第72話

「──まずは、ミュージックウィンドウで披露する『Supercluster』を仕上げます」

「はい」

「去年と同じ流れですね」


 藤山さんから今後の予定が説明される。

 それを俺たち、内部グループ『シュステーマ・ソーラーレ』の九人は真剣に聞いていた。


「基本問題無いと思いますが、萱沼さんは覚えることが多いので、最初は一対一でトレーナーに付いてもらいます」

「わかりました」


 まぁ、七月に発売された『Supercluster』は、レッスンの教材としていたので問題は無いはずだ。

 神様チートもあるし、余裕綽々である。


「その後は参加予定のフェスがいくつかあるので、そこで披露する曲を仕上げていきましょう。これも萱沼さんが一番大変ですが」

「が、頑張ります」

「ふふっ♪」


 とはいえ、色々と覚えないといけない曲数が多くなると面倒なのも事実だ。

 少しげんなりとした俺へ、枝里香さんが楽しそうに笑顔を見せる。


「それから、新シュスソーラとして九月に新曲を出します。収録やらMVやらで大変でしょうけど頑張ってくださいね」

「シュスソーラ全体としては、この程度でしょうか。後は個人仕事ですが、それは別々に個々で」

「わかりました」

「了解で~す」

「毎年のことですから、慣れたものですね」


 新倉さんと藤山さんの言葉に、内Gのシュラ・ソーラメンバーはバラバラに返事を返す。

 最低でもこの一年間、一軍として活動していたので彼女たちは大丈夫だろう。

 順位が変わらなかった人も居るし、一つや二つの順位の違いなら大幅な変更も無い。

 せいぜいすみ 潤子じゅんこさんが、三位から七位に下がって変更が多いぐらいである。


「……では、萱沼さん。トレーナーと合流して練習室に行きましょう」

「わかりました」


 新倉さんに連れられ、部屋から出る。

 他に気になることとしては、怪我をした右手の状態でどれほどできるかぐらいだ。



 +++



「──振り付けは問題無いようね。確認できない右腕も、この分では大丈夫かな」

「は、はい。あ、ありがとうございます……。はぁぁぁ」

「……ちょっと、スタミナに不安がある感じだけど」

「ふぅぅぅ。これでも、かなりマシになっては、いるのですが……」


 右手は怪我をしているということで使わずに、『Supercluster』の振り付けを踊る。

 今まで使っていたものを使わずに踊るのは意外と大変だったが、外から見て大丈夫な程度にはできたはずだ。。


「まぁ、土曜は一曲だけだから大丈夫でしょう。それより、右腕の状態が心配かな」

「最悪、痛み止めの注射を打てば、踊れると思います」

「……それは、最後の手段としておきましょう。後はフォーメーションの確認だけど、それは明日になるかな」

「はい。わかりました」


 自分一人で練習できる範囲はここまでだろう。

 次は九人のフォーメーションで、問題無く移動しながら振り付けを踊れるかだ。


「お疲れさま。……ああ、後で藤山さんから話があるらしいから、よろしくね」

「はい、お疲れ様でした。それでは、失礼します」

「はい。頑張ってね」


 一対一で指導を受けていた、狭い練習室から退室する。

 まずはシャワーで汗を流し、着替えてから藤山さんを探さないといけない。


(多分、昨日の一件のことだろうけど)


 流石に昨日の今日では、結論は出ていないだろう。

 あくまで、こんな風に考えているとかの方向性の説明だろうか。



 +++



 残念ながらシャワー室には誰もおらず、一人寂しく汗を流す。

 ここで時間を掛ける必要も無いからさっさと済ませて着替えると、とりあえずマネージャーたちのオフィスに向かった。


「失礼します」


 この部屋のドアは、いつ来ても締められておらず開放されている。

 入室前に声を掛けてオフィスに入り見回すと、奥の方に藤山さんが椅子に座ってノートパソコンを弄っているのが見えた。


「……藤山さん。萱沼です」

「あ、ああ。少し待ってください」

「はい」


 ノートパソコンのキーボードを叩いて作業を終えた彼は、私の方を向く。


「さて……。ちょうどよい人がいませんね。ここで話しましょう」

「わかりました」


 部屋内を見渡した彼が隣の席を示したので、俺はそこに座る。

 シュス・ソーラではマネージャーといえども、個室に男性と一対一となるのを避ける決まりがあるのだ。

 個室で話をするのならば女性マネージャーか社員が必要だが、この部屋の中に付き合ってくれそうな女性がいなかったようである。


「昨日の例大祭後に起こったことの話ですが」

「ええ」

「流石に話は進んでいません。萱沼さんと七澤さんは未成年ですから保護者の方が必要ですし、他の三人も保護者が居たほうがよいでしょうから」


 まぁ、刑事事件になるような出来事だったから、俺とのぞみちゃん以外の三人は十八歳以上の成人とはいっても親に入ってもらったほうが良いとは思う。

 五人の親、特に東山 加絵の親にしてみれば頭が痛くなっているだろう。


「……とりあえず、東山さんには自宅のご両親の元で無期限の謹慎としております」

「そう、ですか」

「何らかの行動が確認できた場合、事件化もあり得ると警告していますので、大人しくしてくれると思ってはいますが」


 大人しくできるのであればそもそも問題児になっていないし、こんなことになってもいないと思うが、流石に犯罪者になるかならないかの瀬戸際では自重してくれるか。


「ご両親もスマホを取り上げるなどしてくれてますし、海外の親族に留学名目で預けることも考えているなど、穏便に終わることを願っているようです」

「そうですね。私も今後に不都合が無ければ、別に騒ぎ立てるつもりはありません」

「ありがとうございます。フォルテシモとしても仕事柄、このようなことでマスコミの注目は浴びたくありませんので」


 アイドルグループとしては、どんなスキャンダルも避けたい。

 異性関係よりかはマシかもしれないが、内部のいざこざも世間の印象は良くないだろう。


「萱沼さんの考えは、上層部に伝えておきます」

「お願いします。家族にも、そのような感じで話しておきますね」

「はい、お願いします。……明日ですが、今日と同じように朝一でこちらに来てください。フォーメーションの確認を行いたいので」

「わかりました」

「それでは、本日はこれで終わりですね。右腕の怪我を悪化させないように気をつけて」

「はい。それでは失礼します」

「お疲れ様でした」


 神様チートのおかげで、昼前に終わってしまった。

 のぞみちゃんの方は、どんな感じなのだろう。

 一度連絡を取ってみて、昼を一緒にできないか尋ねてみるか。

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