第73話
残念ながら、のぞみちゃんとは一緒にランチをできなかった。
午後から家関連で忙しく早く帰らないといけないと、残念がる声で電話が掛かってきたのだ。
智映ちゃんたち六期生の仲間は午後からだから、ここは家に帰って溜まっている夏休みの宿題を片付けることにした。
そんな月曜日が終わって、火曜日の朝。
更衣室で練習着に着替えた俺は、内部グループ『シュステーマ・ソーラーレ』が専用的に使用している休憩室に向かう。
「おはようございますっ!」
「おはよう」
「美久里ちゃん、おはよう♪」
「……おはようございます」
俺としては一番に着くように早めに家を出たつもりだったが、プロダクションでも広めの一番設備が良い部屋には三人の先輩方が居た。
枝里香さんに、
「……お早いですね。私が一番早くなるように、家を出たつもりなんですが」
「私はいつも一番に来るようにしてるから。絶対じゃないけどね」
内Gのシュス・ソーラリーダーである睦美さんに、そう返される。
彼女がリーダーになったのは、俺がデビューした第四回例大祭後からだ。
第一回後からリーダーを務めていたメンバーが、四回目の人気投票で十位以下に落ち、代わりに睦美さんになったはずだ。
なお、その前リーダーだが今はシュス・ソーラ全体の総キャプテンとなっている。
「由夏は、仕事の話で早く来るように言われたからですね。普段はもっと遅く来ます」
「そうなんですか。やはり、人気投票の上位になると個人の仕事も増えるんですね」
一見俺と同等か、より幼く見える彼女は個人仕事も結構多い。
二十歳となって酒もタバコも問題ないから、小学生や中学生がソレをする時の役柄が増えているらしい。
本当に幼い子にそんな役をやらせたら、いろいろと問題になる時代だからな。
「私は早く目覚めただけ」
「そうよね。枝里香は、いつもギリギリな最後かその前が定位置だから」
「遅刻しそうで、由夏には怖くて無理です」
「そんなにギリギリなんですか」
「間に合えばいいのよ、間に合えば。流石に、他所が絡む時は違うけどね」
そりゃあ、プロダクション内のことなら、最悪遅刻しても注意か怒られるだけで済むだろうけど。
俺も由夏さんと同じで、遅刻が怖くて早く来すぎるタイプである。
その辺りは性格で決まっていそうで、今更変えるのも無理だろう。
コンコン
「……おはようございますっ!」
ノックの音がした後、俺みたいな元気な挨拶と共に入ってきたのは
「おはようございますっ!」
「おはよう、理緒」
「おはようございます」
「理緒ちゃん、おはよう」
「……枝里香さんがいるっ!?」
理緒さんは、挨拶を返してきた枝里香さんを見てびっくりしている。
どうやら、彼女がいつも時間ギリギリに来てるのはメンバーにとって当たり前のことらしい。
「どうしたんですかっ!? もしかして、今日の集合時間、もっと早かったりしました?」
「……ほら。枝里香がおかしなことするから」
「早く来たことを、おかしいみたいに言われても」
ちょっと拗ねたように、枝里香さんをくちびるを尖らせた。
そんな仕草を可愛く思って、思えず笑みがこぼれる。
「くすっ♪ 本当に、枝里香さんが早く来るのは珍しいんですね」
「この一年間で、シュスソーラだけの時に私より早く居るなんて記憶にありません」
「酷い言われようだわ。くすん」
「あはは」
バレバレの泣き真似をする彼女に、居合わせたメンバーたちから笑い声が出る。
流石に五期生と比べれば、グループ内の雰囲気はそこまで悪くなさそうだ。
コンコン
「……おはよう、って、枝里香がいるっ!?」
次にドアを開け、入ってきたのは涼夏さんだ。
彼女は入室一番、枝里香さんの存在に突っ込む。
「……これ、誰か来るたびに言われそうなんだけど……」
「普段と違うことするから」
「本当にどうしたの枝里香? 真夏なのに雪でも降るの?」
「そんな、あり得ないことと同等なのっ!?」
こうして、枝里香さんはシュス・ソーラメンバーが来るたびに、驚かれ突っ込まれるのだった。
「みんなひどいよ。ぴえん」
+++
「──はいっ! 振り付けも、フォーメーションを組んでの動きも問題ないようね。それじゃ、次は歌唱しながら最初からね」
九人集合しての『Supercluster』の練習だが、順調に進んでいる。
俺は怪我をしている右手の使用を禁じられているが、それ以外の振り付けや集団での動きも問題無いはずだ。
もっとも、それは当然である。
ミュージック・ウィンドウで歌唱予定の『Supercluster』は、先月に発売された曲。
当たり前だが、前体制の内Gシュス・ソーラが披露した映像が有るのだ。
現テッラである俺の担当箇所は、前テッラの知実さんが担当していたところ。
見本となる映像を確認して、それを参考にすれば神様チートがさく裂してくれる。
俺にとっては、簡単なお仕事だ。
+++
「……はいっ! ミュージックウィンドウは大丈夫そうね。後は萱沼さんの右腕の状態が心配ね。痛み止めも万能じゃないから」
それは当日になってみないとわからない。
まぁ、一曲だけだから大丈夫だとは思うけど。
「それでは、フェス用の曲も練習していきましょう。こちらも順調に終わることを期待しているわ」
「わかりました」
「任せてください」
「今の曲を考えると大丈夫でしょう」
曲数が増える分だけ面倒だが、俺も問題無いと思う。
こちらも過去資料を確認済みだし、映像通りに歌って踊るだけだ。
俺のアイドル二年目は、順調に始まったと言ってよいだろう。
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