第61話

 そして月が変わり、いよいよ連続ドラマが放映される七月を迎える。


 第一話の放送当日は父も兄たちも仕事やバイトから早めに帰ってきて、家族全員で居間のテレビの前に陣取ることになった。

 正直、この話では台詞も無いし出番も短いので、そこまで気合を入れることでもない。

 二話も三話も俺の出番は出会いの回想シーンの中だけであり、その撮影も一話の時にしていて特筆することはない。


 第四話の茶道体験教室から、本格的な俺の出番がようやく始まる。

 そこから更に主人公を恋の虜にし、そして視聴者も魅了していく予定なのだ。



 +++



「…………。……おっ、美久里が……」

「「「…………。…………」」」


 このドラマは幼馴染同士が別の異性に恋をして、いろいろなすれ違いや出来事を起こしつつ、最終的に二人が結ばれるというストーリーである。


 午後九時からドラマがスタートし、もう少しすると終わるなというところで遂に俺がテレビの大画面に映し出された。

 父が小声で口に出したが、兄三人は黙って画面に集中している。


 とはいえ、俺の出番は短い。

 主人公たちの前を通り過ぎる超絶美少女が、数方向からの視点で放送されるだけだ。

 それを呆けたような辻井君演じる主人公が見送って、エンディングに入っていく。


「……これだけ?」

「そうだよ。当分はこんな感じ」


 一番上の兄に尋ねられたので、隠すことなく返す。


「う~む。確かに美久里は可愛かったが、出番がな……」

「まぁ、一話だから、これぐらいでいいのか?」

「一応、二話に興味を持たせる内容かな」


 エンディング曲が流れる中を、うちの男どもが論評を始める。

 なお、エンディングに流れる歌は、残念ながらシュステーマ・ソーラーレの物ではない。


 この連続ドラマのエンディング曲に選ばれたのは、五年ほど前にデビューした男性アイドルグループの新曲である。

 理由は、グループメンバーの一人が出演していることが大きいだろう。

 所属事務所の力関係もあるが、そこまでフォルテシモが劣っているわけはないし。


 ちなみにその出演者の一人はイケメン大学生の金銭的にも恵まれた設定の役で、渡辺さん演じる女主人公に想いを寄せられる設定だ。

 つまり、俺とは男女の違いはあるが立場は似ている役柄である。


 もっとも彼は第一話ではまだ出てきていないし、俺との絡みも無いと聞いている。

 打ち上げ等はともかく、撮影では会うことも無いだろう。


 そんなことを考えている時だった。


 連続ドラマが終わった後も、そのままだったテレビから俺の声が聞こえてくる。

 その瞬間、父や兄たちは一斉にテレビに向けて頭を動かした。


 そう、俺が美穂さんと共演したCMが流れたのだ。

 残念ながら、その時には映った企業名を二人が発声しているだけで俺たちの姿は無い。

 十五秒CMも三十秒CMも、最後の商品名と企業名だけが俺たちの台詞だった。


「おい。誰か、録画残しておけよ」

「大丈夫。全自動録画だから。これ」

「レコーダーが壊れたら終わりじゃないか。バックアップ、取らないと」

「その辺りはやっておくよ。だから、親父は触るな──」


 その辺りに強い真ん中の兄が、テレビの元に移動する。

 そして、下にあるレコーダーを弄り始めるのを見て、母が呆れたような溜め息を吐いた。



 +++



「……おはようございます」

「おはよう。美久里」

「おはようございますっ! ドラマ見ましたよっ!」

「あ、ありがとう。智映ちゃん」


 次の日の午後、学校を終えて事務所ビルに移動すると、休憩室に居たのは紗綾香さんと智映ちゃんだけだった。

 当然、俺になついている智映ちゃんはドラマに関して言及する。


「セリフはありませんでしたが、とても目立ってましたよ」

「そう。登場が短過ぎたから、どうなんだろうと思っていたんだけど」

「ママも相変わらず綺麗だって言ってましたし、学校でもいろいろ聞かれちゃいました」


 智映ママの咲映さえさんも見ていたのか。

 まぁ、娘がいろいろと話題に上げているのだから当然か。


「私も学校で聞かれたけど、答えるわけにはいかなくて困っちゃたよ」

「智映なら細かいことはわからないで終わりますけど、本人ではそうはいかないでしょうから」

「そうなの。今後の出番とか聞かれても、もちろんありますぐらいしか言えないよ」


 完全オリジナルな作品のストーリーなんて、秘密厳守に決まっている。

 余計なことを言ってSNSとかで世間に流れたら、今後の芸能生活に支障が出てしまう。


「美久里。私も見たけど、あなたの美少女ぶりがよくわかったわ」

「そうですか。ありがとうございます」


 智映ちゃんとの会話が一段落すると、続いて紗綾香さんから話し掛けられる。

 当然、彼女が出す話題も俺の出演ドラマに関してだ。


「でも、シュスソーラ内では評判が良くないわ。何しろ、これまでの慣例ではないことだから」

「……デビューして一年間は勉強と経験積み、というやつですね」

「そう。武智さんでもCM程度だったのに、というやっかみね」


 やっぱり、グループ内では不満を持つ人間が多いらしい。


「もっとも、人気投票の下位メンバーがほとんどらしいから、そこまで気にする必要もないかもしれないけど」

「そうですよっ! 美久里さんは仕事を依頼された立場ですし」

「まぁ、謙虚に大人しくしています。別に自慢したいわけでもないので」


 来月の例大祭が終われば、俺の立場も強化される。

 それまではシュス・ソーラメンバーたちの反感を買わないように、目立たないようにしておこう。

 そうしても、無意味なメンバーも思い浮かぶが。


「……おっは~、って、女優の萱沼 美久里ちゃんだっ! サインくださいっ!!」

「やめなさいよ、友菜。……んっ、おはようございます」

「おはようございます。美久里ちゃん。ドラマ、見させていただきました」


 ここで友菜さんに佐起子さん、それにのぞみちゃんが休憩室に入ってくる。

 これまでと同じで、昨日の連続ドラマが話題に上がった。

 もう今日は、こんな感じで話のネタになり続けるのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る