2.『食材』の意味が違うだろぉ!?
「――つまり、昼間俺がぶん殴った羊があの羊が君だと?」
「はいっ! 戻ってもマスターが見当たらなくて、探したんですよ~?」
えへへと元気に笑う少女に、サトルは眉間を押さえた。
確かに言われてみれば、あの時みた金色の羊毛と、彼女の美しいブロンドとは色味も似ている気がする。
「あっ、角だってあるんですよ。ほら」
メリーがふわふわの髪を掻き分けると、そこにちょこんと触角のように生えた角があった。ホルンのモデルにもなるような雄々しい角ではなく、メスのそれは小さいらしい。
「これで信じてくれましたか?」
「いや、信じていないわけじゃないんだ。ああ違うな、羊が美少女になったというのはすごく驚いてる……」
「じゃあどうして、そんなに難しい顔をされているんですか?」
「いやだって、なあ?」
先ほどは元気に頷かれてしまったが、メリーがあの羊だったというのなら、自分は彼女をフライパンのフルスイングでぶん殴ったことになる。しかも顔面を、思いっきり。
「知らなかったとはいえ、すまなかった。顔、痛くないか?」
モンスターと思ってそうしたけれど、女の子となると途端に気が引ける。
ましてこのように意思疎通ができるとなれば、罪悪感まで浮かんでくるようだ。
「???」
しかしサトルの懸念とは裏腹に、メリーはきょとんと首を傾げている。
「痛くはなかったですよ? あれは、マスターと私との契約ですから」
「契約……? フライパンで君を殴ったことが?」
そう口にしてみた時、サトルはごんっと衝撃に襲われた。不意に野球ボールでも飛んできたかのような、頭だけ持っていかれる感覚だ。
その瞬間、膨大な情報が意識に流れ込んできた。
「大丈夫ですか、マスター!?」
「あ、ああ……今のは?」
一瞬にして流れて行ってしまったその奔流を、今一度手繰り寄せる。
その中に、この状況を説明するワードがあった。
「(【食材化】……?)」
どうやら自分の持つ【料理】スキルがあることではじめて、聖剣エクスカリパンの力を引き出せるらしい。
この【食材化】スキルは、エクスカリパンを用いて攻撃したものを食材として適した形にすることができるらしい。たとえば、倒した魔物を叩けば食肉に解体され、作物のなる木を叩けばまるでスーパーの商品のように果実だけを回収することができるようだ。
そして、特定のメスモンスターを叩くことで、そのモンスターは『食べ頃な美少女』として擬人化するということらしい。
「(『食材』の意味が違うだろぉ!?)」
確かに男はしばしばそういう行為を『食う』と表現することがあるが、だからといって魔物を食材化するとモンスター娘になるなどとは、もっと早くにちゃんと説明してほしかった。
「(要はひとつの命を預かるってことだろ? ペットを飼うのとは訳が違うんだぞ)」
おそるおそるメリーの様子を窺ってみるが、彼女はにこにこと笑みを讃えるばかりだ。
「君は良いのか? 俺みたいな奴と契約するなんてことになってしまって……」
「マスターだから、ですよ」
そう言って、メリーはふにゃらと目尻を垂らした。
「私を倒す直前、マスターは『ごめん』と辛い顔をされていました。ああ、この人は悪い人じゃないんだなって思ったから、契約を受け入れたんです」
「受け入れた……? もしかして、拒否もできた?」
サトルが訊ねると、メリーは首を竦めてはにかんでから、遠くを見た。
「私たちバロメッツは、植物から生まれるんです。生まれる前に人間に狩られれば食べられますし、ようやく生まれることができても、生まれた場所の周囲にある草木を食べて……食べ尽くしたら、そこで死んでしまうんです。だから――」
彼女は寂しそうに下唇を噛んで、きゅっと膝を抱え込む。
「少しでも、外の景色が見られるのならって。この人の隣でならって。そう、思ったんです」
「メリー……」
サトルはハッとした。人間にもそれぞれの事情があるように、魔物にもそれぞれの事情がある。その日その日を、懸命に生きているんだ。
知らずに契約してしまったとはいえ、そうとわかればじっとしている場合ではない。
サトルはぐっと拳を握りしめ、意識を集中させた。
「(もっと俺に情報をくれ、【料理】スキル! このまま彼女を、俺とともに餓死させてしまわぬように!!)」
心の片隅で波打っているスキルの本流を引っ掴み、引き寄せる。
「――見えた、【素材解析】!!」
先ほどの【食材化】があったように、どうやらこの【料理】スキルは大きなスキル群の総称らしい。どうりで「出でよ、料理スキル!」と願ってもダメなはずだ。
スキルを唱えると、まるでカメラのフォーカスが合って行くように、視界の中に反応が現れる。
それは、今煮詰めているスープだった。
「……? 採ってきた草や木の実の中に、凄いのでも混じっていたのかな? あるいは、水を調達した湧き水が実は……とか!?」
喜び勇んでフライパンを覗き込んだサトルは、そこで言葉を失った。
スキルを発動した頭が本能的に理解したのは、草っ葉の類でも、その水でもなく。
――そこについ先ほどたっぷりと混ぜられた、メリーの涎だったからだ。
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