第60話

 というわけで、今日は第四話の撮影である。

 この話から俺の出番に台詞が入り、主人公の幼馴染たちに絡んでいくのだ。



 +++



「……よしっ。カットッ!」


 茶席で薄茶を作り、主人公たちと他数人の参加者役に振る舞う。

 その間に軽く会話を交わすという撮影は、NGも出ずに終わる。

 まぁ、俺は普通の状態で話をするだけなので特に難しくはなかった。


 一目惚れした相手を目の前にして、ドギマギした演技をしないといけなかった辻井君が一番難易度が高かっただろう。

 渡辺さんはそんな彼に呆れた演技をしないといけなかったが、辻井君よりは簡単だと思う。


 そんな二人は子役上がりというのもあってか、問題なく撮影を終えた。

 才能もあるだろうが、これまでの経験も役立っているはずである。


「ふぅ……」

「お疲れ様。美久里ちゃん」

「あっ、はい。おつかれさまでした」


 回っていたカメラが止まり、息を吐いていると辻井君が話し掛けてくる。

 彼も高校生男子。

 俺みたいな超絶美少女とは、何度でも会話を重ねたくなるのは当然だ。


「私の演技は大丈夫でしたか?」

「俺の目には大丈夫に見えたよ。渡辺さんは?」

「私も問題無いと思ったわ。というより、初めてと思えないぐらいリラックスしてる?」

「そうですね。あまり、緊張しない性格みたいです」


 ありがとう、神様チート。

 台本を覚えるのも楽だし、撮影本番でも緊張せずに平常心でいられる。


「役者にうってつけだな」

「これから、演技の仕事が増えそうね」

「でしたら、嬉しいですけど」


 男性の辻井君は当然として、同性の渡辺さんも普通に会話してくれる。

 これは、演じる役が重なる可能性が低いからだと思われる。

 俺に来る仕事だと、役柄も美少女としてのものが多くなるはずだ。

 それを渡辺さんが演じるのは、ちょっと難しいと思う。


 逆にこれまで渡辺さんが演じてきた役を、俺がするのも無理がある。

 今回の役柄を逆にしたら、ドラマの内容に説得力が無くなってしまうはずだ。

 つまり、渡辺さんは俺に対して役者としての脅威を感じていないのだろう。


 さて、俺の本日の撮影は終わり。

 主人公役の二人は、まだ撮影が残っているので退散するとしよう。


「萱沼さん。そろそろ……」

「わかりました。それでは、私は失礼します。撮影、がんばってくださいね」


 俺の態度に気づいた種山さんが、帰りを促してくれる。

 付き合いも一年近くとなり、大分呼吸が合ってきた。


「ああ。いい作品にしたいからな」

「次の撮影でも、よろしくお願いします。萱沼さん」


 残る辻井君と渡辺さんに挨拶をした後、監督や脚本家にスタッフたちへ挨拶をして控え室に戻る。

 まずは、和装から普段着に戻らないといけない。

 着付けは撮影と関係ないので、着物担当の女性に任せるだけである。



 +++



「……萱沼さん」

「はい?」

「脚本の先生と話したのですが、この作品への出番が増えそうです」

「本当ですかっ!?」

「ええ。監督もそうですが、萱沼さんの演技を見て、そう判断したとか」


 プロダクションの車で、事務所ビルに戻りながらの会話である。


 製作側にそう思ってもらえたのなら、やはり俺の演技力に問題は無さそうである。

 もっとも、この芸能界でも数少ない美貌のおかげでもあるのだろうが。


「出演回数が増えるのは嬉しいですね」

「……最後は振られる役ですが」

「こちらは惚れていない設定ですので、別に気にはしませんよ」


 まぁ、勝手に好きになられて結局他の相手に行ってしまうのは、現実だったら微妙な感じだが。

 なんか、自分が関与してない部分で負けたというのが嫌に思えるんだろう。


「この作品の放送回数って、十一話でした?」

「そうですね。視聴率次第では一話増えるかもしれませんが」

「では、出番が増えるのは後半かな?」


 流石に直近の五話に手を入れるのは、人気の脚本家でも難しいだろう。

 俺も土日にはミニライブがあるから、撮影時間を増やすのも難しいし平日が忙しくなりそうだ。


「……レッスン時間が、更に減りそうですね」

「当分はドラマ撮影が優先ですね。もっとも、八月中には遅くとも終わるでしょう。夏休みに入ると撮影時間も増えますから」

「夏休みだと、私や主役の二人も午前中から大丈夫ですからね」


 今は学業を見据えて、撮影時間を考えてもらっている。

 七月から九月が放映期間のドラマを、余裕を見て五月から撮っている状況だ。


「八月の例大祭が終わると、本格的に働いてもらうから」

「女優の仕事も増えますか」

「そうね。積極的に狙っていこうと上も考えているわ。梨奈ちゃんが演技の仕事を断っているからね」


 シュステーマ・ソーラーレの運営陣は、そう考えているのか。

 神様チートで演技力も反則的な俺は、そちらの面でも国民的女優を狙っていくべきだな。


 ただ、この作品では男主人公が一目惚れした女性という役柄上、演技力はそこまで必要ないだろう。

 あくまで男主人公から見て、好意を持てる女性の演技を続けるだけだから。



 +++



 なお、俺の誕生日は家族だけのパーティーが開かれ、父や兄たち男家族が大騒ぎだったことを報告する。

 プレゼントもいろいろ貰ったが、今月は総合コンサートの映像ソフト発売もあり、かなりの散財だった模様だ。


 ちなみに、のぞみちゃんの誕生日は五月。

 一ヶ月近くは、彼女が年上のお姉さんになるわけだ。

 その日はドラマ撮影が有ったのでプレゼントは前渡しになったが、誕生日パーティーは盛大だったものだろう。

 あくまで、超お嬢様の誕生日を俺が勝手に想像したものだが。


 智映ちゃんの誕生日は二月。

 その時は彼女に招待され、ご両親と共に智映ちゃんの自宅で祝った。

 来年は忙しくなるはずなので、今年の誕生日に祝えて良かった。

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