第70話
『馬鹿にするなっ!!!』
「な、何事っ!?」
その声に驚いた声を出した六期生統括マネージャは、急いでドアを開けるとそのまま出ていく。
もちろん、俺たちも開けっ放しのドアを通って廊下に飛び出していった。
「や、
「ご、ごめんなさいっ!! だから、あぁ!!」
「ふざけるなっ!!! 不人気の数合わせのくせにっ!!!」
「や、止めなさいっ!!」
六期生の控室の横、七期生の控室より更に向こうのトイレ前で三人が何やら揉めている。
それを見た種山さんは、慌てて駆け寄っていく。
「うわぁぁぁ。東山さんだ……」
誰かの言葉でわかったが、その内の一人はシュステーマ・ソーラーレ基本衣装の東山 加絵だ。
残りの二人は四期生のミニライブ組で、普段着に着替え終わっている。
そんな彼女らは、シュス・ソーラの問題児が手にした何かで何度もボコボコと叩かれていた。
「止めなさいって言ってるでしょっ!! 東山さんっ!!」
「うるさいっ!!!!」
統括マネが止めようとするが、完全にキレている人間を制止できるわけがない。
「あなたたちは控室から出ないでっ!! 誰か、上の人たちを呼んできてっ!」
「わ、わかったわっ!」
「紗綾香さん、私も行きますっ!」
何事かと扉を開けて顔を出した七期生を紫苑さんが制すると、俺たちに関係者を呼んできてと叫ぶ。
それに応じた紗綾香さんの後に、佐起子さんが続いて廊下を走っていった。
「東山さんっ!!、問題になりますよっ!!」
「うっ!! く、くそっ!! はぁはぁ」
アイドルとしての体裁を忘れたのか、汚い言葉を吐く東山 加絵の顔がこちらの方を向く。
俺とのぞみちゃんが並んでいる場所に視線が移ると、彼女の顔が一段と険しくなった。
もはや、アイドル以前に女性として相応しい顔ではない。
「……あ、あんたたち、あんたらが居なかったら、私はっ!!」
「なっ!? 駄目!!」
「きゃぁぁぁ!!」
再び激昂した東山 加絵は、手にしていた何かを俺たちに投げつけてきた。
あんな精神状態なのだから明後日の方向に行けばいいのに、コントロール良く俺たちの方に向かってくる。
箱状の物体はどちらかというと、俺ではなく右側に居るのぞみちゃんの方へ飛んでいった。
「きゃっ!!」
「んっ!! ……痛っ!!」
自然と右手が出て、彼女に向かう物体をはたき落とす。
投げられた勢いで床に落ちた後も跳ねてのぞみちゃんの足に当たるが、怪我をするような感じではない。
どちらかというと、右手の前腕部に当たった箱状の部位が悪かった俺のダメージの方が多い。
投げてきた物をよく見ると、サニタリーボックスである。
結構痛かったのだが、プラスチック製で良かったと思うべきか。
まぁ、金属製なら重くて武器にしたり投げたりすることはできなかっただろうけど。
「み、美久里ちゃんっ!?」
「大丈夫ですかっ!? 美久里さんっ!!」
「多分、大丈夫」
「こっちですっ!!」
「早くっ!!」
ここで助けを呼びに行った紗綾香さんと佐起子さんが、ようやく帰ってくる。
六期生サブマネージャーの松園さんを始めとする、男女二人ずつのマネージャーが駆けつけてくれた。
他にも、この騒ぎを聞きつけたシュス・ソーラのメンバーも結構な数がついてきたようだが。
「それまでよっ!」
「止めなさいっ!」
「は、放せっ!!」
男性陣が四期生の二人を後ろにして庇い、種山さんを含む女性陣三人が東山 加絵を押さえていた。
力関係でいえば男性二人が取り押さえた方がよいのだろうけど、やはり若い女性ということもあって身体に触れるのは忌避したのだろう。
「大丈夫ですかっ!?」
「遅れました。すみませんっ!!」
更に増援が複数来るのを見て、ようやく暴れていたのが大人しくなった。
これで、この騒動はとりあえず終わりのようである。
後始末がとても面倒だろうけど。
「岡田さん。その二人と萱沼さんと七澤さんを病院に連れてって」
「びょ、病院ですかっ!?」
種山さんに指名された、三十代前半ぐらいの男性が驚く。
確か五期生のサブマネだったから、今回の関係者とは無縁なのに運が無い人である。
「ええ。その二人はソレで叩かれてたし、この二人は投げつけられて体に当たったから」
「ほ、本当ですかっ!? 大問題じゃないですかっ!!」
「の、のぞみは、美久里ちゃんに庇ってもらえたから大丈夫です……」
当たったといっても、俺の妨害で勢いが弱まっていたのぞみちゃんは問題無いと主張する。
しかし、統括マネは首を振ると彼女を説得し始めた。
「駄目よ。問題が無いなら、それをお医者さんに確認してもらわないと」
「でも……」
「後で何か出てきたら、今以上に問題になるわ。だから」
「は、はい。わかりました……」
「……それじゃ、四人ともついてきて。後、高森さんも一緒に」
「わ、わかりました」
段々と集まり出したシュス・ソーラメンバーの間を、岡田さんを先頭に視線を浴びつつ歩く羽目になった。
その中には心配そうな枝里香さんも居たが、笑顔を向けて無事をアピールする。
「美久里ちゃん……。本当に大丈夫?」
「ちょっと痛いけど打撲ぐらいかな?。先輩たちの方が、よほど酷いと思うよ」
俺たちの前を歩く四期生の二人は、下を見てトボトボと歩いている。
彼女たちと東山 加絵の間に何があったのかはわからないが、気の障るようなことを言ったのであろう。
面と向かって言ったとは考えづらいから、陰口でも聞かれた可能性が高い。
「例大祭も無事終わって、一息つけるところだったのに……」
集団の最後で歩く、マネージャー見習いの高森さんがボソッと呟く。
彼女は例大祭後の再編で、どこかのサブサブマネージャーぐらいにはなれそうだという話だったのに、こんなことがあって意気消沈している。
「……やっぱり、問題になりますか?」
「もちろんっ! 前代未聞よ。どうなるか、社長も運営上層部も頭が痛くなると思うわ」
「そうですよね……」
アイドルグループとしては、充分に醜聞となる出来事である。
被害者側の俺たちとしても、所属する身となれば騒ぎたてることも得策ではないだろう。
正直、人気投票二位の俺と十一位でお嬢様であるのぞみちゃんが絡んだことによって、更に深刻さが増していると思える。
今日の打ち上げは中止だなと思いながら、今後の面倒さを思って軽く息を吐いた。
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