3.奇跡のスープ
スキルのフィルターを通して見るスープには、まるで味噌汁の味噌が沈殿しているみたいに、何かきらきらしているものが漂っている。
反対の目だけで見れば、そこにあるのはやはり、何の変哲もない雑草スープだ。
「どういうことだ、これは……」
サトルが目を丸くしたその時、にわかにカッとスープが輝き、湯気を貫いて一条の光が立ち上った。
「な、何だ何だ!?」
すぐに収束してしまった光を追うように、またスープを覗き込む。
脳裏を掠めていくおぼろげな情報に導かれるように、サトルは即席の木匙を手に取った。
おそるおそる掬い、口に含む。
「……美味い」
その辺に落ちていた幅広の枝を割って石でごりごり磨いただけの木匙では、舌に載せられたのは朝露の雫程度。
それでもはっきり旨味が伝わってきて、ほぼ水でしかないはずの雑草スープが、厳選食材による野菜スープのような品のある甘みへと化けているのがわかった。
「これが、メリーの力……?」
「えっ、私のですか?」
唐突に名前を呼ばれたメリーは、心当たりがない様子だ。
しかしサトルのスキルが教えてくれるのは、これが彼女の『素材』による恩恵であるということに変わりはない。
「そうだっ! メリー、涎を舐めさせてくれ!」
「え、ええっ!?」
「あっ、ええと、すまん! 君の唾液の味見をしてみたいんだ!」
「さっきと言っていること変わってなくないですか!?」
身を仰け反らせて後ずさる美少女に、鼻息荒くにじり寄る一般成人男性。傍から見ればただの事案である。
「頼むっ、このとーり!」
「し、仕方ないですね……一回だけですよ?」
ほっぺたを赤くして、メリーは居住まいを正した。
「れろぉ……」
小さくて可愛らしいピンクの舌を覗かせる様子は小動物のようだ。事前に一生懸命唾を溜めてくれたのだろう、気恥ずかしさから開き切らない唇の奥でてらてらと艶めかしく光る筋が見える。
しかし、そこまでだった。メリーの舌というユグドラシルの葉からは、待てど暮らせど、神秘の雫が伝い落ちてくれない。
「さあメリー、さっきみたいにだらだら~っと流すんだ!」
「そ、そんなこと言われましても、やろうと思っても難しいんですよぉ」
メリーは目をとろんとさせながら、半開きなままの口せいで舌ったらずな声で限界を伝えてくる。
「ちょ、直接取って下さぁい!」
「そ、そうは言ってもな……」
今度はサトルの方が窮する番だった。
こんな可愛い女の子に触れるというだけでも非モテ陰キャモブの自分にはハードルが高いというのに、その舌に触れるだなんて、万能の神に「持てない岩を作れ」と言うようなものである。
ごくりと生唾を飲む。これはスキルの検証のためだと心の中で言い聞かせ、手を服の裾で拭う。
「……い、行くぞ」
「
メリーが言葉を発したことで、上気した体温の熱がほわっと白い煙になる。
その破壊力で尻持ちをついてしまいそうになるのを、サトルはどうにか我慢した。
「行く、ぞ……?」
「はい、来れくらふぁい」
「い、行くからな!?」
「…………」
宣言だけは威勢がいいが、その実手は微動だにしていない。まるで金縛りにあったかのように、宙ぶらりんのまま感覚を失っていた。
そんなサトルに業を煮やしたか、一度大きく息を吸いこんだメリーは、ぱっとこちらへ覆いかぶさるようにして飛びかかると、柔らかい唇を押し付けてきた。
「――っ!?!?」
こちらの顔を包む金色の髪の内側に、彼女の香りが充満する。
溺れそうになって口を開けば、そこへさらに濃厚な熱々のシロップが注がれた。
柔らかな舌のスプーンで掻き混ぜられる度にくらくらする衝撃でへたり込みそうになるが、細い指に頬をホールドされていて逃げられない。
「……ぷはぁっ! はぁ、はぁ……どうですか、マスター?」
指先を合わせた手のひらで口元を覆い隠したメリーが、顔を真っ赤にして上目遣いに問うてくる。
「あ、ああ。これは……」
サトルはうわごとのように生返事を返しながら、未だ冷めやらぬ残り香をごくりと飲み込んだ。
「何これしゅごい。めっちゃフルーティ……」
味を言語化してみたことで、サトルの脳が急速に回転を始める。
「そうか、羊は反芻動物だから、唾液にも酵素が漏れているのか! つまりこれは超濃厚な酵素ジュース! ありとあらゆる自然の旨味を余すところなく凝縮した奇跡のブイヨンだ!!」
「ええと……仰る意味がわかりませんが、お気に召していただけたんでしょうか?」
「ああ、すごいよこれは!」
予想もしなかった結果ではあるが、【料理】スキルの効果はすさまじい可能性を秘めているらしい。
いける。この力でなら、この世界でもきっと生きていける!
※ ※ ※ ※ ※
今話も読んでいただき、ありがとうございます!
よろしければ左下の♡マークを押していただけると励みになります!
次回もお楽しみください!
※ ※ ※ ※ ※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます