もし、これらの物語に登場する「カエル」が、春明の言うように「蛙(川衆)」なのだとすれば……。


 すべての辻褄が。


 いや、まだだ。まだわからないことがある。


「仮にカエルがお前の言うように身分の低い人間だったとしてそれでも作中の謎が全て明かされたわけじゃないよな」


「いや、そんなことはない。「カエル」を「人間」と置きことで、作中におけるあらゆる不可解な事象に全て辻褄が合うようになる」


「待てよ。それはおかしいだろ。


 例えば、陰陽師が使った呪文についてはどうなんだ? 相手がカエルだろうが人間だろうが、奇怪な呪文で意のままに操るなんて、どう考えたっておかしい。


 それに、仮にカエルが貴族を殺したとして、動機は何なんだ。何故、その当時じゃないといけなかった? カエルが貴族を殺せるだけの力があったなら、どうしてその当時の今まで貴族は殺されずにいた? カエルによる殺害と陰陽師の関連性は?

 お前の言う「カエルが実は人間だ」という情報だけじゃ、解決するのは「どうやって貴族が殺されたか」だけだ。


 ほら、お前の説明ではわからないこと尽くしじゃないか!」


 私が何から何まで、まだまだ残っている不可解な点を指摘してやると、春明は頭を抱えて唸った。


「すまない、これは僕の不手際だった」


「いや、まあ、わかればいいんだ」


「僕は一を聞けば十を知ることのできる人間だ。だけど君は一を聞いても一を知ることしかしようとしない人間だった。

 だから僕は君にわざわざ一から十まで説明しなければならなかったのに、僕はそれを失念していたよ。

 いや、本当に済まなかった。今から全て説明するから待っててくれ」


「……」


 私は矢庭に拳をさっと握り込めたが、それを春明に振おうなどとは思わなかった。


 私の見上げた自制心を、誰よりもまず私自身がたらふく褒めてやりたい。今はそんな気分だ。


「君は、「陰陽師がカエルたちに何をした結果、貴族に殺されることとなったのか」が気になってるみたいだけど、


 まあ、正直な話、ここからは僕の推理、いや妄想に近い話になるな。再三にわたって言わせてもらうがこれは証拠が作中に明確に提示されていないからだ。それでも確度はかなり高いとは思うよ」


 そんな私の心境を知ってか知らずか、彼は颯爽と語り始める。


「何でもいいから、もう早く教えてくれ。頼む」


「了解。


 いいかい、陰陽師がいかようにしてカエルらを意のままに操ったのか、だが……まず前提として、陰陽師がカエルを操ったときに口にしたものは呪文じゃない。あくまでもそれをはたから聞いていた筆者が、というだけだ。


 陰陽師が口にしていたのは、おそらくカエルたちのだ。


 古文書にはカエルたちの外見について言及がほんの少しだけあったけど、確か「小さい」ことと「珍しい色をしていた」ことだったはず。小さいってのは、おそらく手っ取り早く拉致できるような、小さな幼子を選んで連れてきていたか、或いは件の貴族の趣味か、だね。重要なのは「珍しい色をしている」ってところ。日本人の色は今も昔も黄ばんだ肌と黒髪黒目。多少の色の違いはあっても、これらの条件から大きく外れる者はそうはいない。

 珍しい色の者、となると髪の色や肌の色が日本人の特徴から大きく外れた者たち、つまりは異国の民、外来人。

 異国の民で、言葉もわからず、更には幼子。川衆、ホームレスに落ちてしまうのも無理はないね。

 

 陰陽師が呪文を用いてカエルを意のままに操ったってのは、なんてことはない。

 陰陽師は単に、彼らにで語り掛けて、言うことを聞くように命じただけに過ぎない。幼子である上に、貴族に徹底的に虐待されて反骨心を折られているであろう奴隷根性丸出しの彼らが、言われたことに素直に従うってことはそれほど不自然なことじゃない。


 しかも、従者たちはカエルたちの故郷の言葉を知らないから、陰陽師が堂々と命令を下していたとして、何やら奇怪な呪文のようにしか聞こえなかっただろうさ。


 それから、なぜそんなカエルたちがいきなり貴族を殺したか、についてだが、これもおそらくだが、件の陰陽師が彼らにそうするよう母国語で語り掛けたに過ぎないんだろうと思うよ。「今晩にでも、あの貴族が腰につけてる短刀でも奪って、あの憎き貴族を殺してやればいい」ってな具合にね。


 徹底的に折られた憎しみも、不思議な雰囲気を纏った、母国語を離す陰陽師にそれらしく語り掛けられれば、彼らもその気にさせられるってものだ。一種の洗脳だ。


 彼らは陰陽師にいわれた通り、日の暮れた晩に、いつも通りに虐待を始めようとした貴族から、寄ってたかって短刀を奪い取って、それを喉元に突き立てたのだ。

 

 貴族を躊躇なく殺すだけの恨みは、十分に腹の底に蓄えていただろうし。


 いくらカエルたちが年端のいかない子供だったとしても、武器があって、それに本気になれば複数で寄ってたかって大の大人を一人くらい殺せないことはない。


 陰陽師の呪術ってのは結局のところ、普通に奴隷のガキ共を説得して貴族を殺すように誘導したってだけの話だ。


 貴族やその従者である筆者が必死こいて安全な密室を作り上げたはいいものの、肝心のカエルたちをいつもの癖で納屋に置きっぱなしにしてしまっていた、ってのは何とも間抜けな話じゃないか。ま、言葉も話せないホームレスのガキに何もできるはずがないって、腹の底でタカをくくってたんだろう。


 もしかしたら、その当時の貴族やその従者には、カエルたちが本当に人としてのかもな。だからこんなバカをやらかした……のかもしれない。


 俺の仮説は以上だ。

 のど乾いた」


 春明は来月分の会話量を前借したかのような怒涛の解説を一気にまくしたて終えると、満足げな表情で唖然とした私の前を素通りし、部屋に備え付けの小さな冷蔵庫を開けて、二リットルの飲料水に口を付けて飲み始める。


 私は二の句が継げない。


 口いっぱいに無理やり詰め込まれた春明の解説した内容を咀嚼するのに、少しばかり時間が必要だった。


 数十秒ほど経過して、ようやく私は脳のオーバーフローから解放され、一息つくことが出来たのだった。





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