東山 加絵 3

(ありえないありえない、ありえないっ!!)


 幕が下りると、他のメンバーが一息ついたり会話し始めたりするステージから舞台袖に移動する。

 そこも素通りすると舞台裏を通り、セブンス・サテライトの控室ではなく、人が来なさそうな端の方のトイレに入った。

 一番奥の個室に入るとアイドル衣装のまま、蓋を閉めた便器に座り込む。


「くそっ、くそっ。後、一つだったのに……」


 こんな隅のトイレには誰も来ないとは思うが、それでも声を大きさに気をつける。

 本当は口に出さないほうがいいのはわかっているが、今の心境では無理だ。


 誰も居ないシンッとしたトイレに引き籠もると、第二回例大祭以来の愛称無しという事実が圧し掛かってくる。

 あの時は、まだ良かった。

 ドワーフ・プラネットがまだ無かった時だから、愛称が無くなっても我慢はできた。

 人気投票の順位は十二位で、それまでの卒業者も一人だけ、それも病気の関係で芸能界からの引退でもあったし。


 しかし、今回は違う。

 例大祭の度に順位は落ち続ける中での、愛称が無くなる二十二位だ。

 流石に次回に上がる要素は自分にも見つからないし、運営もそう判断するだろう。


 となれば、卒業の二文字が現実的にちらついてくる。

 いや、絶対に卒業させようとしてくるだろう。


 来年の例大祭で卒業となると、どうなるか。

 流石にいきなり放り出されることはないのは、今までの卒業者の例を見ればわかる。

 このままフォルテシモの所属となって、歌手としての仕事は無くなり、女優やバラエティ番組の仕事に専念することになるはずだ。


 問題は、シュステーマ・ソーラーレから卒業した旧メンバーの中で成功例が無いことである。


 そりゃ、そうだ。

 卒業してやっていけるだけの力量があれば、事務所もわざわざシュス・ソーラから卒業させるわけがない。

 シュス・ソーラに残っても力になれないということで、卒業という形で除外されるのだから。


 去年、卒業した元キャプテンも大苦戦中である。

 一応、ドラマとかには出させてもらっていたようだが、主役はもちろんレギュラーで出れる役ですらない。

 単発の役が多く、バラエティ番組の仕事も減り、舞台とかが主となってテレビ出演自体が珍しくなっていた。


 そんな人より格下の私なら、もっと最初から条件が悪いだろう。

 ぶっちゃけ、事務所関係者からの印象が悪いのも知っているから、そんなに力も入れてもらえないだろうし。


 なんとしてもシュス・ソーラにしがみ付きたいけど、一体どうすればいいのか。


「……なんとか卒業を一年引き伸ばして、もう一度人気投票のチャンスを……」


 正直、ミニライブ落ちは屈辱でしかないけど、再浮上できるチャンスが有れば我慢できる。

 そのチャンスも無いのであれば、ミニライブなんて馬鹿らしくて出演できない。

 でも、そうなれば来年の例大祭までシュス・ソーラに席を置けないどころか、フォルテシモに残れないかもしれない。


(くそ……。どっちを向いても真っ暗だ……)


 膝の上の両手に頭を乗せて愚痴ってると、個室の外から声が聞こえてくる。


(んあぁ? こんな隅のトイレに、わざわざ来る奴がいるぅ?)


 こんなところを誰にも見られるわけにはいかない。

 身体を硬直させ、息もできるだけゆっくりして気づかせないように気配を消そうとする。


「……終わった直後はトイレも大混雑ね」

「早く済ませて戻りましょう」


 声を聞く限りは二人。

 扉を閉める音から、入り口に近い個室に入っていったのはわかる。


 多分、声の若さからシュス・ソーラメンバーだとは思うが誰かはわからない。

 古参や人気投票上位ではない、ミニライブ組だろう。


(さっさと終わらせて帰れ)


 そう思っていると、ようやく前後して二人は個室から出てくる。

 洗面台に向かったようで水を出す音がしたまま、二人は例大祭について話し出した。


「でも、そこまで上位に変わりはなかったね」

「そうね。内部グループの上下はあったけど、新人二人が入って、その分押し出された人が二人だからね」

「まぁ、押し出された中にあの人がいて、良かったけど」

「ええ。これで運営も卒業させるでしょう。本当に良かった」

「雰囲気最悪にさせてたから。鈍いのかメンタルが図太いのか、早く気づいて欲しかったね」

「そうそう。あの人一人のせいで、どれだけ大変だったのかわかっているのかしら」


 カーッと頭に血が上ってくる。

 こいつらが言っているのが、私だとしか思えない。

 人気投票で上位に入れない不人気が、先輩かつそうではない私に言うことではないはずだ。


(あぁ……、ダメだ、ダメだ……。ここで騒ぎを起こしたら)


「順位が一つ違いだったら、また一年だったから嬉しい」

「本当ね。一年間だけなら同じミニライブでも我慢できるわ」

「いっその事、さっさと辞めてくれないかな?」

「あるかもしれないわよ? 私がミニライブなんて~って、膨れ上がったプライドで」

「うわ~。ありそう」

「ははっ」


(……こ、こいつらぁぁぁ)


 目の前が真っ赤になり、個室内に有った物入れを掴むと扉を乱暴に開ける。

 閉じ籠っていた個室から出ると、その音に驚いた顔を見せていた二人の顔が真っ青になった。


「な、なんで、先輩が……」

「東山、さん……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る