事件の概要だけを聞かされたなら、「陰陽師が貴族を呪殺した」っていうんでまるでファンタジーじゃないかと思われるかもしれない。


 ところが、この古文書を書いた、当時貴族の従者であった筆者は、当時の客観的な状況を詳らかに記載していた。


 というのも、件の貴族の言い渡しにより、従者が、絶対に貴族が陰陽師に殺されないよう徹底して納屋を完全なる密室に仕立て上げたからである。


 そして、その具体的な方法もしっかりと古文書に掛かれている。









 「絶対に主である貴族が安全な状況を作り上げる」ために、彼はまず、高名な大工に依頼して彼らの協力の元、納屋の構造を徹底的に調べ直した。


 構造を調べた、とはいっても、納屋の造りはいたって単純で、窓もない、部屋の区切りすらない、と言った具合である。間口が九尺(約2.7m)、奥行きが二間(約3.6m)と若干の細長、大の男三、四人が雑魚寝するので精いっぱい、と言った程度の広さ。当然この程度の規模の建物に人が入り込めるような天井裏などあるはずもなく、また納屋直下の地面を散々引っ掻き回してみても地下室のようなものは跡形もなかった。人一人すらまともに隠れられる隙間はなかった。


 つまり、陰陽師が何らかの回し者を用意したとして、彼らを納屋に事前に仕込ませたりすることはほぼ不可能であった。


 また、従者は貴族の邸宅とその周辺についても、しっかりと調べ直すことにした。


 貴族の邸宅、建築様式は中規模の寝殿造であり、大きな庭が寝殿の前面に備え付けられている。


 件の納屋は、寝殿の正面の南庭の更に向こう側、そり橋を渡した先、池に囲まれた中島にたてられていた。中なかに豪華な造りである。


 従者は中島に怪しいものが近づけないように、十人以上の武装した部下に中庭を徹底して監視するよう命じる。丁度納屋の四方八方をを囲むような配置で。しかし、納屋には一切近づけさせず一定の距離を保つよう厳命した。


 また、夜になると日は沈んで周囲の視認性はかなり損なわれることを懸念して、明かりを松明で十分に確保し、そうでなくともその当時、夜は月は満月に近く月明かりが街路をしっかりと照らしていたため、新月の時ならともかく、その当時は夜でも十分に人影がはっきりと確認できる状況であった。


 中庭は北、東、西の三方向が寝殿や各種回廊、透渡などの回廊に囲まれており、建物の中も見張りで十分に監視されていた。


 室内も明かりを十分に確保。


 回廊から中庭の納屋の動向を常に見張ることができていたのだ。唯一建物のない南側も、五、六人体制で見張りが立っていた。そして殺害当時邸宅内部で見張りに立っていたすべての人間が口をそろえて「怪しいものは誰も見ていない」と言い張った。


 つまり、外部から納屋への侵入、それから貴族を殺害して現場から脱出する機会は、ほとんどないという状況を作り上げたと断言できる。

 

 この徹底した警備をかいくぐって納屋に引きこもった貴族を殺すことはほぼ不可能と言ってよい。

 

 内部犯の可能性も考慮して、たとえ従者と言えど決して納屋には近づかないよう言い渡す。


 それから、納屋の扉を、貴族の手で内側から心張棒を噛ませることで簡易的な施錠を行う。


もちろん、何時までもそのような徹底した警戒状態でいられるわけもないが、陰陽師が言い渡した期限である一晩程度なら問題はない。


 しかし、それでもなお内部犯、身内の犯行にはよく注意しておかなければならなかった。


 件の貴族は今回の一件以外にも様々な要因で各種方面から多種多様の恨みを買われていたため、事前に従者の中に回し者が紛れ込んでいたとしても、特段不思議ではなかった。


 そして、もし恐ろしいまでの手練れが従者に紛れ込んでいたとすれば、脱出は不可能だとしてもこれだけの監視網をかいくぐり貴族に一太刀浴びせることが出来るかもしれない。


 従者は少なくない時間を割いて、徹底的に身内に聞き込みを行う。


 そして、最も信頼のおける部下から順に、納屋から距離を離して監視網に配置したのであった。また、その最も信頼のおける部下たちですら、納屋から十分に距離を離して、当日は決して近づかないように厳命した。


 肝心の陰陽師に至っては、事件発生当時など納屋から遠く離れた部屋から一歩も出さないどころか身動ぎ一つとらせないよう厳重に監視することにしたとか。


 もちろん、信頼のおける部下が陰陽師の監視についた。


 当日に怪しい行動は一切取らせない。少なくとも、部屋から出したり、誰かと連絡を取り合ったりなどは絶対にさせなかった。


 そしてその徹底した監視は、陰陽師が貴族の邸宅を退出した時点からすでに始まっていたのだ。


 もし離れた場所から身動ぎ一つしなかった男が貴族を殺せるのだとしたら、それこそまさに呪殺そのものであろう。


 というのが、従者の考えた呪殺防止の計画の全容である。会心の出来であったらしく、報告を行った際に貴族に「この状況での殺人は決してありえない」とすら言わしめた。


 ところが、それでも物語終盤に貴族は殺されてしまった。


 この状況での殺人など、あり得るのだろうか。


 それとも、本当に貴族は陰陽師の呪詛によって呪殺されてしまったのだろうか。










 

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