アイドル二年目

第71話

 例大祭翌日の月曜日。

 今日は朝からプロダクションへと向かう。


 右腕の状態だが、そのままだと特に問題は無いが、動かすと違和感と少しの痛みがあるぐらいな程度である。

 流石に歌の振り付けの時に右手を使うのは、暫く止めたほうがいいだろう。



 +++



「おはようございます」

「おはよう、萱沼さん。内部グループ『シュステーマ・ソーラーレ』統括マネージャーの藤山ふじやまです」

「萱沼さん、おはようございます。サブマネージャーの新倉にいくらです」

「はい。よろしくお願いします」


 顔は何度も見たことがあるし、デビュー時の挨拶で名前も紹介し合ったが、初対面のように挨拶を交わす。

 藤山さんは四十代後半ぐらいの男性で、内Gのシュス・ソーラができた時からの統括マネらしい。

 サブマネの新倉さんはマネージャー見習いからサブサブマネを経由して、昨年の例大祭後から現職を務めているとのこと。


「当分は全体の一人として私たちが見ますが、個人の仕事が増えてきたら誰かを専属として付けることもあるでしょう」

「わかりました」

「もっとも、義務教育の間は仕事量をセーブしていくつもりですが。それでは、他のメンバーに挨拶と行きましょうか」



 +++



 六期生の時に使っていた休憩室より場所も良く、広さもある部屋に通される。

 そこには俺以外の八人が、既に勢揃いしていた。


「おはようございます。お待たせしました、今日から新メンバーとなる萱沼 美久里さんです」

「おはようございます。六期生の萱沼 美久里です。本日からよろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」

「こちらも、よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします」

「よろしく~」


 藤山さんからの紹介と挨拶に、にこやかに歓迎してくれる人も居れば興味深そうに挨拶を返してくれる人。

 ごく普通の態度の人も居るし、あまり歓迎していない感じの人も居る。

 なかなか、微妙な関係のグループのようだ。


「萱沼さん。名乗り方ですが、今後はテッラこと萱沼 美久里か、六期生のテッラこと萱沼 美久里としてくださいね」

「ああ、そうですね。以後気をつけます」


 今日から内Gシュス・ソーラの一員。

 当然、それに対応した愛称が付くわけだ。

 新倉さんに注意された俺は、素直にそれを受け入れる。


「……さて、今後の予定を話す前に、萱沼さん」

「はい」

「右手の怪我の具合はどうですか?」


 昨日、のぞみちゃんを庇った名誉の負傷の程度を尋ねられる。

 まぁ、今後の活動に影響してくるから当然であろう。


「動かさなければ問題はありませんが、動かすと微妙な痛みがあります。後は内出血による痣でしょうか」

「痣は、消えるまではドーランで隠すとして、痛みですか……。振り付けに問題はありますか?」

「思いっきり動かしたり、長時間動かすのはつらいですね」

「……そうですか。当分は右手を使わずに練習した方が良さそうですね」


 そう言うと、藤山さんは九人全員を見渡した。


「みなさんも昨年で知っていると思いますが、土曜にミュージックウィンドウがあります」


 ミュージック・ウィンドウ。


 今では絶滅危惧種とも言える、生放送の地上波テレビ音楽番組。

 その、数少ない生き残っている一つである。


 未成年でも出演できるように、放送は午後九時から一時間である。

 他の番組は午後十時とか午後十一時からなので、中学生アイドルが出れるのはここだけだ。


 そのミュージック・ウィンドウへ、例大祭後に迎える最初の放送日に内Gシュス・ソーラが出演し始めたのが二年前。

 ちょうど、知実さんが人気投票で一位を取った年だ。

 それぐらいから、シュス・ソーラの人気がアイドルグループの中でも上位となった記憶がある。

 当然、去年も同じであり、俺以外の八人は全員出演していたので慣れたものであろう。


 何もかも初めての俺が、一番大変なわけだ。



 +++



 ところで、俺を含めて内Gシュス・ソーラの構成人数は九人である。

 その中で、挨拶を交わす程度の関係でしかなかったのは四人。


 まずは、内Gシュス・ソーラリーダーである『早瀬はやせ 睦美むつみ』さん。


 一期生で年齢は二十三歳の、第一回人気投票から一桁順位を守っている一人だ。

 愛称はウェヌスで、今回の人気投票では第八位。

 なかなかの美女で王道系アイドルだが、そろそろドワーフ・プラネット落ちもあり得るメンバーでもある。


 同じく一期生で、睦美さんとコンビ的な存在かつ副リーダーの『すみ 潤子じゅんこ』さん。


 年齢も同じ二十三歳で、第一回人気投票から内Gシュス・ソーラ所属の愛称マールス持ちである。

 今回の人気投票は第七位だが、三位に連続で入ったこともある実力者だ。

 彼女もなかなかの美女で王道系アイドル風なのだが、やはり後輩による追い上げが激しい。


 来年はのぞみちゃんによって、二軍落ちになっても不思議では無い二人である。


 次はシュス・ソーラ一番のロリ系妹枠、『辰村たつむら 由夏ゆか』さん。


 彼女も一期生の二十歳で、同じく第一回から一桁順位の愛称メルクリウスだ。

 今回は第五位だったが、第二回と第三回では二位に入って愛称テッラを名乗っていたこともある。

 俺を四代目テッラと呼ぶのなら、由夏さんは二代目テッラに当たる人なのだ。


 そんな彼女は、低身長スレンダーロリという大きな強みを持っている。

 なかなかの美少女でもあり、後からデビューした同属性の後輩を寄せ付けない人気を誇っているのだ。


 流石に二十歳となり、そろそろ後継者が欲しいというところで、フォルテシモ関係者家族である期待の新人が八期生で出てくるわけだ。

 その新人ロリが人気投票で上位に上がってくるまでの、数年間はこのまま頑張ってもらわないといけないけど。


 最後に、カッコイイ系アイドルの『北戸きたど 理緒りお』さん。


 知実さんと同じ三期生の十八歳で、なかなかの美形の愛称ネプトゥーヌスの持ち主である。

 第四回の人気投票で九位に入り、今回も同じく九位で内Gシュス・ソーラの立場をギリギリ守っている人だ。


 上位に涼夏さんという同系統のアイドルが居るため、これ以上に上へ行くのは難しい感じである。

 女子人気では確実に負けているため、男子からの人気を得ようと頑張っているみたいだが、そちらの方面もライバルは数多い。


 彼女ものぞみちゃんの存在に、怯えている一人であろう。


 他に梨奈さん、知実さん、枝里香さん、涼夏さんの四人に俺。

 一期生三人、二期生二人、三期生二人、五期生と六期生が一人ずつ。

 計九人が、これから一年間の内Gシュス・ソーラ構成メンバーである。

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