者様の聖剣伝説は、あたしら世代の寝物語としては有名だったんだよ」
「聖剣伝説?」
「そう。勇者様が聖剣を振るえば、その勇姿にモンスターが感服し、人に近い姿となって慕うようになったんだってさ」
「勇姿……」
サトルは握っているフライパンの柄をまじまじと見つめた。こいつが聖剣エクスカリパンという名前らしいことは分かっているけれど、もしかして、その伝説の勇者が振るったという聖剣こそがこいつなのだろうか。
「(……いや、ないない)」
少なくとも振るう姿に勇ましさはないなと、サトルは首を振る。
「その勇者様が元々料理人だったらしくてね。だからあたしも、こうして料理人の道を選んだのさ」
アマンダは話しながらいつの間に包んでいたのか、ほかほかの饅頭をメリーに手渡した。
彼女の作る饅頭は平べったく、具材も多種多様なもの。日本人の感覚でいえば『おやき』に近いだろうか。
今朝畑で採れたのだという菜っ葉を使った饅頭を一口齧り、メリーはぱあっと目を輝かせる。
すぐに感想を伝えたい中、熱いのと口に物が入っているのとで忙しなくもくもくする彼女に、アマンダは「落ち着いて食べな」と笑いかける。
「その笑顔を見せてもらえれば十分さ。あたしとしても、感想を言うためにさっさと飲み込んじまうより、最後まできっちり味わってくれた方が嬉しいってものさね」
「(こくこくこく!)」
メリーはほくほくの顔で頷き、小さな口で二口目に噛り付いた。
「で、サトルや。さっきから持ってるそのフライパンは何なんだい?」
「これがさっき言った『生きる術』になりそうなものだよ。ちょっと味見してみてくれ」
「ええ……どう見ても雑草スープじゃないか。あんたも料理人だと言ってなかったっけ? まさか、コレで料理とか言わんだろうね」
難色を示すアマンダに、いいからいいからと押し付ける。
根負けした彼女は仕方なくカウンターの奥からスプーンを持ってきて、スープを掬った。
ちょんと舌の先で触れてみたアマンダは、すぐに目を丸くした。ぱくっとスプーンを頬張り、口の中で転がす様に吟味を始める。
飲み込んだ後も首を傾げながら、沈黙すること数秒。やがて、アマンダは口を開いた。
「…………これは一体、何をしたんだい?」
声を潜めて訊ねてくる彼女に、サトルは先刻の出来事を伝えるのだった。
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